プロローグ(前編)
ふらふらと面接会場を探し歩いていると、古いビルを見つけた。
特に確認するでもなく、ロビーから一階正面の扉を開けて入る。
ここだ。
部屋というかそこは机は並んでいるものの、まるで空き事務所のようにガランとしている。
黒電話が置いてあるな、レトロかよ。
誰もいな・・・扉が開いて奥から一人出てきた。
一番奥に受付台があり、そこで待っている。
一瞬目が合うと、ニコリとした気がする。今は無表情。
残念ながら男性だ。
働き盛りの40代といったところ。
受付に着くと、うながされ腰掛ける。
「では、こちらへ記入お願いします」
はっ!ここで気づいた。僕は履歴書さえ持ってきてはいないのだ。
「すみません、履歴書を持ってきていません」
「構いません。
募集にそのようなことは書いていません。
こちらに記入お願いします」
なぜ今まで疑問に思わなかったのだろう・・・。
夢から目覚めたような感覚。
もう一度呼吸して、状況を考える。
ここまで来たのは自分の意志だ。
ここに書くと個人情報を盗まれる?
いや、企業面接なら履歴書を提出するくらいなのだから、どちらにしろ同じだ。
なるべく丁寧に記入していく。
書き終えると男性が立ち上がり、僕も立つ。
「では、入られますね」
違和感。
言葉がおかしい。
ここで入ると、なんとか商法の餌食に・・・いやいや、それは断ればいい、最悪逃げる。
それとも、詐欺組織の一員・・・いやいや、ちゃんとした求人誌にそんなのは載せない。
多分。
それ以上に何かが引っ掛かる。
同時に、踏み出すべきだという自分の奥底の意識が動いている、気がする。
ちょっと待った。
部屋に入るか入らないかだ。
もしかしたらハイと答えると録音されて後で・・・とか色々考えるが、結局一つの思考に落ち着く。
まず、入るか入らないかを選ばなければならない。
入れば何かが起きる、それは何か分からない。
自分の奥底から何かが“踏み出す勇気”を求めている、気がする。
“気がする”。
抽選やゲームのガチャで当たる気がする事がある。
だいたいそれは外れる。
その“気がする”とはぜんぜん違う。自分自身が求めているのだ。
言葉を間違えていた。“気がする”ではなく“はず”。
自分の奥底が“踏み出す勇気”を求めている、はず。
結局返事はしなかった。
部屋に一歩踏み込み、態度で示した。
え?面接始まってるかもしれないのにいいのかって?
もうこれはなにか違う、と納得してしまっていたから。
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ここに訪れたのは2人だけ。
僕(34歳独身)とぽっちゃりした女性。
年齢は恐らくそう変わりないと思う。
が、結構いってると思う、まあ、その、体重が。
人のことは言えないか。
僕だって体は引き締まっているものの顔は中の中の下くらいだ(当社比)。
書店勤めだったが数年前に辞め、稼げる仕事を求めたがある運送会社のブラックさに辟易。
今フリー。
いまさらの自己紹介の理由は、面接官(兼受付)の男性から明らかになる。
「ありがとうございます。お二人に決まりました。
認識を戻します。
驚かないようにして頂ければ幸いです」
眼の前がサァっと明るく、広く、部屋の景色が物凄くシンプルに変わった。
男性の衣装が真っ白なローブ?のようなものに。
頭の中にずっと渦巻いていた霧のようなものが晴れた。
騙された、とまでは思わなかった。
自分で確かに選んだという実感があったからだ。
女性も一瞬身動ぎして何も言わない。
だが、納得出来ないことが・・・おっと、まだこれが何であるか分からない。
ドッキリか、ミュージカルのオーディションか、まあミュージカルは無いが。
とにかく、納得できないすべての事を聞かなければ。
と思っていると、男性から種明かしが。
「求人広告は、条件を満たした人しか見えません。
条件とは、女神様から力を受け取ることが可能、かつ異世界へ行くことを受け入れられる可能性の高いお方です」
何やら不穏な単語が。
女神様、異世界。
「ですが、ここで最終的に決断いただく必要がありました。
それまではご体験の通りです」
物申させていただく事にする。
“異世界”は置いておこう。
「面接と偽って、催眠のような手段で私達はここへ誘導されたという事ですか?」
「はい」
しまった、質問が早すぎた。女神や異世界について聞かねば。
自分がおかしいもしくは夢を見ているのか、この男がおかしいのか、もしくはドッキリ(モニ○リング)か。
極々低確率だが、事実なのか。
「お二人には剣と魔法の世界に行っていただきます。
そのための募集でした。
私どもも、騙したりは嫌ですしそう思われてしまっては後悔が残りますから」
男の背後にキラキラと光の粒子が煌めく。
め、女神・・・様?
