ザンの見た夢
ザンは文字の練習をしていた。
毎夕食後はルナノが例の魔法使いの物語を音読してくれ、文字をなぞりながらそれを真似る。
少しややこしいのだ。
恐らく英語などのように、喋る順番と一致しない部分があるので、感覚を修正しながら言葉と文字を一致させてゆく。
女神様印の自動翻訳?の欠点のようだ。
その後はひとりで、ランプを灯しながら見本に書いてくれた単語と同じ文字を書いてゆく。
ひらがなで意味を書くこともある。
もうそろそろやめよう、と思いつつザンはノートの最後のページのメモを見る。
日本語が数行書いてある。
あれは何日前だったか、日付を書いておけば良かった。
まあ今さらそれはいい。
どうせこれは常に心しておく、時が来るまでは。
寝る前に、いつも必ず読み返す。
はっきりとした画像とともに記憶が蘇る。
~~~~~
頭の中の靄が、突然晴れた。
あの“面接”と同じだった。
自分で夢だと分かった。夢だが現実そのものだった。
現実だ。
ユウがいた。
若くて純真そうで可愛かった。中学生くらい。
だが女神様が遮るように現れた。
そして・・・・・
~~~~~
ザンは小さな声で囁くように読み上げる。
・もっと、もっと、強くなる事。
・いま会えば死ぬ。
・邪悪なものに気づかれるな。
・時を待て。
女神様の言葉だ。
これを読むと、部下が夢の最後に示した映像が蘇ってくる。
この世界がゲーム画面のように見えていた。
世界の外側の闇からぎょろりと2つの目が睨んでいる。
世界には沢山の人間がいるが、ユウと自分がどれかは分かった。
ユウのアイコンと自分のが重なり、光った。
見えないはずの目だけの顔がニヤリと笑い、黒いモヤが光へ向かう。
モヤは消え、恐ろしい残骸が見えたはずだが、そこだけは思い出せない。
ただ恐ろしかった、という言葉で表す事しか出来ない。
毎晩読むたびにこれらを思い出すのだが、鬱になるというよりも、胸の締め付けられるような決意を感じる。
自分の中に、他人のように、感じる。
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今日も森の、あるエリアへ向かう。
完全にオーク狙い。
エイプはうざいが、中央でルナノが小剣と魔法で仕留めつつ守り、影から飛びかかってくる新たな個体を教える。
イジワは最も多くの集団へ自ら走り込み、オーソドックスだが驚くべき剣速と自在な剣筋で瞬く間にエイプを減らす。
ザンは・・・もう既にエイプよりも速く跳び、大型ではないエイプは短剣一太刀で数匹が屠られてゆく。
傍から見れば一見、襲撃されたというより、まさにエイプを襲う冒険者に見えるだろう。
オークに対しては、1匹の場合普通に連携を行う。
剣士2人が両翼から足を、ルナノは魔法の準備で安全を確保しておくが、出来ればエイプに取っておく。
小さなエイプのほうが練習になる。
2匹以上出れば、ザンは1匹へ自由に攻撃する。
最近は、垂直に飛び上がり腕を切り落とし、目かコメカミを狙う。
後ろから首か頭を狙えば一撃だが、そううまくは行かず今の課題だ。
エイプは魔石のみ回収、オークは魔石と、肉を持てるだけ運ぶ。
毎日のようにオークを狩る3人は、既にCランク相当・・・
だが、時期的にEランクになっている。
進歩が早すぎるのだ。
レベルは中々上がらなくなった、“14”で止まっている。
「次はオーガ、かな。ポイズンスパイダーの解毒とか、考えておくべきことは多いが」
「解毒魔法も上がりつつあるけど、解毒剤要るかも」
「俺に、つきあわせてすみ、すまない」
“俺”ミッションは毎日一歩ずつ進んでいるのである。
知らんふりをしてくれていた2人も、最近は生温かい目で見てくれている気がする。あんまり変わらないか。
イジワに、一人称俺になった時の事を聞いた。
幼少の時から“俺”なんて言うはずがない。
きっかけがあったはず。
中等の学校に入ったとき、ほぼ全員が“俺”と言っていたのでそれに合わせて少し恥ずかしかったが言い始めたようだ。
家では使わなかったが、友人や遠慮のいらない他人に対しては普通に言えるようになっていたそうだ。
そういえば、ここのモンスターって単純な組み合わせの名前が多い。
覚えやすくていいか・・・。
「で、ユウさんの事で、絶対ギルドに捜索出したりしないで、って言われた時は驚いたけど。
夢の話だっけ」
「夢じゃない、とも言ってたな」
「うん…ああ、もっと強くならないと・・・」
夢の話は翌朝に大体話してある。夢じゃないけど、というよく分からない説明とともに。
そして、ギルドで冒険者や家族などの捜索が出来、ギルド員同士なら距離によって日数はかかるものの、ほばかならず所在が分かることを今日思い出したのだ。
きっぱりと2人には言っておいた。念の為だ。
もしかしたら、会いさえしなければ手紙のやり取りくらいは・・・と思ったが、あのよく覚えていない“恐怖の残骸”の、記憶とは言えないような記憶が強くそれを打ち消した。
“見せ”の武器は、既に両手剣に変えてある。
だが実際動きながらモンスターを攻撃するには短剣だ。
両手剣や大剣の類は、斬るというより、殴り・潰すという力任せの剣だ。
これを使う強者もいるそうだが、恐らく力が相当強かったり、気づかぬレベル上昇によって“名人級”の丈夫さを身につけているのだろう。
自分が…俺が使うには、剣先まで“纏える”ようになってからだろう。
実際には、短剣の長さ以上に切れるので、ルナノの持つ小剣程度には伸ばせるように早くなりたい。
翌日、オーガエリアに向けてすこしずつ分け入っていると空になにか飛んでいた。
「ドラゴンかな!?」
「いや、距離が近いにしては小さい。子供か」
森の深部ではなく、多少手前に向かっているようだ。
思わず言った。
「ちょっと見てくる。
エリア的には大丈夫と思うし、マズければ逃げてくるから!」
振り返らず最大速度近くで追った。
一旦どこかに降りたようで、チャンスと思い向かったがまた飛んできた方向に飛んでいった。
帰ると、2人が腕を組んで待っていた。
「敵の特徴くらいは把握して近づいたほうがいいぞ」
「今話してたけど、私達も知らないけどね」
聞くと、数年前くらいからドラゴンの出現は噂になっているらしい。
勿論2人共見るのは初めてで、今更、子ドラゴンだと知ったようだが。
ギルドで調べておこう。