プロローグ
ーーーー机の上に一冊の黒い本が置かれていた。
それだけであるならば別になんてことはない話だが、この本はつい先ほどまではなかったはずのものだ。
俺の気のせいを疑う者もいそうだが、少なくとも五分前にはこの本はなかった。何故なら五分前まで俺があの机でパソコンを用い、レポートを書いていたからだ。
ある程度区切りのいい場所まで書き終わり、少し休憩がてらトイレに行き、水を飲んで、戻ってきたらあの黒い本が置いてあった。
違和感というか不気味さを覚えない方が不思議だろう。
窓は閉まっている、ドアは閉まっていなかったがまず今日は家に家族がいない。つまり俺一人。
不法侵入した誰かが本を置いていった可能性。そんなことする必要が一体どこにある。
警戒心丸出しで本を離れたところから観察する。
黒の本にはぱっと見、何も書かれていない。表紙にはもちろん、背表紙にも何も描かれていない。裏表紙は見えないのでなんとも……まぁ、俺の見ている表紙には何も書かれてないからどちらが裏表紙でどっちが表表紙なのかは判断がつかないところではあるのだが。
中の紙は白色……よりも少し黄色。表すのならクリーム色が最も近いだろうか。
立つ場所を変えることで角度を変えて見たり、距離を変えて見たりしてみるが、何か起こるわけでもない。
「おっし」
このままじゃ拉致が開かないから静かに気合を入れて、本へと近づいて手に取った。
……何も起こらない。
ここでまた高く持ち上げてみたり、すかそうとしてみたり試してみるが何か起こるわけではない。
うーむ。開いてみるべきなのだろうか。
ただ、なんか呪いの本とかじゃないだろうな? こう、開いた者は呪われるみたいな。若しくは爆発物が中に仕込まれていて、開けた瞬間爆発するとか。
数分本を置いて葛藤し、開くことを決意する。
本を今一度持ち、震える手をなんとか制御して適当なページを開けてみる。
「せい!」
緊張しすぎて思わず瞑っていた目を開き中を確認する。
が、中には何も書かれていない。クリーム色の少し造りの粗い紙が広がっているばかり。
印刷ミス、か?
なんだこれ。注意深く隅から隅まで眺めてみるが本当に何もない。
他のページもパラパラとめくってみるが、何も書かれていない。流石に何十頁も印刷ミスなんてことはあり得ないだろう。少なくともただの印刷ミスではなさそうだ。
「んだこれ、逆に怖いわ」
純粋に怖い。時間差で呪われたりするんじゃないか。
「これタイトルとか作者名もねーのか?」
タイトルだったり作者がわかれば、ネットで検索して何か分かるかもしれない。今はとりあえずこの恐怖心を消すために情報が欲しい。
表紙にも裏表紙にも書かれていない時点で望み薄ではあったが、本の一番最初、見返しを開いた。
ーー瞬間、本が急激に光を発しなんとも不思議な女性の声が頭に響いた。
『……適性アリ。適性者クオン・ミショウを転送します』
適性? 転送?
適性ってなんだ? つーか今の機会じみた女の声はどこから……この本が喋った?
整理したいことが多すぎる。まず冷静になって一から、所有者についてーーーー。いや待て、転送って言ってたぞ!
嫌な予感が全身を駆け巡り、部屋から出ようとしたがもう遅かったらしい。
「あ!? なんで身体が動かーー。つーかこの光は、いやそれより足元の変な紋様みたいなのはーー」
それが俺のこの世界での最後の言葉であった。