ザンの器?
「元の世界で斬り能力とか、飛んだり跳ねたり自由にできる人間はいませんよ?
SFとかファンタジー小説の世界です、オリンピックで勝ち放題です」
多重思考をオンにしてみる。
あれ? ずっと働いているようだ、でも思考に干渉しないと言うか表には出てこない。
行動に選択の余地が無ければ顕在化しないようだ。
あれ、これは多重思考が出した答えだ。
ともかく、今は自分で考えろということか・・・。
「あはは、言い方がわかりにくかったね。
私は人の記憶が探れると言ったが、人前でじっくり昔をたどれるわけがない。
断片をつなぎ合わせて、大体の事が分かるだけだ。
怪しいやつは近い記憶をじっくり探ることもあるが・・・。
君はごく普通の人間だったね」
「そうです。
稼げる仕事を探して・・・ひどいもんでした。
まあ最後は無職でしたけど」
「君がその時まで実際どんなだったかは何となく分かった。
そこから変わったよね」
「はい・・・呼び寄せられて、一方的に飛ばされただけです」
「ほう、無理矢理飛ばされたのかね?」
「いえ・・・自分で決意したのは確かです」
「それまで何かやろうとは思わなかった?」
「会社とか作ろうにもアイデアもお金もないですし。
あっ、小説を書こうとか思ったことはありましたけど、続けられて完成するかどうかさえ自信は無いですし。
50歳くらいから書き始めて有名になった人の話は聞いたことがあります。
自分もそういう事ができたら、できるかもとか思ってはいました」
「“天賦の才”持ちの事は知ってるよね?」
いきなり話題が変わった。
「最近聞きました。Aランクのほとんどはそういう人がいると」
「うん、こちらで言う『才能』というのはほぼそれに近い。
職人でそれを持つものもいるし、自分で気づかぬ者もいると聞く。
冒険者なら、それで生き残り努力をおこたらなければ強くなる。
仲間も一緒にね」
「それが?」
「彼らは私らの元の世界にいればスーパーヒーローみたいなものだ。
君はそれと同じかそれ以上かもしれない」
「女神様にもらっただけですよ」
「決意しなければもらえなかった。
決意は君を変えた」
分かるような気はした。
オレは決意して何かをやったのは初めてだ。
そりゃあ、細かい決断は何度もしたかもしれないが、決意と言えるのは初めてだったと思う。
もし、元の世界ニホンで何かを決意できていたら。
それは可能性に過ぎないかもしれないが・・・。
「それじゃあ、しばらくはここら辺にいるからいつでも呼んでいいよ。
遠出するときには伝言でも置いておく」
ウインドさんはもう立ち上がって扉へ向かおうとしていた。
「ありがとうございました!」
~~~~~~~~~~~~
「うん、明日ローブは小さめのを買おう。
鞘の縫い付けはルナノ大丈夫?」
「わたしを何者と?
速縫いのルナノよ。嘘だけど。
普通にできるから」
学校かどこかで裁縫を習うルナノを思い浮かべる。
ああそういえば本当の名前を聞いていない、妻なのに。
でも、ルナノはルナノだ、一生。
冷やしたエールで乾杯する。
ザンは13歳くらいだが、全員細かいことは気にしなかった。
おそらく、ザンのほうがアルコールは慣れているし。
テーブルにはちょっと豪華な食事。
あとの2人も、食べれば1杯程度問題ないはずだ。
イジワがいつもの真面目な口調で音頭を取る。
「では、俺達の新しい門出に、“魔斬の両腕”に乾杯」
“魔斬の両腕”、きのうウインドさんが考えた名前だ。
彼の名前は出していない。
同じ境遇の人とは教えたが、普段の印象が悪すぎる。
最初聞いた時は疑問だらけだった。
変だ。
意味を聞いて納得する。
イジワとルナノには一旦秘密にして、練習で2パーティーそろっての休憩時に明かした。
~~~~~~
「オレ達のパーティー名、“魔斬の両腕”って考えたんだけど、どう?」
うちの2人は首を傾げるが。
「両腕はあなたたち2人ね」
