クリスマスプレゼント・六花
「シングルヘールシングルヘール、ぼぉっちの日~」
「……彼氏いないからって」
「いやさ、クリスマスは誰にもやってくる~♪ なんて歌があるじゃん? あれってさ、独り者にも平等に来るんだよ? 不公平じゃない?」
「いや、よくわからないって……」
いつものように幼馴染の六花の愚痴を聞く。毎年の恒例行事だけど、このボッチにとって地獄のような日について、熱弁されている。
そして、この熱弁を六花が言うにムカつく三大イベントのクリスマス、バレンタインデーとホワイトデー毎にこの熱弁を聞く。
六花は不満そうだけど、毎年このイベントは二人でこっそり祝っていて、私にとっては幸せなイベントだったりもする。何かにつけて作ってくれるクッキーの味は、私にとっては幸せなイベントの一つでもあるのだから。
私と六花は物心つく前からの付き合いで、その思い出は幼稚園の時までさかのぼる。
同じ幼稚園では、六花の服と同じじゃなきゃ納得できないものだった。六花はそれが嫌だったのか、ある日意地悪して私の服に合わせたことがあった。その時は私は六花私と同じ服にできなかったから泣いてしまったけど、今想えばお揃いで過ごせたのは良かったことだと思ったりする。
同じ小学校では、ままごとに付き合わせて、いつもお父さん役をやってもらった思い出。私にとっては六花がお父さんで私がお母さんとして将来を夢見たこともあった。活発的だった六花はいつもいろんなところに連れ出してくれた。と、言うか私が付いていっていたんだけど。六花と一緒じゃなきゃ私は嫌だったから。ちょっと無理して六花と同じ行動をしていたことを思い出す。
同じ中学校では、ショッピングに行って六花が選んだものを私も気に入ってしまって同じのを買うとごねたこともある。だって、六花が選んだ服だもん。私だって来たいと思ったもの。大好きな六花が選んだ服。それを着ていると私も一緒に居れるような気がするから。結局、別々の服を買って、取り換えっこしてもらうことにしてた。六花が着た服、私は興奮して借りに行ったものだけど、その時の様子は六花にはどう映ってたかな。それを考えると、私と六花が女同士だったのは、役得だった気がする。
そして、今の高校では、六花と同じ所に入りたくて、親の反対を押し切って入学した。そんなこんなで、私のバラ色の青春時代が始まった。二人はいつも一緒。昼食も遊びに行くのも、いつも一緒。私の大好きな人との時間はいつもキラキラと輝いていた。
不思議と六花とは全部同じクラスで今までいる。きっと私達は運命で結ばれているんだと思う。でも、所詮は女の子同士。私の想いなんて、実らないのかも知れない。
私は一大決心をする。フラれてもいい。今日は特別なクリスマス。意を決して六花に今日の予定を訊ねる。
「六花、今日の予定は?」
「……聞かなくてもわかり切ってない?」
「じゃあ、今日は私の家ね!」
「……なんか切なくない?」
「そうかしら? 私は嬉しいわよ?」
「ん?」
「いや、なんでも♪」
私は少し嬉しかった。今日断られたらどうしようかと。内心不安でいっぱいだった。そんな内心を悟られないように装って聞いたけど、鈍い六花には悟られていないようだ。恒例行事。去年は千鶴の家だった。あの時は気合を入れてケーキを焼いたけど、その味覚えてくれていると嬉しいな。私にとっては幸せな時間。大好きな人と過ごす時間。そう、クリスマスもバレンタインデーもホワイトデーも。私にとっては大切な時間だ。
過去の記憶でにやけていると、六花は不意に頭を抱える。もしかして私の考えてることが見透かされた!?
