愛馬とともに
ザンとユウが同時に移動すれば、おそらくだが例の魔物の動きも変わるはず。
迷走するように。
ゴザに行き最低限の情報を伝え、森を移動すればある程度誘導可能だろう。
このふたりなら、森の中も問題ない。
懸念は、一時的とはいえシンヨルへのユウによる庇護が無くなること。
アリア、リリアと共にこっそりギルドに籠もることになりそうだ。
ルナノも一旦残ることになる。
例によってギルド中庭には6人+ザン・ルナノ+マスター集結。
土魔法の壁で全ての1階窓が塞がれた。
「また言い訳を考えないと・・・」
マスターが愚痴る。
昼前だが、早く出発したいので弁当持参。
出かけるのはもちろんザンとユウ。
大概のものは魔法袋に詰めてあるので、何かあっても困らない。
念の為だが。
ザンが地面に寝る。
「さあ、乗って」
ザンは仰向けに寝ていた。
全員が呆れる、ルナノまで。
ルナノは意識がなかったので、来た時を覚えていないのだ。
「勘違いしてないか?
ほら、こうやって飛ぶんだよ、風よけになるように」
ザンはマジックショーのように、寝たまま斜めになってみせる。
「なんだったら、私だけで行きますけど」
ユウは風を纏って浮かんでいく。
「えーと」
「普通に背中に乗せてください、あとは魔法でなんとでもします」
瞬間、寝たままクルッと裏返るザン。
「ちっぱいは慣れてるから遠慮せずに乗ってくださいね」
本人も失言だと気づいたが、もう遅い。
ルナノからも大ヒンシュクである。
ユウは馬乗りになった。
「ハイヨー、シルバー!」
「ひひーん」
ふわりと浮き上がり、数メートルから急加速して一気に見えなくなった。
「笑おうにも元ネタが分からん」
落ち込むロロがいた。
「ユウさん、弁当でも食べますか?」
風圧がきつくない程度、多分時速60キロ位で飛んでいる。
「あのねえ・・・。
まず、魔法と組み合わせて安定高速をキープできるか試そうよ。
ふたりなんだから丁寧語もいらないし」
「わかり、わかった。
少しずつ速くするね」
瞬間、風圧が無くなった。
「風を纏うのは無駄が多い気もする・・・もう少し早めでキープしてみて」
「じゃあ100キロ位で、一旦魔法は使わないで。
飛ばされないようにね」
地表から距離が遠すぎて速度が分からない。
ザンはバイクに乗っていたこともあるので風圧で大体の速度が分かるはず。
「このくらいだね、じゃあ頼む」
一気に風圧が減る。
「うーん、やっぱり無駄が多い・・・」
「カウルっていうか、風防のような形状で何か出来ない?」
ああ、やっぱりザンさんって頭がキレる。
長髪のおじさんを思い出しそうになるが、なんとか耐えた。
単なる壁を作っては、ぶつかるか追い越すことになる。
一定位置に浮かぶ風防、風の壁。
イメージする。
ずっと同じ様に移動する魔力の塊。
空気の壁だ。
ぶつかれば危険なので、まずは軽く。
少し風圧が減った、出来る。
強く作る、ほぼ風圧が消え、キープ出来ている。
「成功!どんどんスピード上げてみて!」
「おーけー!」
スピードを上げると、正面の風圧はほぼないが後方になるにつれ風の渦が出来ている。
「どんな風防作ったの?」
「普通に半円みたいな感じ」
「もし出来るんなら、流線・・・いや、涙滴型が理想と思うけど」
ザンは、SFで読んだ『涙滴型宇宙船』を思い出した。
宇宙空間でも様々な粒子が存在し・・・まあ究極の流線型らしい、多分。
「あっ、密閉したら窒息するから空気穴開けといて」
「好き勝手注文してるけど・・・参考になる。
やってみるね」
「自転車のヘルメットで後頭部がとんがったのあるでしょ、あんなのね」
危ない、いや危険は無かっただろうけど、とんがった方を前にしようとしていた。
空気穴を空けたが、ゴーゴーとうるさい。
空気のキープか・・・、山で酸素を消して消火したのを思い出す。
密閉してしまい、酸素やその他を維持し続けるように。
適温に調節しようとすると戻ってしまい、そちらを先にやり直し。
「出来た!
エアーコンディショニング付きの高級仕様です」
「よし、速度を上げてみるね」
「鳥とかドラゴンにぶつからないようにね、鳥なら大丈夫だけど」
「ドラゴンいるの?!」
「しらない」
速度を上げると、ズドォーンと爆音がした。
「ひぃっ」
「音速を超えた、ソニックブームだね」
完全に空気抵抗を消せないからか、そういう物なのかザンは知らない。
それに、ユウの魔法の完璧さと遮音性になど気づくことはない・・・。
「この手前の速度で半日だったから、もう少し速くしてごはん食べようよ」
「うん、ちゃんと前見ててね」
「【視】で見てるから。あまり遠くは見えないけど」
宿の弁当で正解だ。
ここのもイケる、特にボア肉がうまい。
風圧が無いので、両手に乗せたままかぶりつく。
ザン用に細かく切ってもらった。
水分はユウが飲ませてくれるが、控えめに。
「スピードを出せるだけ出してみる。
なにか気づいたら言って」
「わかった!」
体感では速度は分からない、ユウは加速とかもっと感じているかも。
「体はなんともない?」
「少しずつだから問題ないみたい。
止まる時はゆっくりスピード落としてね」
「らじゃー!」
マッハ2とか3くらい出ているかも、景色の動きでしか分からないが。
この時間を使い、ユウの能力を説明してゆく。
【聴】【想】【舞】【勘】【無】と、脳内に浮かぶ右側から順に。
チート過ぎ、ザンも人のことは言えないが。
魔力ゲージは、恐らく【勘】の働きもあっての事。
魔力を感じる心臓からのイメージをもう一枚後ろの画面に合成、と言った。
ザンは理屈は分かった、画像ソフトの『レイヤー』を思い出す。
だが、重ねるべき能力や力が思いつかない。
あるとしたら、“斬り”の力かもしれないが・・・。
まあ時を待とう。
5時間経ってないか。
夕方にはまだ早い。
出発時は慌てていてはっきり見なかったが、ゴザらしい場所が見える。
高空なので、霧もない今日は向こうに壁も見える、間違いない。
ユウは前に突っ伏してウトウトしている。
ちっぱいも当たっているが、リア充のザンには慣れた感触だ。
足がブラーンとなっていて面白い・・・。
少しずつ速度を落とすと、ユウが前にズレてくる。
「はっ! ちょっと」
手を付いて後ろに戻っていくユウ。
伸びとあくびをして、涙が出ている。
「シルバー、どうどう。
後でおいしい干し草をあげるわね」
「ひひーん」
「とりあえずみんなに会って話がしたい。
魔物のルート誘導は後にさせて」
「わかった」
上空あたりで速度を落とし、風防解除。
まだ結構高空だが、ギルドの真上らしきところで停止。
「シルバー、着地よ」
「ひひーん」
ずっと飛んでただけですね・・・。
「ひひーん」の統一に苦労しました。