アードス(2)
トマソの剣は、ブーメランというよりゴムで引っ張られたように茶さんへ向かう。
茶さんは空中に剣を一閃、向き直り飛んできた剣を軽くはたき落とす。
跳ぶ剣は落ちたまま動かない。
トマソは両腕を突き出し何かしようとしているが、そのたび茶さんが剣を一閃。
「ただのヒモじゃないな。“天賦の才”による操作か」
茶さんだけに見える何かを斬っているようだ。
相手が悪かったようだ。
もちろん、他のメンバーでも充分対応できたが。
やがて、トマソの目前に高速で移動した茶さんが数カ所を突く。
傍目には不思議だが、一時的に動け無くなる急所のみを突いた攻撃だ。
致命傷には絶対ならないが、治療は必要だろう。
イジワはアーシュの『壁』の目前にいた。
構え、止まったように見えたが腕だけが消えたように見えた。
見えない速度で剣を振っただけだが。
両腕両足を動けない程度に斬られ、アーシュがバタリと倒れる。
圧倒的な力の差に、倒れた2人は捨て台詞さえ吐けなかった。
3人の剣士以外の全員がユウの魔法陣に守られていた。
アードスと向かい合うザンだけでなく、全員が待っていた。
アードス自身が“悪魔教”として自ら正体を示すのを。
「呪法は完成した!
馬鹿共め、呪いの儀式の集大成を味わうがいい!」
アードスが膨れ上がった。
服が破れ、一瞬裸に見えたが、紫がかった黒に変色し巨体になっていく。
元の姿を醜くしたような、半分魔物の5メートルほどの巨体。
教会の天井が高くてぶつからずに済んだようだ。
下半身には人間に割と近いアレがブラブラしている。
こいつは人間であることを捨てたようだ。
信者達から悲鳴が聞こえ、失禁するものもいた。
だが魔法陣であっという間に清浄され、精神の安定まで取り戻す。
「ああ、なんということだ・・・」
枢機卿や司教達の動揺も半端ではなかっただろう。
罪の意識に苛まれて壊れかけていた彼らの心も癒やされていく。
「この中にいれば呪いも届きません。
ザンユウと私の一番大切な仲間が守ってくれます、安心してください」
ユウの言葉が全員に更なる安心をもたらす。
既に裏切り者2人は腕を縛られ魔法陣内に引きずられて来ていた。
まだ人間を捨てていないからか、普通に治癒されていく。
恐らく悪魔教で得た力も解呪で失われるだろう、記憶を残したまま。
アリアが念の為に体を縛るが、下半身など特殊な縛り方をしようとしてリリアから怒られている。
元アードスの魔物は元々持っていた大きな杖を武器にしている。
呪いを飛ばした後杖を振ってくる。
ザンは飛びはせず、単純に呪法陣を斬って避ける。
既に剣は実体化させている。
見た目は金属の剣だ。
こいつは何年も生贄の儀式を繰り返したが、全て己の欲望の為だった。
解析するまでもなく見ただけで分かった、ザコだ。
ただし、魔物化することで恐ろしいほどの肉体に変化している。
もう大教皇だと遠慮する必要もない、完璧に魔物、化け物だ。
ザンは普通に走り、跳ね、斬りつける。
跳ねて後の動きは物理法則を無視しているが、速すぎて普通の者には捉えられない。
属性を変えて実験する。
どの属性でもゲージは右いっぱいまで振り切っている。
全属性を合わせ白金色にすると・・・。
3つ目のゲージがあるがやはり振り切っている。
悪魔教の力に対抗する斬りだが、こいつがザコ過ぎるのだ。
ザンがこちらを見て教会の者たちに言う。
「元大教皇だが、倒しても構わないか?」
見ている方は気が気でないが、戦闘中のザンには方向は関係ない。
司教達が祈るようにユウに何か言っている。
聞こえたが、言質を取るため改めてユウから告げられるのを待つ。
斬りつつ避けながら。
「成敗をとの事です、ザン」
ザンという名前を聞いて多くの者が思い出す。
魔物暴走を止め、正体不明の魔物を倒したパーティーのエース。
そして、“ザンユウ”という名前の、謎のパーティーを作った。
ザンとユウという2人。
このふたりの戦いを同時に目にしている。
自分は歴史に立ち会った、という勝手な思いに感動する目撃者もいた。
いつのまにか『元大教皇』の魔物の首が消えていた。
5メートルの巨体はドスン、と結構大きな音とともに倒れた。
脂肪の詰まった体が魔物化する事で筋肉に変わったのか。
ザン達はその程度のつまらないことを考えた。
前のように再生でもされれば面倒だが。
終わったようだ。
ウールとバモの愛の巣?に全員がいた。
帰りもいつものように身を隠しての転移だ。
ユウは世界に散らばったアードスの呪われ人を解呪している。
人が相手なので、怖がらせないように一瞬で解呪する。
その程度に弱い呪いだ。
手配の冒険者2名は教会騎士団を通じて衛兵を呼び出し引き渡された。
ユウが完全解呪したので、既に悪魔教での記憶を持つだけの冒険者だ。
改心はしていないかもしれないが・・・。
表向きは衛兵への引き渡しだが、それでは心もとない。
ギルドとアンテで処理されるはずだ。
「今回はウインドの一人舞台だったようなきがするのです」
一人舞台というか、舞台を全てセッティングしアードスを見事潰した。
しかし、これは対“悪魔教”の枝葉に過ぎない。
ウインドが自分の魂と引き換えに女神様との約束を果たそうとしている。
そんな予感にザンはとらわれ、否定した。
答えは帰ってこなかった。