「うぅ……」
「どうしたの?」
「私達って、なんで彼氏できないんだろう?」
「それ考えてもねぇ……」
私の想いが通じてない事がわかり、少し残念そうに表情を曇らせる。それを知ってか知らずか、六花は不意に私の手を握る。いきなりだったので、心臓の鼓動が爆発しそうになる。私は思わず頬を赤らめてしまった。体中が熱い。とろけてしまう位に。六花の手が温かい。
「私達、二人だけでも十分だよね!」
「え? あっ……うん……」
「私達、ずっと一緒ね!」
「……はい」
多分、六花が考えてることとは違うだろうけど、ずっと一緒って言葉が私にはとても嬉しかった。私にとっては実らない恋なのかも知れない。でもそれでも。今この時、この瞬間が私にとってはとても幸せだ。このままずっと。六花にも彼氏ができないままで……。私は心の中で、そう念じてしまう。
そんな想いを振り切って、六花に言葉を投げかける。
「じゃあ、家で待ってるから!」
「うん! 帰ったらすぐ行くよ!」
六花と別れて、私は家路に急ぐ。今日はとっておきの日。腕を振るってケーキを作るんだから。そして。この日の為に用意した私の服。ちょっとメイド喫茶の店員さんみたいなフリフリのエプロン姿に着替えると、ケーキを焼き始める。きっと六花もクッキーを焼いてくるから時間はあるはず。
そして。最後の仕上げをしているとチャイムが鳴る。インターホンのモニターを除くと六花だった。私は弾んだ声でインタホンに出る。
「六花! 今開けるね!」
『はーい!』
「どうぞ!」
「ありが……」
六花の言葉がつまる。きっと私のこの姿に悩殺されたのかしら? もしそうだったら嬉しいんだけど。私がこんな服着るなんて珍しいはずだから、六花も動揺してくれるに違いない。私はここぞとばかりに押してみる。私は小悪魔の笑みを宿しながら六花に投げかける。
「ん? どうかした?」
「……いや、何でも」
うふふ。六花がうろたえてる。可愛いなぁ。その表情も私は独り占めしたい。いや。今日は独り占めにするんだから。ううん。これからずっと……きっと今日はその初めての日になるんだから。
「あれ? ご両親は?」
「ん~、今日は居ないの」
「へぇ~」
「だから、二人っきりなの♪」
そう。今日の為に私がバイトしたお金で、両親に旅行をプレゼントした。全てはこの日のため。六花と二人っきりで過ごすため。今日こそは、逃がさないんだから。二人にとっての誕生日にするんだから!
「そうだ。これ。いつものやつね」
「うわぁ! ありがとう! 六花のクッキー大好きなの!」
六花からのクッキー。これも私の楽しみの一つ。六花が一生懸命焼いてくれたクッキー。とてもおいしいの。私は嬉しくって思わず笑みをこぼす。袋を開けると甘い香りが鼻をくすぐる。
「そうそう、私ね、ケーキ焼いたの!」
「え? 焼いたの? 凄いね!」
えへへ。私も気合い入れて作ったの。今は部屋中に私の焼いたケーキの香りが充満してる。そしてこれは私達にとってのバースデーケーキにもしたいのだから。
……そうなってほしいから。
「じゃあ、蝋燭に火をつけるから」
「へ? クリスマスケーキに?」
「うん! いいじゃない?」
「そう……かぁ?」
ちょっと、クリスマスケーキに蝋燭はやり過ぎたかな? 六花が不審そうにする。私にとってはバースデーケーキのつもりだから、蝋燭は欠かせないと思っていたけど、やっぱり変かな。不信感を消すためにも、私は強引に六花を誘う。蝋燭を吹き消すようにと。
「じゃぁ、行くよ~」
「うん!」
「3、2、1……」
私は六花にわざと顔をくっつけて、蝋燭を吹き消す。六花の頬はとても柔らかくて、温かかった。この温もりは絶対に忘れないんだから。少しでも六花を揺さぶれれば嬉しいなぁ。この肌ももうじき私の物にならないかな。そんな邪な想いを巡らせながら。もう一押しと六花に揺さぶりをかける言葉をかける。
「うふふ、二人の共同作業ね♪」
「いや……違うし」
そして、六花にケーキを切り分けてもらって、私は紅茶の用意をする。談笑をしていると、時計の針は零時に傾いていく。いよいよ本番のクリスマス。ふと六花の顔を見ると、ケーキのクリームが付いているのに気が付く。私は悟られないようにそっと六花の唇に手を伸ばしてクリームをぬぐう。
「あ、六花。クリーム」
「ん? って、え?」
「えへっ。六花の食べかけクリーム、食べちゃった♪」
六花のクリームを私は食べる。内心では心臓が飛び出しそうになる。今日の私は大胆だ。だって、これからが本番なんだから。そう、六花をこれから落とすんだから! と、気合を入れていると、不意に六花から話題を振られる。
「そういえば、千鶴って彼氏作らないの?」
「え? 急に何で?」
「だって、千鶴ってかわいいじゃん。告白とかされないの?」
「ん~、何人かフッたかな?」
「え? なにそれ? 勿体ない!」
「だって、私には好きな人居るんだもん!」
不意に彼氏の事を言われて、私は思わず口にしてしまう。……ううん。もういいや。隠すのは。もう、クリスマスになったのだから。もうこのタイミングでいいかな? 私は真剣な眼差しで六花を見つめる。
「ねぇ、六花」
「……なぁに」
「私の好きな人」
「うん……」
