近くて遠かった道
ユウが例の魔物の移動距離から計算、2時間ほど経ったようだった。
2分ほど踊って準備した後、彼女は消えた。
さすがに日が暮れてしまっては、ザンでも地上では不安だ。
ユウが向かった方向と、自分のいる位置の魔物からの合成ベクトルを思い浮かべ、なるべく魔物が真北に移動するような場所で空中に浮かぶ。
この時間で、暗くなってからの【視・多】を試す。
同時に把握できるので、真っ暗でなければまあ大丈夫のようだが・・・。
真っ暗になってもしばらくは感覚を研ぎ澄ました。
暗闇の森を見ている、見えてはいないのに。
おかしな感覚に気づき、月明かりか、と周囲を見回す。
見回さなくても出ていれば見えるが、ついつい。
見えていないはずの木の揺れや葉の揺れに感覚がズームしている。
月は出ていない。
夢中になって更に1時間以上やっていた。
見えていないものをズームする変な感覚。
腹も減ってきたので帰ることにする。
また明日もやってみよう。
~~~~~~~~~~~~
ユウは最初の跳躍を終えた。
使った魔力は半分、つまり100/200%。
調整が利くようで、距離が増減するだけだ。
例の魔物よりは相当西へ跳べたようで、周囲も普通の森。
オーガの目前に出たとしても氷槍を撃ては済むが、念の為空き気味の場所へ。
周囲を片付けてまた踊る、2分ほどだ。
またすぐ跳ぶ。
例の魔物からは既にかなり離れて距離が分かりにくい。
逆に、相当移動できたということだ。
片付けてまた踊る。単純作業だ。
もう一度跳ぶと・・・もうナーラ手前だった。
距離感がおかしい、跳びすぎだ。
どんどん伸びる気がするので、日は暮れたがわざわざ戻ってみる。
まだ30分も経っていない。
6人も同行することを考えれば、距離は伸ばせるだけ伸ばしたい。
ザンを目標にしてみる。
ゴザのギルドでも良いが、最も一緒にいたザンはイメージしやすい。
例の魔物と重ならないようにだけ気をつける。
跳ぶと・・・空中だ!
位置は魔物のまだ手前。
風を纏えばゆっくり着地も出来るが、ここは位置調整を試みる。
位置の把握さえ出来れば高低の調整は問題なかった。
移動分の魔力を使うが、分からないほど微小だ。
少しだけザン側に進み・・・結構近い。
見られたら怒られそうだ。
次は再び、さっき着いたナーラ手前へ。
消費が、半分100/200%よりも少ない程度。
ひとりなら、半分残しで行ける。
もっと遠くへ行ってみよう・・・あとはロワの最初の洞窟くらいか。
やっぱりやめておく。
ここ、ナーラの手前と、ザンの手前くらいで魔力の減りだけ見よう。
4往復すると、全体の6分の1くらいの消費になった。
進歩早すぎ、というか元々の性能に近づいているんだろう・・・。
一旦ナーラに戻ろう、真っ暗だし。
茶さんを目指すが、トイレ中だったりすると困るので気をつける。
風呂なら突入する・・・ギルドには無いか。
「ただいまー」
「あっおかえり!」「おかえりなさい」「おかえりなさいーっ」
変なのが混じってた、残念ながら調子を取り戻したようだ。
「ギルド・・・マスターに報告してきます」
消えて10秒経たずまた現れた。
「ユウちゃんお弁当作ってるよ、冷やしてるから」
「ありがとうおねえちゃん、自分で適温にチンします」
「チン?」
「あっためます」
ザンと話してばかりだったので調子が狂う。
「ひとりなら一気に跳べますので、全員でも3回もかからないはずです。
そのまま明日決戦できればしましょう。
マスターにも言ってあります」
~~~~~~~~~~~~
ザンが戻ると、既にユウの帰還が報告されていた。
早い。
速いというべきか。
勿論、ユウが行ったり来たりまでしていた事は知らない。
食事の前にウインドからの手紙とメモをイジワに取り出してもらう。
当然、奇妙な文字と、ウインドがザン達と同じ国出身という説明もする。
とりあえず、ナーラにいる面々と同じだけの情報を伝えておくべきだ。
なぜ裏切りリストに自身の名前を書いたのかという質問は無かった。
また、大教皇の名前はショッキングではあるが、神を信じても教会総本山は全員にとって縁遠い存在のようだ。
イジワが『エビノ商会』の人物の名前に眉をしかめたような気がした。
そういえば実家のはずのルナノにも見せたが、変化には気づかなかった。
何があるにしてもザンには関わりのないことかもしれないが・・・。
食事は魔法袋の義手一式を隠すこと無く取り出せるので大丈夫。
食事の温めと就寝前の清浄はエリルだ。
油断は出来ないが、とりあえずはゆっくり休もう。
なにか変化があれば、おかしな話だがユウが来てくれるだろう。
まさか、こんな日が来ようとは。
状況の激変に改めて気づき、やっとここまで来たかと思う。
後はあの魔物、そしてウインドの事。
ウインドがこのまま無事に帰って再び普通に暮らすのは難しいだろう。
それどころか、こちらに戻ることさえできないのではないか。
もし、立場上ザン達と戦わなければならなくなったら。
何も分からない。
だがそれこそウインドの狙いなのかもしれない。
シンジロ
カナラズデキル
この言葉をウインドが伝えたかった意味、
いや、この言葉そのものを信じるしか無い。
ふと、これはウインド自身の覚悟なのかもしれないと思った。