ザン、未熟さを思い知る
冷静なイジワが、おっさん・・・じゃなくて試験官さんを睨んだ、ような。
ルナノも離れているが顔が怖い・・・。
全然たいしたことねぇ、か。
オレは、・・・オレの頭には2つの事が同時に浮かんだ。
赤鎧の男に言われた、『弱いな』という言葉と痛い記憶。
もう1つは・・・“レベル”の事だ。
恐らく数字では無いと思うが、このおっさん・・・ウインドさんにはレベル、のようなものが分かるのではないか。
まさか顔面偏差値を見たわけでは無いだろう・・・あり得なくはないが。
普通に、性格が悪い変な試験官かもしれないが、どちらにしろ今考えても仕方無い。
結局、誰もウインドさんの言葉には触れなかった。
いつもこんな感じなのだろう・・・。
「全員揃ってよかったです。次は闘技場です」
リュリュさんの案内で全員が移動。
さっきの控室を通り過ぎて反対側にしばらく歩く。
視界が開けてそこにあったのは、コロシアムだった。
まるで現代の遺跡に戻ってきたような不思議な感覚。
自分を『僕』と言っていた頃に戻ってきたような。
だが少し古いが、遺跡などではなく普通の闘技場だ。
クラクラするような感覚に、思わず頭を振る。
受験者以外のほぼ全員がキョロキョロと見回している。
ザンたちも見るが、特に変わった様子は無く客席には誰もいない。
「色々あって一般非公開です。別に困らないでしょう?」
ギルド長が言うと、それぞれが仕方無い・訳がわからないというような仕草で歩いていく。
観客席ではなく、場内の端に机と椅子が置いてあった。
「まず、イジワさんの試験をおこないます。モスコさんお願いします。
審判は、ギルド長ムダラが務めます」
進行は相変わらずリュリュさんだが、実況は・・・しないな。
オレたちも着席。
机はメモ書きに使われる訳では無いようで、ふんぞり返ったり、肘をついて前のめりになったり思い思いの格好だ。
「はじめ!」
イジワはダッシュするとモスコに打ち込む。
モスコは剣で受け返す。
単純な打ち合いだ、勿論目に捉えるのも難しいほどの速さで。
いつもザンとやっている打ち合いと同じだ。
二人とも意地のように足を止めたまその場から動かず、体を捻り、受け流し、また打つ。
一瞬イジワが自分の真後ろに剣を引いた。
ザンはあの時の事を思い出す。
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打ち合うイジワの剣が消えた。
相手の剣を避け受け流し、隙を絶妙に捉えなければ自殺行為の技。
直後に予期せぬ方向から横薙ぎに剣を受けた。
めっちゃ痛かった。
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イジワの本気の右からの横薙ぎは空を切った。
相手のモスコは、単純に後ろへ跳んだだけだった。
「いい技だ!応用が欲しいところだな!」
なぜかのアドバイス後、今度はモスコから飛びこむ。
一段剣速が上がった。
今度は両者とも普通にフットワークを使う。
かなり、ぎりぎりか・・・。
いきなりモスコが後方へ大きく跳んだ。
「充分だ!」
こちらへゆっくり歩いてくるが、息を切らしているように見えた。
イジワはその場に膝を付き、肩で息をしていた。
「よし、終了。
次はザン君だ」
ギルド長がジェギさんを見る。
ザンは立ち上がり席の横へ、ルナノもだ。
ローブを脱ぎルナノに渡す。
誰も驚かなかった。リュリュさんが少し驚いていたかも。
ギルド長はゴザからの伝令か何かで知っていたと思うが、他は知らないようだ。
当然だがからかう者などおらず、それどころか興味津々という感じか。
木短剣は鞘に収まらないので、ルナノがセットしてくれる。
イジワとすれ違う
声を掛けることはできなかった。
第一、慰めか健闘をたたえるか、何を言えばいいのか分からない。
ザンとジェギが対峙する。
とにかく、今の全力を見せる。
ザンは覚悟を決めた。
「はじめ!」
全力で地を蹴り、ジェギのギリギリ前まで跳ぶのは絶対だ。
問題はそこからだ。
一瞬ジェギに笑みが見えた。
待ち構えたようにタイミングピタリで左下から振り出されるジェギの剣。
見えた。
躱すように右斜後ろへ【重】、結果としてザンはジェギの右へ。
更に背後へ、だがくるりと振り向いたジェギは今度は袈裟斬り――肩口から斜めへ振り下ろす――を放つ。
足を申し訳程度に着いたが、そのスピードも加わり一瞬でザンは離れる。
これが経験と“レベル”差か。
確かに【重】があるが、相手の間合いへ入らなければ勝てない。
一瞬“纏って”木剣だけを斬るか。
いや、実戦で剣を斬るのは相当無理がある、鍛えた良い剣を持つ相手なら尚更。
そんな事をしても勝ったと言えない。
ザンは自分自身の限界が見えた。
「終わりだ。きりが無い、多分。
負けでいい」
ジェギが放ったのは意外な言葉だった。
「俺の言ったとおり、最高だっただろ?」
いやいや、ウインドさんが言ったのは・・・。
ギルド長が試験の終わりを告げる。
「リュリュ、彼らを控室に連れて行って上げなさい。
我々は一応、審議ということでここに残る」
ルナノがローブを掛けてくれ、肘を出して木剣を外してもらう。
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「おめでとう。Aランク昇進だ」
耳を疑った。3人で顔を見合わせる。
リュリュさん以外の全員が揃っている。
あ、リュリュさんはいつの間にかカウンターへ行き何か飲み食い中。
ギルド長が続けた。
「不思議なことではない。当然の結果だ。
1つ目は、既に変異クラスに殺されない強さを持つこと。
2つ目は、その強さが『初見殺し』などのまやかしではないこと。
3つ目は、これが重要だ。・・・君たちが実は『まだ弱い』こと。
ウインド君の眼が決め手だ」
ギルド長は説明する。
通常、才能を持つが未熟な冒険者はまずBランクからAランクへ昇進する流れだ。
でなければ、才能を持つ者が無理な討伐依頼を受け死にかねないからだ。
一方、“縮地”や特殊な状態異常付与等の『初見殺し』は、それを知る相手や効果のない魔物に対した時に簡単に死ぬ事になる。
そういった者もBランクとされ、欠点を克服してAランクに挑戦する者は少数だ。
ザン達は、地力が弱いにも関わらず、似合わぬ強さを認められた。
なおかつ、更に強くなる責任を負わされたという事だ。
ジェギが言った。
「腕を見せてはもらえないか」
断れない。
ザンは右腕を出し、装具の根本にある誤押下防止ポチポチの下のボタンを器用に押す。
ガチャンとテーブルに装具が置かれた。
「これは・・・」
呪法陣を見たジェギの目は憎しみに満ちていた。