聖人伝説(1)
ルーナは全裸のまま、ユウの手を離さなかった。
湯に浸かると、真正面に引き寄せる。
ルナノに話すスキを与えない。
「ユウちゃんおっぱいのみまちゅかー」
全員唖然である。
「冗談冗談」
言いながらユウを抱きしめる。
久々の吸着感に、ユウは『ふるさと』という言葉を思い浮かべた。
リリアなら窒息死しているところだ。
ルーナはユウを抱きしめたまま、引き気味の他メンバーと話を続けるのであった。
「ユウちゃんを可愛がってあげてね、ルナノさん。
でも、私の妹だからね」
「お姉ちゃんごめんね、気が付かなくて」
追えば逃げる。
離れすぎると追いかけてくる。
ユウは思い知った。
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「カーシェッテから、ユウに来てほしいそうなのです」
朝イチだが、連絡方法を隠す気が無くなったのだろうか。
いや、緊急事態か。
準備を整えた、というかいつもの装備になったシンヨル3人とユウは城塞都市ナーラへ跳ぶ。
病院の前庭の木の影から現れる4人、人が多く場所がなかった。
入り口から入った記憶のない4人。
目撃し痴呆を強く自覚してしまった入院患者と付き添いの老夫婦がいたことは、彼らには知る由もないことだった。
なぜ4人なのか。
ユウ一人で良かったが、シンヨルを守る、それだけのためである。
受付に行き、カーシャを待つ。
話は通っていて、以前の部屋に案内され全員白衣を身につける。
数十分経ち、今回はベテランらしい看護師付き添いで病棟へ向かう。
今回は本当の隔離病棟のようだ。
看護師が聞く。
「失礼ですが、治癒魔法に大変優れておられるようですが、清浄魔法はどのくらいのものでしょう」
カーシャから聞いているが信じていないのかもしれない。
以前は極秘だったので当然だろう。
「どのくらい知ってます?」
「必ず何とかなると。それだけです。
信じたいですが・・・」
「大丈夫です」
敢えて、4人の大きさの白金魔法陣を作る。
薄めだが、【想】による維持で効果は満点だ。
「腰が・・・治ったのでしょうか?」
「恐らく健康体になりました。
分かってるでしょうけど内密におねがいしますね」
多分カーシャは、敢えて慢性の腰痛持ちの看護師を向かわせたのだろう。
「あの、杖か魔法具はお持ちでないので?」
「魔力が弱まるので・・・」
あのレプリカの事を言っているが、アリアから貰った袋に入れしばらく使っていない。
誤解されたかも。
「杖なんざぶっ壊れるかもな」
ロロが冗談ともつかない事を言うが、不思議な説得力があった。
「どうぞ、VIP病室にいるはずです」
扉をあげると狭い部屋があって、そこで清浄の魔法具か作動するようだ。
3人の安全優先なので全員入るが、隔離病棟の意味を深くは考えない。
ユウならどうにかなる。
少し歩くと、カーシャが扉の前でため息を付いていた。
ユウの【聴】には、先程から状態異常が見えていた。
部屋の中の人物はかなり酷い。
同じ異常を探ると・・・この病院含め、南方で多くの反応がある。
世界の“呪われ”を見つけたのと同じだ。
茶さんが思わず言葉にした。
「状態異常、感染です。初期のようですが」
「来てくださいましたか! やはりそうですか」
シンヨルは『助手』という名目だが、茶さんは立派に役目を果たした。
他の2人は役立たず・・・いや、ロロは口八丁、ルーナはおっぱいの癒やしだ。
とりあえず、カーシャに薄い白金魔法陣を飛ばし維持、大丈夫だ。
これから治療で魔力をどれだけ使うか不明だが、奥の患者で試してからだ。
「とんでもない事態です。
南の複数の町や村で大規模な伝染病感染が起きました。
この地方にはある理由があって、治療や隔離されないまま既に大勢が・・・」
「奥の人は危ないですね、なぜこの人だけ?」
「病気の噂はあったのですが、多くの人が口をつぐんでいたようで実情が分かったのはこの方、領主のオット―伯爵が運ばれて来てからです」
「自分だけ助かろうってのか?」
「いえ、事情があるようです。
伯爵は周囲から知らされぬまま、ここに連れて来られたようです。
移送をした者たちも事情を知らされなかったようで・・・」
最悪である。
(元の)現代でも、呪術などの迷信を信じ治療されぬまま爆発的に感染の広まった伝染病があったと記憶している。
おまけに、治療に向かった者達が感染、それどころか治療所が襲撃される事件が頻発したという。
ユウの職場でも、話題になった事がある。
無知と盲信、しかし本人たちは自分らの価値観が正しいと信じているのだ。
「移動型の魔法陣を固定で作ります、皆さんはそこからなるべく出ないで」
ザンの音速移動の際編み出した、移動しつつ距離を固定する魔法の応用だ。
ユウを先頭に部屋に入ると、血まみれでベッドに横たわる男がいた。
清浄、ではなく病原菌をイメージしてそれだけを消し去る術式。
黄緑の魔法陣。
維持はもう使えないので、強力なものを作る。
これからの治療活動の試金石となるだろう。
初めてのイメージ行使に、今までほぼ減っていなかったフル魔力の1/3を消費した。
「どうでしょう、茶さん」
「状態異常は無しです! あとは普通の治癒だけです」
念の為フルまで戻すが、1分かからなかった。
緑の魔法陣が患者を包む。
ベッドもシーツも病衣も血まみれだが、完全除染されたはず。
伯爵は寝たまま涙を流していた。
「ありがとうございます。本当に、本当にご迷惑をおかけしました。
あなたは本物なのですね・・・。
他の皆、少しでも多くの民を救いたいのですが・・・。
お助けください、子どもたちだけでも」