異世界入門しました
「はぁ」
家に帰ってきて早々、俺はベッドに飛び込んだ。
退屈な日々、退屈な生活にありきたりな世界。何度も夢中になれることを探し、部活にでも入ろうかとも思った。
しかし、入らない。それこそが正解だったのだ。
俺、神城瑠夏は、こんなにも呆気ない日々に退屈していた。スポーツをすれば周りには競い合って
くれる、好敵手とかいてライバルと呼べるような人間がいなくなる。勉強をしても同じ、ついにはゲームやボードゲームまでもがそうだ。つまり俺は、のみ込みが異常なまでに早い。その速さは些か、スマートフォンの予測変換のそれだ。
それに加え、生まれつきの黒と真っ赤な地毛。真っ黒な瞳。
その見た目からまず人は近寄ってこない。
競い合える相手がいない。それがどれだけ退屈なものなのか、俺以外の人間には理解不能であろう。
簡単に言えば俺は、『器用貧乏を極めた人間』なのかもしれない。
それは器用『貧乏』なのか、否、人間関係すら手に入れられない器用なんてものは貧乏以外の何物でもない。
「あぁ、明日学校いったらテロリストとかに占領されてねえかなぁ」
顔の半分を枕にうずめて、俺はスマホでツイッターを開いた。
『ちょっと覚えたからって調子乗りやがって』
サッカー部の部長。波寺が、そう呟いていた。きっと今日の体育の授業のことだろう。
俺達二年三組は、波寺率いる二年四組と、サッカーの対抗戦を行った。波寺はプロのチームからのスカウトがあるくらい上手な選手だ。初めはそんな相手と戦えることを楽しみにしていたが、楽しかったのは前半の二分までだった。波寺のプレイを見ていて気付いてしまったのだ。
(あ、これできるわ)
案の定、波寺のプレイを再現可能。それも本人以上の力で。
俺はツイッターを閉じて、目を瞑った。
「はぁー、ひま」
きっと明日はいいことが……期待するだけ無駄か。
何気ない日常、何気ない退屈な日々。そんな毎日の一ページである今日の朝が始まる。いつものように歯を磨いて、母親が、仕事前に作り置きしてくれていた目玉焼きを食べて家を出て、電車に乗る。
(あんなタワーあったっけ)
電車の窓から見える大きなタワー。高層ビルに似た構造で、昼間だというのに、不気味な光を放っている。いつもと変わらぬ風景のはずが、それ以外にも今日はなんだかおかしい。その違和感の答えはすぐに出た。
「なにこれ」
校門をくぐると、そこに見えたのは現実離れした光景だった。
駐輪場の上、空飛ぶ自転車はきれいに整列されている。道行く生徒、というか空行く人、生徒たちは皆、空飛ぶ絨毯のようなものにのって登校してくる。
夢でも見ているのか俺は。ため息をついて、二年三組の教室の扉をくぐる。
「お、おはよ~」
誰からも返事は帰ってこない。こういうところはリアルだな……。
自分の席に座った瞬間だった。
「弱虫雷斗が! 調子のってんじゃねえよ!」
野太い男の声と共に、窓ガラスの割れる音、それと同時に教室には、見たことのない華奢な少年が吹き飛ばされて来る。それを追いかけるように、ゆっくりと、まるで柔道部の主将かのような見た目のいかつい男が、教室の入口をくぐる。周りの生徒たちは、何も起こってないかのように談笑していた。
「まだ能力開花もしてないような雑魚が、天元十二席に入りたいだぁ? 寝言は寝てから言ってくれよ」
華奢な少年は、口元の血を腕で拭き取り、悔しそうな表情で男をにらみつけた。
「なんだよその目、気に入らねえな」
男は、拳を握りしめていた。
「ゆ、夢みて何が悪いんですか……」
恐る恐る、といった様子。
「それはな、夢じゃねえ、くだらねぇ欲望っていうんだよ!」
男は、華奢な少年の胸倉をつかんで、大きく拳を振りかぶった。少年も負けじと、手を開いて男に突き出す。
少年の指先からは、小さな雷が、ピリピリと光るだけだった。
「おら、もう一発いくぞ! 弱虫雷斗ぉ!」
体が勝手に動く。気付いたら俺は男の背後にたって、男の腕を握りしめていた。
「やめろよ、そういうの」
「あぁ!? なんだてめぇ……」
男はつかんでいた胸ぐらを離し、俺を見た。
「助けに入って正義の味方気取りかぁ?」
先程まで談笑していた生徒たちはみな、口を抑えて笑いをこらえている様子だった。日常茶飯事にこれが繰り返されているのだろう。
「いや、正義とかじゃなくて、困ってる人がいたら助けるだろ、普通」
男は、額に血管の筋を浮かべる。
「てめぇ、死んだ深海魚みてぇな目しやがって、正義ぶってんじゃねえぞ!」
腕を振り上げる男。
死んだ深海魚みたいな目ってどんな目だ? まぁいいや、確か……。
「いいぜ、それならこの道園様の制裁の鉄拳をくらってみな!」
「ど、どう、なんて? まぁいいや」
俺は、先程少年がやったように手を開いて突き出した。これでいいんだよな。
その瞬間、俺の突き出した手からでた、まるで砲台からでるビームのような雷が、男の身体を吹き飛ばす。窓を突き抜けていく雷と男。雷の通った道は黒く焼け焦げていた。男の後ろにいた少年は、腰を抜かして、震えていた。どうやら無傷のようだ。良かった。
「大丈夫か? お前。無傷とかすげえな」
少年は酷く動揺した様子で、俺を見つめる。
「なぁ、俺の目、深海魚の死んだ目、してる?」
無言のままただただ俺を見つめ続ける少年。先程までウルウルと涙を浮かべていた少年の瞳はただ一点を見つめて、全く動かない。
ってか二年にこんな女みてぇな奴いたっけか……。まぁいいや。
黙って自分の席に戻ろうとした俺に少年は一言だけ告げた。
「あ、あの……ここ一年の教室です……あとそこ僕の席で……」
……あーあ。
「ごめん、クラス間違えたわ」
周囲の啞然とした表情に気まずさを覚えながらも俺はその教室を後にした。
ってかなんであいつは俺が一年じゃないって知ってたんだ?