ユウに語られた過去
それは、リリアのこれまでの一生をたどるストーリーだった。
とある、名も知れぬ村で生まれた普通の農家の子供、リア。
両親は常日頃から教会へと足繁く通った。
年老いた神父。
農作業の隙間時間を見つけては夫婦交代で通った。
実は両親だけなく、村人の多くが通っていた。
リアの両親が子供だった頃、若き神父がその村に来た。
子供に勉強を教え、治療所を作り、困り事には駆けつけた。
そもそも村人の寄付は多くはなかったはずだが、それ以上の援助を人々に行う彼は尊敬を集めた。
やがて子供らは大人になり、そうして年老いた神父の日々の生活を助け、その代りに慈しみの情に満ちた神の話を聞くのであった。
この世界の神は、キリストやブッダ(釈迦)のような人を崇めるものではなく、ひとつ(一柱)の存在を信じる。
現在は世界共通であり、別の古い宗教も点在するが特に問題はないようだ。
ただ、生贄を用いた儀式で人ならざる力を得ようとする悪魔崇拝は、忌避され問題視されてきた。
リアが15歳の成人を迎える直前頃、敬愛されたその神父は大往生を遂げた。
新しい神父が派遣されてきた。
アードス。にこやかで感じの良い若い神父。
子供の勉強会や治療所などは普通に継続されたように見えた。
だが、資金が無く困窮しているという。
神父については、普通の人物でありこんなものであろうと皆諦めた。
奇妙なのは、ぽつりぽつりと行方不明となる村人。
夜な夜な行われる“いわゆる悪魔教”の儀式の噂が囁かれるようになった。
ある日母が神父に呼び出され、幾日待っても帰らない。
懺悔の後、普通に帰っていったと言う。
やがて父も呼び出された。こっそり後をつけた。
すぐに父と彼らは教会から出て、今度は森へ向かう。
神父と他数人、父以外は真っ赤で頭の尖った衣装をつけていた。
建材用の石を切り出した跡地へ行くようで、リアは「危ないから」と注意されながらいつも登って遊んでいた岩山の上へ。
恐怖のあまり声も出なかった。
父はどうしてしまったのか全く抵抗もせず魔法陣のような図形の中央に横たわり、首を・・・・・・・。
赤い集団が跪き、中央で嬉しそうに頷くのは間違いなく神父アードス。
家に帰り、泣くよりも恐怖で震えながら遠くに逃げることを決めた。
その時何を考え、どうするつもりだったのかは覚えていないそうだ。
それから10数年魔法の修練を積み、それを補うどころかそれで名を上げる程の必殺の居合剣技で、ある冒険者パーティーの一員として名を挙げた。
新大教皇アードスの名を聞いた。
まさかとは思ったが、パーティーを抜け教会総本山の町ロワへ。
祭りや催しで顔を見れそうな機会に幾度も足を運んだ。
敬虔な信者としての謁見に行けたが、かなり遠くからであった。
が、多少老けていても間違いなくあの赤い衣装の人物であった。
あくまで単なるファン、を装って彼の経歴を調べた。
教皇として大教皇となるべく数人で競ったのは3年程。
それ以前の経歴が全く分からないという。
突然颯爽と現れ、不思議な魅力で教会でもトップに近い教皇に選抜された男。
酒場を中心に仲間になりそうな人物を探した。
ふとした調子に思わぬ愚痴の漏れる酒場は格好の情報収集の場所である。
剣技だけで単独雇われ冒険者を続けるウール。
彼女はアードスを信用出来ないと言い、周囲から諌められていた。
リアは場所を改め、ありのままを話した。
ウールも故郷で似た経験、というより割と身近でアードスと消えた人物との関わりを知っていて相当怪しんだらしい。
そして、それを周囲の者に言った結果、不穏なことを言う者として迫害を受けた。
その後無事に生きているのは元々剣でかなりの技量があったからかもしれない。
