黒いモヤのゆくえ
ザンとユウの物語はひとつになります。
副題からどちらかを示す名前が消えます。
ザンが発ったあと、ゴザに残されたイジワと“魔断の風”はギルドの2階にいた。
例の植物魔物の巨大化にともなう危険区域の拡大を報告。
たった数メートルだが、地図の修正が必要だ。
近づくだけでも、魔法を打ち込めば尚危険であることも付け加える。
イジワがギルド長に問う。
アンテの連絡網で、ユウさんの場所をザンに教えてくれたらしい。
概要を知っている可能性もある。
「気になることがあります、大事な事です。
なぜ、ザンにユウさんの居場所を教えてしまったんですか?」
敢えてきつめの言葉を使った、反応を知りたかった。
「ザン君に確認しました、いいのかと2度」
「何が起こるのか知っていたのでは?」
同室にジェギ達がいることを承知で、当事者に最も近いイジワが問うているということは隠す必要を感じていないということだ。
それに全員が、ザンが空を飛んで向かったことも知っている。
ザンとユウが会うことはもう不可避なのだと。
「十分に強くならずにおふたりが会えば恐らく死ぬだろうという事、会うべき時期がどう示されるのか、示されるかどうかも不明。
ごく一部の、アンテとの強い繋がりを持つ者だけの秘密でした。
『その時』に備えていました」
沈黙の後、イジワが言葉を発した。
「それだけなんですか」
「といいますと?」
「ふたりが会った瞬間、それは何者かに気づかれる。
それによってやってくる黒いモヤと、そのあとの何か恐ろしい光景というのは知りません?」
「いいえ・・・“悪魔教”に注意、という事は聞いてますが」
「聞いた話までは、ザンの言っていたことと同じです。
ザンだけが、その映像・・・言った通りの事が起こるらしいことを教えられたようですね」
エリルが恐る恐る口を開いた。
「あの、今の話には合わないような変なことですが・・・。
あの時の黒い煙は関係無いんでしょうか」
「ああ、ショボい煙だったが起きたことだけなら合っている気もする」
「まだふたりが会っていなかったという大きな違いがあるが」
エリルに触発され、モスコとジェギも気づいていたことを言う。
イジワはもう一度反芻するように出来事を語る。
「はい、ただ変だとは思っていました。
体調に変化があったとも思えませんし、合図にしても意味が無いですね。
町の演劇で、悪魔が出る演出を思い出しました」
「とんでもない奴は出たがな。
わざわざ予告のように煙を焚いたわけだ。
『予言』というのか、その状況を演出するように・・・」
「『飛び飛びに逃げた』と言ってたな。
ザン君も追い付けない能力、瞬間移動したような?」
「ザン君の大事な人が命の危険にさらされた・・・無事だといいけど。
変な話だけど、今聞いた事と合ってる気もする・・・」
ジェギをはじめ、3人の言う事は納得にまで至らないが辻褄は合っていた。
だが起こったタイミングが違う。
まだユウさんとザンは会っていなかった。
「考えても仕方ありません、備えだけはしておきましょう。
襲ってきた何者か、にもです。
皆さんはここに待機していただけるでしょうか」
「わかった」
全員同意した。
何か起こるのがこちらにしても、ナーラにしても、ギルド連絡網で知ることは出来るだろう。
日は落ち、宿へは伝令を送った。
わざわざ通信石を使うまでもない。
応接で寝る事になったが、それぞれ魔法袋に寝具が揃っていた。
夜中まで、4人で話は続いた・・・。
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10時間以上飛び続けたザン、おそらく夜中だろう。
ザンは黒いモヤの映像を思い出しつつ、やれることを考えた。
様々な優先順位が脳内で整理された。
多重思考がいかに効率的で速いとはいえ、これらの判断はザン自身の思考の積み重ねで、それ以上でもそれ以下でもない。
まずはユウと自分の“レベル”と能力の摺り合わせだ。
レベルさえ確認できれば、他は仲間の前で話すほうが都合がいいかもしれない。
ユウだけを呼ぶ。
「レベルの確認だけはしておきましょう。
オレは55です、ルナノを含む2人のメンバーも同じはず。
ゴザにいる“魔断の風”は全員もっと高いはず」
「わたしも55です、同じですね。
仲間の2人はベテランでもっと高いです。
茶髪の人と、エルフっぽい人と魔法のお姉ちゃんは新米Aランクですがやっぱり高いはずです。
特に茶のひとは一人で修行したとか」
「レベル情報はもう大丈夫なら、後は全員で・・・。
あっ、オレ達の秘密話してる?」
「ザンさん、『オレ』って言うようになったんですね。
元のニホンと、年齢の事以外は知ってると思ってください、5人とも。
あっ、色々あって15歳にしてます、話をあわせてくれればいいです」
「うん、オレも同じ感じ。
飲酒は結婚してから黙認してもらってる。
それよりレベル以外のことは全員で話そう」
最初ザンは『僕』と言い直してしまったが、そんな事は意味がないのでやめる。
それより、皆和気あいあいとしすぎている。
ルナノだけ心配そうだ。
「皆さん、黒いモヤとその後の強敵らしき相手への対策は?」
ルナノ以外、呆気にとられた表情だ。
「夢で女神様に警告されたよね?」
ユウが頷く。
「そのあと、部下が見せてくれた映像は?」
「何も・・・。邪悪なものに気をつけろとは聞きましたけど」
知らないならもっと早く言うべきだった!
ザンが早口でまくしたてる。
「ふたりが会った瞬間、光が世界のどこかで見ている邪悪な目に届きます。
それから黒いモヤがやってきて、大事な人を襲って・・・」
ザンの言葉が止まる。
大事な人とはルナノではないか。
最初に夢を見た後の印象と違う、いや印象ではなく予想か。
記憶には残っていないが、それは恐ろしい光景だったはず。
そして、それはやがて恐怖よりも覚悟に変わった。
ザンの言葉を聞き、いちはやくユウは気配を探る。
2つの“呪われた”気配がある。
ひとつは例のゴザの魔物。
もう一つは・・・目前にある!
ルナノから感じる、だがルナノ自身ではない。
「何も襲ってくる様子はありません、もし来れは感知して知らせますから。
それから、ルナノさん、呪われた“なにか”を持っています」
ルナノもザンもドキッとした。
まさか、“女神の祝福”が?
「この、指輪でしょうか?」
ルナノが指輪を外してユウに見せる。
「違います。誰かに何かを渡されませんでしたか?」
「ルナノを襲ったヤツは2度現れた、その時入れられたんじゃ?」
ルナノはポケットや魔法袋を探る。
整理して入れたはずの魔法袋に違和感があった。
手探りで取り出せるよう配置は覚えている。
「これは?」
「それです!」
複雑な模様の書かれた封筒に、なにか入っていて膨らんでいる。
いつもルナノは軽々しく物を扱うが、注意するのが遅かった。
ルナノは大きな赤い石、宝石のようなものを持っていた。
食後、座ったまま数時間寝ていました、不覚・・・。