進展
ユウのおかげで怪我人さえいない。
触手を斬りながらも喋る余裕さえあるのだ。
前回も負傷者は無かったが、逃げ帰ったようなものだ。
それと比べたら、良しとすべきなのかもしれない。
「ユウ、どうするべきだと思う?」
頼ってしまう。
いや、頼っていいのだ、仲間だから。
今までは別々だったが、本来の一番大事な仲間だ。
「やるべきことをやれたんなら、帰りましょう。
・・・正直わたしも先が見えない」
やるべき事、か。
ユウも言うもんだ。
後悔しないようにはしておきたいものだ。
今まで失敗した時は、言う通り全てのトライをせず諦めた時だった。
この世界に来て、試し斬りをした時からそうだ。
最近も、振り返って考えずに、仲間への伝達さえ遅れた時がある。
・・・それだ。
ザンは戦いを振り返る。
能力により、それは一瞬で終わった。
「ユウ、小さな魔法陣を撃ってみて。
できるだけ低速で」
小さな魔法陣はほとんど止まっているかと思える速度で進む。
ザンは短剣だけの長さに纏い、斬った。
全員それぞれ触手を斬ったり守りながら、意味が解らず見ていた。
魔法陣はまた形を取戻し、2つになった。
更にその一つを、料理のように縦横に細切れにする。
全てが極小の魔法陣になり、大きさ以外色などの変化はない。
「どのくらい自由に動かせる?」
ユウも【勘】の力か、ザンのやりたいことが解った様に見える。
魔法陣は外へは進まず、ザンの周囲で魚の群れのように動く。
やがて、地上からの魔法陣と同様に円形に並び、しばらくして消えた。
「序盤で呪いを斬った時に巻き込んで斬ったら小さいのが出来てたんだ。
で、“癒やし”が一度に一発しか撃てないのは今まで見てて分かった」
【想】で維持された魔法陣はずっとそのままだが、確かにそうだった。
ロロが遠慮無く疑問を言う。
「それじゃ普通の魔法陣と同じじゃねえのか?」
「普通のは、一番最初に近づく前に試してる。
大きすぎて薄まって、怒らせただけでほぼ効果無かったです。
隙間は出来るけど、これで全体を覆えば効果をかなり強く出来そうです」
「試す価値はありだと思います。
やつの出す呪法陣の大きさはほぼ一定ですし、うまく配置すれば魔法は吸えないはずです」
茶さんが保証してくれる、心強い。
「よし、魔法師全員頼む。
貼り付け出来たら一斉射撃だ」
「わかった」「まかせて!」「やってやれ」「やるなのです!」
魔法師だけでなく、剣士全員も、その他ふたりも一斉に声を上げた。
踊り、充電しながらユウは考えていた。
確かにルナノの一撃が通ればかなり効くだろう。
だが、もう一撃、不意をつく一撃。
「発射後は今の速度でザンに無数に斬ってもらいます。
合図で、以前の魔法の時と同じ速度で打ち込みますが回り込む分気をつけて。
全力です」
くっきりした青色に輝く魔法陣が浮かんだ。
意外と小さい、直径2メートル無い。
これがユウの、今の本当の全力なのだ。
「ユウ、斬ったらこの中で先に配列してから飛ばせ」
ザンが気づいて言う、まだ間に合う。
イジワ達は数歩前へ出て、ザンをガードしている。
ザンは【重】を併用しながらまず縦に無数に、横に同じ数ぴったり斬った。
魔法陣の群れは、横にベルト状に並んだ。
汗を浮かべながら集中するユウは、同時にある事にも注目していた。
魔法陣をほぼ停止させたまま何も言わない。
誰も何も言わず、剣士は他の全員と魔法陣の群れを触手から守る。
数秒後、ユウが声を上げた。
「いきます!」
ザンが何も言わず飛び出す。
呪法陣と触手を左側に惹きつけ、次々斬っていく。
今日一番の勝負どころだ。
全面に魔法陣がほぼ均等に貼り付くと同時に、魔法3発が着弾。
同時に背後、魔物全体に貼り付いたようだ。
天に赤い・・・呪いではない、炎の塊だ、浮かんでいた。
「焼き尽くせ!」
ユウの声とともに、魔物の背後に直撃した。
爆発はしないが、光と熱に味方全員怯むほどだ。
魔物に貼り付いた魔法陣はゆっくりと消えた。
前面は抉られ、再生しかけて止まっている。
ユウは倒れて動かない。
魔力切れだろう、最初に作った魔法陣はそのままだが。
残った僅かな魔力と回復分で、あの魔法を撃ったのだ。
裏側!
ザンにだけ、大きく抉られた魔物の背面に露出した臓器が視えた。
背後へ飛ぶ、もう呪法陣も触手も来ない。
斬りつける瞬間、魔物がクルリと回転した。
最後のあがきか、ザンさえ追い付けなかった速度で。
「せいっ!」
イジワだった。
神速の踏み込みと防御無視の突きを魔物の『心臓』に放っていた。
吹き出す血しぶきを避けるイジワ。
ジェギも突きを放つが刺さらない。
ロロが矢をイジワの斬った部分に綺麗に並べるように放った。
2秒も経たず8発打ち込んだが、動きが見えなかった。
だが、矢はポロポロと落ちる。
物理防御はまだ有効で、再生も・・・。
ザンが移動しようとすると真反対をキープする魔物。
再生し、反撃を狙っていると誰もが気づいた。
「どいて!」
ルナノが叫び、イジワ達が射線を空けた。
「強き炎の槍よ」
ルナノの詠唱を効くのは久しぶり、いやこれをザンが聞くのは初だ。
「全てをつらぬけ」
詠唱によって同じ魔法師の魔法の威力は大きく高まる。
「ファイアアロー!」
炎の槍というよりも、まるで○動拳のように威力をキープしながら放たれる、ルナノの全力ファイアアロー。
大穴から向こうが見えた。
向こう側は切り株ばかりなのでボヤだが火事・・・というか地面が抉れている。
ルナノも倒れていた。
ザンが側へと飛ぶが、魔物はもう動かない。
抱き寄せる。
ユウはルーナが介抱している。
魔物・・・の残骸は茶色に枯れ、魔法の当たっていなかった部分も全てが萎れていた。
ユウが目を覚ました。
「おねえちゃん、おはよう」
やがてルナノも意識を取り戻す。
白金の魔法陣により、全員が回復されつつ戦っていたことを今更気づく。
後方には少し離れて、何匹もの萎れたオーガが倒れていた。