彼女は“いわゆる悪魔教”を憎み、潰すことを目的とする組織にすでにあった。
“アンテ”という組織。
ただし、その全体像は分からず、ここロワでのメンバーはウールとアリアのみ。
アリアは野生児、と言うか魔法専門であるが自己流で中級魔法をほぼ極めたツワモノ。
更には秘術を用いた“審問術”を身に着けていた。
ただし、彼女はもう本格的には活動せずバックアップに回り緊急時のアジトを任される身。
リアはその体験から、新たにロワでのリーダーを一任された。
襲撃はリアの一存で決定された。
兎にも角にも、アードスがリアの両親の仇であることはほぼ間違いない。
大それたことに、大教皇の暗殺である。
リアとウールは謁見に。
勿論武器は一時没収され、大勢で広間の中央辺りからの謁見である。
リアは狂信的な女性を装い「大教皇さまー!」と行けるところまで駆け寄る。
“自分の間”に入るや収納魔法で剣を取り出し瞬速の居合剣を放…
「障壁魔法!?」
わざと大声でウールや他の謁見者に聞こえるよう叫ぶ。
リアの剣は障壁に阻まれるようにビクとも動かない。
腕も体も。
大教皇アードスはいかにも専用の大杖で武器を防いだだふりで動いていた。
ウールが今から動いても障壁があるのなら無駄だ。
護衛の神聖騎士に切りつけられる動けぬリア、体はもう固定されてはいないが既に深い傷を負っていた。
「待ちなさい、絶対に殺してはなりません。
手厚く治療し、ゆっくりと何があったのか話してお上げなさい。
誰にも過ちというのはあるものです」
大教皇の言葉に、教会の者数人がかりでゆっくりと運ばれるリア。
リアのかすかではあるが間違いない記憶では、丁寧に病院に運ばれるなどとんでもなく、馬車で山の方へ運ばれ、夜闇の中どこかでぶらんぶらんと数度勢いをつけ放り投げられた。
そして、大教皇暗殺未遂のニュースはまたたく間に広がり、翌日には犯人が病院から脱走したと伝えられた。
このことと事実との相違はリアからウールへ、山の家でアリアへと伝えられた。
大教皇アードスが“悪魔教”のどんな地位にあるかは分からないが、とんでもない人物であり、教会もそれに加担しているか操られているのは確定した。
そして、それを救ってしまったのがユウであった。
リアが死んだことは彼らにとって確定だろう。
もしかして死体を確認、獣に食われたにしては血や痕跡もなく消えたことを不審に思っている可能性もあるが、そこまで深読みしても仕方ない。
一度、報告と無事を知らせるために、定期連絡場所に顔を隠したまま、だが元気に現れたリアにウールは驚いた。
傍から見れば、ウールと『何者か』は山へ向かい、一人で戻った。
彼女は心配ではあるが、実力もあり、いざとなれば“アンテ”を頼るだろう。
ユウの存在は恐らく敵には知られてはいない。
だが、ロワに戻った時点で、よもやではあるがリリア(リア)の生存が疑われる可能性があるし、彼らの関係も疑われるだろう。
一度山に戻った事も、結界があるとはいっても禍々しい力を使う“悪魔教”、あの家が見つかるのも時間の問題かもしれず、アリアを残す訳にはいかない。
いずれにしてもロワで活動を続けることは不可能。
移動し、身を隠して、自分はゼロから再出発するしか無い、とリリアは断定した。
山の家からロワの町へは一本道、ロワに着かなければ普通は別の町に行くことは出来ない。
最善策として、森を超えてどこかの予測できない地方・町へ行ける。
アリアのことが知られていなければ人数は1人のはずが2人に。
ユウを合わせて人数は3人に増える。
ユウを守りながら、この場を切り抜ける最良のはずだ、とリリアは言った。
そして最後に加えた。
「もし必要なら、どこかに着いたらその場で別れましょう。
無関係になってザンさんを探しなさい」