その顔は現実でないかの如く、究極の美と言えた。
単にバランスが取れているのはない。
“魅了”、その言葉の真の意味がわかった気がする。
女神様は簡素な木組みの・・・いや、結構豪華だが肘掛けもない椅子に座っていた。
必要な時まで喋ることは無い気がした。
さて、絞られてきた。
これは自分が妄想の世界にいるか、現実か、どちらかだ。
ふと、もうひとりの女性を見れば・・・涙を流し感動しているようだ。
恐らく、感覚的にこれが事実だと認めざるを得ないのだろう。
よくドッキリ番組で自販機がまるで人のようにしゃべるやつがある。
だまされるのは、小学生くらいの子供と女性。
男性は瞬間的にマイクとスピーカー、どこかでしゃべっている誰かという構造が目に浮かぶ。
自由にタイムラグ無しで正確なアクセントでしゃべる機械はまだ無いという事実も知っている。
一方女性は、決して劣っているわけではなく、感覚で判断する。
ある意味驚異的なカン、直感を発揮するのだ。
男性は論理的に直接判断できなければ認めない、つまり気づかぬことも多い。
閑話休題。
認めざるを得ないとはいえ、これは面接だ。
事実確認が必要だ。
待遇の確認が最重要事項だ。
まず、残業時間・・・じゃなくて、何を聞けばいいやら。
「色々説明お願いします。
具体的に何の仕事で、待遇はどうなのか。できれば全部。
その前にもう一度聞きます。
催眠で連れてくるというのはどうなのですか?
騙したことにはなりませんか?」
「求人を見たのでしたね。
私達は他にも様々な“メディア”に同様の仕掛けを致しました。
有効になった瞬間は感知しました。
その時に無理にでも連れて行くことも可能でした」
確かアレには・・・『死ぬほど楽しい職場』『完全歩合制』『隠された能力を引き出します』とかあったような。
確かに完全に騙してはいない気もするが・・・酷い。
「やっぱりおかしい気がしますけど。
決まってるのに面接、とか。
あ、そこだ。そこです」
「パターン破りですか?」
おお!初めて女性が喋った。つか、メタ発言っぽくないか?
やめてください。
面接官?の机には『部下』と書かれた札がいつのまにか出来ていた。
彼は以下部下だ。
部下は「うーん」と唸りつつ何かを思い出しているような表情。
「あなた方の現代における小説の世界の話ですね。」
更に僕を見て言う。
「あなたは論理的に納得されようとしているはずですが、ちょっと間違ってはいませんか?
いきなり異世界に送り出す、これは論外ですね。
私どもは、催眠状態とは言えご自分で決断していただけたものと思っています。
逆に言えば深層で求めていた意思を尊重できたとも言えませんか?」
確かに、意思確認は重要だ。
「更に、死後の転生などの召喚ですが・・・。
これひどいですね。
トラックが突っ込んでくるパターンが異常に多いですが、そんな事めったに無いですよ。
ぜったいわざとです。
スプラッターじゃないですか!
・・・まあ、お話の世界ですから我々とは関係ないです。
絶対無関係です」
なんか墓穴掘ってないか、部下の人。