ザンと単調な日々
今日もザンはジェギと向き合う。
闘技場を分割しているが、剣士組がほぼ全体を2分割で使っている。
魔法組は片隅で、エリル指導で少量魔力消費から回復を繰り返す訓練らしい。
条件を色々試すことで最適な回復法が分かるそうだ。
魔闘技場へは行かずに同じ場所にいるのは、ザンのマントの補助効果を利用するためだ。
ザンは視界を広く、相手であるジェギ以外の全ての風景・現象に意識を向けている。
【多】が示す情報の数は・・・
207,837
少し増減している。
敢えて意識を向けると分かるが、地表の凹凸、空気の流れ、闘技場の壁や客席、戦っているイジワとモスコの情報まである。
全部が意識の表面にあるのではなく、存在は把握しているが無視できる。
戦闘に関する情報は数千程度、中には『地表に盛り上がった砂を蹴り目潰しに使う』といった冗談のような物もあるが、そういう事も絶対無いとは言えないだろう。
直接のジェギの動きの予想は数百程度、すべて同時に意識できるのが“多重思考”たるものという事か。
不要な情報は気にしなければ分からないし、重要なら勝手に意識に出る。
ただし、全てが予想に過ぎない。
適切な動きは瞬時に自分で決定するしか無い。
(普通なら)予想外だが使えそうな動きはジェギに後で告げる。
次回の対戦で使ってくることもある。
通常の選択肢が増え、備えのパターンも増える。
こう書くと有能な能力だと思える。
確かにこのおかげでジェギに追いつけたし強くなれた。
だが、予想のパターンがいくら増えても、決定的な物足りなさを感じる。
恐らくこのまま増えるだろう、だが新たな発展がまだ何も見えない。
ジェギの剣が途中まで伸びてくる、フェイントだ。
数センチ躱しまっすぐ相手に跳ぶ。
剣が戻り切る前にジェギの首に短木剣を添えていた。
「剣を戻す速度も見切っていたか、この戦い方も相当慣れたはずだが・・・。
いや、君の場合が特別か」
「ジェギさんもまだ色々やってる段階なんですよね。
スキがあればどんどん攻めますから、返し技待ってます」
イジワとモスコにもパターンに関するアドバイスをする。
この2人はとにかく延々打ち合い躱し、捌きあって勝負のついた所を見た記憶が無い。
「全員集まってくれ!」
ギルド長ムダラだ。
「異常に高い魔素とオークキングらしき姿が確認された。
スタンピード級の異変が起こっている可能性がある。
既にA・Bクラスと余波討伐の人員は招聘しているが、先遣隊として偵察をして欲しい」
普段から、魔物暴走の元となる地点の観測は行われていて、魔素に異常があれば中間の高地にある砦からBランク冒険者が観測を行うそうだ。
以前の魔物暴走の時期から考えると、若干早めではあるが誤差の範囲のようだ。
「“魔斬の両腕”の面々にはくれぐれも言っておく。
ジェギ達が一緒だから心配ないと思うが、討伐が目的ではないぞ。
出来るに越したことはないが、まず変異オークの数が尋常とは考えられない。
大まかな数や種類が分かれば良し、小物を倒しつつ足留めでも出来れば上出来だ。
良いな?」
昼食はまだだが、日暮れまでたっぷり時間があるので都合が良い。
リュリュと数人のギルド事務員が小袋を配ってくれた。
「あっ、これ好き」
エリルが果実を取り出してかじる。
ザン達も口に入れてみた。
ブトウとプルーンの中間のような甘酸っぱい果実だ。
「まだ全部食うなよ」
「分かってるよ、そのくらい」
「いや、そっちの3人に言ってるんだが」
ジェギが改めてオレ達に言う。
「あっちに向かいながら少しづつ食えば、腹にも溜まらないし昼食には充分だ。」
「大事な事がもうひとつ!」
ギルド長が慌てて戻ってきた。
「“授与魔法”のやつには注意を怠るな。
居なければ良いが、こればかりはわからん。
何かあればすぐに戻れ!」
またどこかへ行ってしまった。
リュリュさんが近づいてきて言う。
「こんな事態はめったに無いのでバタバタしてるようですみません。
通常無いパターンなので、その対策にも追われてるんです」
森までは馬車ですぐだ。
森を駆け足で進みつつ、さっきもらった『プリューム』の実を食べながらジェギの説明を聞く。
オークキングというのは、かなり上位の先日のジェネラルの更に上。
強さで言えば10倍から数十倍だが、そんなに単純に比較できるものでも無いだろう。
やっかいなのは、キングが単体で現れるわけではないという事。
キングは数十匹のジェネラルを従える。
更にジェネラルも同じ様に下位の変異オークを従える。
先日のジェネラルは、ナイト(騎士にあたる)やメイジ(魔法使い)も連れず、特殊だそうだ。
魔物暴走前ならではの異変だと、今更思っていると言う。
その代わり変なのが混じっていたが。
1時間程度移動したか。
来た、変異オークだ。
ザンは跳び、そのまま飛び続けジェネラルや他の親玉を探す。
探しつつ次々に変異オークの首の後ろを斬りつける。
剣を持った大物が見えた。
飛び込み、振られる剣を躱す。
普通なら一旦戻ってきて攻撃するはずの人間が首に取り付く今の状況はオークにとっては全くの予想外。
一度ジェネラルの動きを見ているザンにとって、その下位にあたる親玉は、簡単に言えばのろかった。
親玉を失った変異オーク達はザンに向かってくるが、姿を見失うとウロウロしているように見えた。
杖を持ったメイジらしき親玉にまた離れているのに魔法を飛ばされた時は面食らったが、魔法を斬る選択肢は織り込み済みだった。
数匹目に見つけたジェネラルらしき奴の首を斬ると、ザンの脳内に異変が起きた。
無数の画面・・・いや、数多くの視界。
くらくらしながら“40”の数字と【視】の文字を確認。
一瞬後に、驚くべきことが起きた。
【視】と【多】の統合。
全て分かった。
【多】は【視】の準備段階だった。
振り向きもしないのに、背後に赤いものが見えた。
火ではない、まさか。
【視】は遠くが見えるわけではないようだ。
一気に飛ぶ。
見えた、あれだ!
赤い魔法陣。
様々な可能性が見える。
・“悪魔教”が常にどこかで魔法の付与をしている
・予め仕掛けがしてあり、一定に発生する
いや、こんな事はすべて終わって考えればいい。
今は、“授与魔法”のやつを見つけ仕留める!
だが、どうやって。
上空に上がるが見つけられない。
このままでは。
前触れはなかった。
ある一点で水色の魔法陣が輝いた。
赤い“呪法陣”が全て消失。
一匹の変異オークが、倒れて干からびていた。