「ザン君自身のすごさも同時に分かるな」
「これから君は自分の姿を積極的にさらし、それ自体を名声に変えていく覚悟か。
大したものだ」
イジワとルナノも理解したようだ。
「ザンがそれでいいのなら反対はしな・・・大賛成だ」
「さすが、私のザン君」
~~~~~~
夜は・・・。
ウインドさんの言うことは正しいようだ。
ルナノが大人の女に変わってゆく。
~~~~~~~~~~~~
翌日、午後からは休みをもらい服飾店、ではなく魔法屋へ向かう。
ゴザとは都市の規模が違う。
巨大なビルのような魔法ショップだ。
なぜか、“魔断の風”メンバーも一緒だ。
そのおかげか、外を歩いている時から取り巻きが増えている。
3階建ての1階フロアは日用品から普通の冒険者の使う安物のローブや魔道具が揃えてある。
2階には中級品があるが、中央にステージのようなものがある。
演武のようなものやアイドルコンサートでもやるのだろうか・・・。
3階はVIPフロアだ。
おおむねCランク以下の一般冒険者や平民は上がれない。
ジェギが声を張って群衆に言う。
「この後、重大なお披露目を行う。
時間のあるやつは待ってろ」
オオ―、と取り巻きと一般客から声が上がり、ザン達は上階へ。
先にギルドカードを出しておく。
ザンのはルナノが代わりに示す。
ザワザワと群衆から声が聞こえる。
新Aランクの誕生はギルドから発表済だ。
ザンは多重思考で全て聞き分けられるが、意味がないので意識に上げない。
実は先日の変異討伐、依頼の一部のはずがちゃんと報酬は出た。
ムダラがカッコつけて命令しただけのようだ。
ジェネラル他討伐は各自100万、例のヤツの特別手当50万。
例のは、なにせ公にできないので格安になってしまったそうだ。
「私の借りにしてくれ」とムダラは言った。
まだなりたてのAランクでは持ち金はたかが知れているが、足りなければジェギさんらが貸してくれるそうだ。
別に高価な装備を探しているわけではないのは彼らも知っている。
ザンはあるマントの前で足を止めた。
効果は『自己修復・本人とメンバーの能力強化』。
『注意:所持者の能力に依存します』ともある。
丈夫でさえあれば効果は求めていないが、これはいいかもしれない。
ルナノがつけさせてくれる。
マントだが、ザンの体格なら鞘を取り付けるのにちょうどいい。
首周りをフィットさせ、少し巻きつけ気味に着よう。
値段は、小さいせいか100万ジョネンと安い。
普通の高級品と比べればだが。
鞘の縫い付けや首周り調整はすべて店のサービスだ。
ルナノがほっとしているような? きっと見間違いだ。
2階ステージへ店員とともに向かう。
ジェギがまず、第一声。
「今日は新しいAランクパーティーのお披露目だ。
俺達と互角以上のやつらだ」
「後は任せる」と、イジワを前に押し出す。
反対側にルナノ、ザンは中央後ろにいる。
ジェギの言葉にざわつく観客、お世辞でこんな事を言うはずがないからだ。
「俺達が新しいAランクパーティー“魔斬の両腕”だ。
オレはリーダーで剣士のイジワ。
右は魔法師のルナノ」
15歳の可憐な少女、ヒューヒューと歓声が上がる。
「彼女は真ん中のやつの妻だ」
微妙なガッカリ感に静かになる、真ん中の少年への興味とともに。
「俺達が両腕だ。
そして、・・・俺達の、“魔斬の両腕”のエース、ザンだ」
ザンが一歩前に出て、これまでの傷だらけのローブを脱ぎ捨てる。
沈黙が訪れる。
両腕が無く、金属の装具をつけた少年。
ジェギが『互角以上』と語るAランクメンバーを冷やかす者などいない。
ルナノの時のは別だが。
ルナノが新しいマントを着せる。
瞬間、6人全員が光り輝いた・・・ように見えた。
店が演出でライトアップしたのだと皆思った。
ザンはイジワとルナノを順に見る。
そして右腕だけに短剣をセットし、掲げた。
「オレと、オレの両腕をよろしくな!」
R15で自粛が多くてすみません・・・。