少し寂し気に六花は私の言葉を耳で拾う。この一言で一線を越えてしまうと思うと、なかなか言葉が出ない。正直怖い。幼馴染として……親友としての関係は崩れてしまうのだから。それも嫌。でもそのままも嫌。
私は意を決して想いをぶつける。
「六花……」
「なぁに?」
「六花……」
「うん?」
「六花……なの」
「ん?」
「だから、私が好きなのは、六花なの!」
「そっかぁ。私かぁ~」
「うん♪」
嬉しかった。六花から私を受け入れてくれる返事が返ってきた。思わず私は満面の笑みになる。これからは……幼馴染としてではなく……。
と、六花は我に返って、驚く。
「わ、私?」
「そうよ?」
「本気なの?」
「……本気だよ? ずっと小さいころから、六花の事、想ってたんだもん……」
通じてなかった。とても悲しい気持ちになった。私は今の想いをもう一度ぶつけた。これで今までの関係が崩れてしまうのなら。もし、壊れてお……まだ戻れるなら。
「嫌……だった? 私の事キライになった? 女の子なのに女の子が好きだなんて……気持ち悪い? 私は大好きだよ? でも、これで嫌われても……私は六花の事を好きなままだから……」
私は続ける。目に涙を溜めながら。悲しい。思いが通じないってこんなに苦しいことだなんて。せめて元に戻りたい。そう願った。私は涙をぬぐうと、もう一度精一杯の笑みで六花に語り掛ける。
「キライになったよね? 女の子が女の子を好きだなんて。今のは冗談。忘れて!」
そう……だよね? 女の子が女の子を好きになるなんて。気持ち悪いよね? 私の叶わぬ恋。だからせめて……今まで通りで居てほしい。でも。やっぱり切なく悲しい。私の目にまた涙が溜まる。
そして、六花の口がゆっくりと開く。
「嫌……じゃないよ?」
「嘘」
「嫌じゃないって!」
「じゃあ、何なの!」
「千鶴の事、好きだから!」
その言葉に私の心が揺り動かされる。その言葉だけでも。その言葉だけでも。私はこの上なくうれしくなった。たとえ六花の優しさだとしても。今はそれを受け入れたい。その時の私の表情はとても柔らかい笑みになっている。そう思った。
「ねぇ、六花……好きだよ」
まだ、不安はあるけど、もう一度私は問いかけるように六花に話す。本当に私を受け入れてくれたのであれば。そうであれば。私はとても幸せだ。もう一度本心を確かめる。
「うん……」
「六花は?」
「私も……」
「はっきり言って!!」
「私も、千鶴が好きだよ……」
はっきりとしたとの言葉。私の心のダムは崩壊する。もう止まらない。私は思わず六花に抱き着く。もう……絶対に離さないんだから。
「嬉しい!!!」
「うぁ!!」
私は六花を勢いで押し倒してしまう。顔が近い。六花はそっと目を閉じる。きっと……それはOKのサイン何だろう。六花の唇に私の唇を優しく重ねる。六花の唇……柔らかい。この感触も……絶対に……忘れない。私の初めてのキス。絶対に忘れない……。
私は六花の柔らかい唇からゆっくりと離していく。六花はゆっくりと瞼を上げる。その目はまだ物欲しそうな目になって居る。私の気持ちはもう止まらない。私は六花の耳元に唇を運び、技と吐息がかかるように囁く。
「……」
「六花……」
もう、目を見ればわかる。そう、六花はおねだりをしてる。私はすっと笑みをこぼしながら。悪戯な笑みを投げかけながら、囁く。
「そう……じゃあ……」
そう言うと、六花は呼応するように目を閉じる。六花は無防備にも私に身体を委ねる。さっきと同じ。多分六花はそう思ってる。けど……。
「!?」
六花はびっくりしている様子。それもそのはず。だって……私は唇を舌でこじ開けて、六花の中に入っていったのだから。六花もそれを受け入れてくれる。
幸せだった。
胸が熱くなる。六花の柔らかい唇。そして私に合わせて舌を絡ませてくる。私の頭の芯もとろけそうな感じ。でも、主導権は私。存分に六花の感触を楽しむ。
激しさを増す舌の動きに合わせて、六花は思いっきり抱きしめてくる。
もう……後には……戻さ……ない。
私の募りに募った感情を、六花の身体にぶつける。寂しかった。幼馴染、親友で居ることが辛かった。もっと早くに抗したかった。でも我慢してた。我慢してた分だけ愛情も果てしない。もっと……もっと、六花が欲しい。
その気持ちは口づけに現れる。熱い熱い口づけ。私達は暫く堪能していた。
そして、ゆっくりと六花から口を離し、私は囁く。
「今日ね……家族は居ないの……」
「うん……」
六花の目は、もうトロンとしている。きっと……私の……いや、もしかしたらそれ以上の……。名残り惜しいけど六花の身体から一度離れ、私の部屋に二人で行く。
そして。
「……いい……よね?」
私は六花にそう言うと、ベッドに身を委ねる。
今度は私が……六花の下に……。
きっと、六花の心は私のもの。そして、体も……。
私は六花の愛情を身体で受け止めた。
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「ねぇ……六花……」
「なぁに。千鶴」
「これ、私からのプレゼント」
「ありがとう。開けていい?」
「うん、もちろん!」
中には私の編んだ赤いマフラーを入れている。とても長いマフラー。私と六花がつながるための赤のマフラー。六花は無言で六花の首に巻き、私のの首にも巻いた。
赤い糸の代わりに。
私達を結ぶのは、赤のマフラーだった。