ザン、オークを狩る
今回は少しですが、残酷な描写があります。
ご注意ください。
宿の名前は“湯の宿”。
さっき初めて知った。
一番最初はあのオーク事件の後で、仲間2人について行ってそのままだったし、場所はギルドに近いので知る必要もなかった。
看板の字も読めないし。
この世界初日に風呂に入れたから分からなかったが、やはり風呂付きというのは希少らしい。
希少なのだが、こういう冒険者向けの町とか、地方の要所要所に各一軒はある。
話では、十数年前この町をある集団が訪れた。
食事が一番美味かったのがここだそうで、風呂を作らないかという話をしてきた。
当時の宿の主人は『温泉』は知っていた。
準常連の高ランク冒険者が火山の麓の町、ボルケの温泉の話を自慢げにいつも語るのだ。
「ここに温泉がありゃ最高なんだが」
実は宿の組合でこの集団“風呂のプロ”の噂は通っていた。
結構有名になってからも、完全料金後払いの上、ボイラーや清掃、簡単な修理までメンテナンス方法のレクチャー付きであった。
話だけなら詐欺も疑うが、各地を巡回して設置した実績があり、組合では訪問を望む声が大きいという。
食事で設置を決めるのは、おかしな宿だとせっかく作っても潰れたり、無駄になってしまうからだ。
主人は温泉に憧れていたが、掘ったこともなく出るかどうかも分からない。
もし温泉が湧けば、管の詰まりさえメンテできれば引くことも可能だという。
ということでここに風呂ができた。
それまでの名前を分かりやすすぎる“湯の宿”に変えた。
石鹸は宿で売っている泥だ。
これが結構使い心地がいい。
その泥の種類や、詰まり汚れが起きないよう細かな粒子にする方法も初期セットだったそう。
今日の風呂は静かだ。
イジワもボア連続運搬で疲れたのか喋らない。
沈んではいないので大丈夫。
耳を澄ませば・・・やはり静かだ。
多少女性客もいるのでキャピキャピ聞こえないかと期待したが。
風呂のプロ、いい仕事してますね・・・。
風呂上がりは恒例の反省会。
「普通の人なら大怪我よね」
「斬って完全に避けたと思ったら、微妙に方向修正してたんです」
最初のボアの話だ。
「あのくらい・・・まあいい。
怪我しにくいからって気を抜くなよ」
2人は山育ちらしい。
結構いいとこの坊っちゃん嬢ちゃんが家から飛び出してきたのかと思ってたけど。
だからといって、別に子供の頃からイノシシと戯れていたわけじゃないだろう。
自然で遊ばぬゲーム世代の僕がニブいだけか。
「ボアは魔法で怯まない、というよりまっすぐ進むしかしないのよね。
ファイヤーボールが当たれば毛皮がダメになるし。
危険なら使うけどね。
アロー系の魔法で射抜ければいいけどちょっと無理」
他は2人ともうまく躱しながらほぼ一撃で首や頭を仕留めたので特にはなし。
問題はこれから出るワイルドベアやワイルドバイパーなどと、メインはオーク対策だ。
ワイルドベア以降の敵は、恐らく毛皮がどうのとは言っていられないようだ。
だが、僕の斬撃なら足を切り落として止められ、首などの急所を狙うのが良いだろう。
イジワもそれを狙う。
ダメならファイアーボールで目を潰すという段取りだ。
実際は魔法が逸れても、バランスを崩させたり脅かしたり牽制するのも大きな役割だ。
あとは、誰がどう動いたらこう動く、みたいな最良のパターンをばらばらに挙げていったがそんなのは覚えられるわけがない。
必要なのは行動方針や基礎的な連携な気がする。
兎に角、今まで戦った事のない魔物や獣と戦うのだ。
普通のパーティーなら無謀である。
僕が“超近接の強力な斬撃”と丈夫さという半端な強さを持ち、後の2人は普通だがギルド内では随一の成長、というおかしな組合わせ。
特に、僕自身が短剣斬撃に比べ相当劣った(丈夫さ除く)技量に、苛立ちと焦りを感じていることを2人が察してのことだ。
技量を上げるなら組手や型の練習が良いようにも思うが、魔物討伐での“恩恵”による総合力向上(実はレベル)が必要との判断だ。
僕がそぶりを見せていたせいかもしれないが、2人共危険が分かっていながら強くこの計画を進めているのだ。
本当にいい人達だ。
全力で守らねば。
翌日は更に森の奥に入りエリアが変わったのか、いきなりワイルドベア出現。
立ち上がって威嚇してくるが、4メーターはあった。
一旦イジワと左右に展開。
「ファイヤーボール!」
ルナノはまだ結構離れているが、火球が飛びベアの頭部の右側を掠めた。
いや、爆発が起きたので当たったらしい。
同じ側からイジワが接近、足を狙い剣を振るが、危ない!
ベアのターゲットが向き、凶暴な爪が。
直前辛うじて僕が左足を切り落と・・・太くて切断は出来なかったが、悲鳴っぽい高音の唸り声とともに倒れてきた。
なんとか避けて首の辺りめがけて斬る、斬る、斬る。
もう動かなかった。
首というより頭がズタズタな肉片になっていた。
確実に急所のみ斬れれば一発、かもしれないが加減や場所が分からない。
あ、延髄斬りとかあるけど、本当にダメージを受けたら即死とは聞いたことがある。
後頭部から届けばだが。
後は首の動脈とか。
こっちは確実だが即死ではないのでは。
とにかく、後頭部を刺す、斬る。
物騒だが、命を守るため・・・いや、よく考えれば勝手に森に入って勝手に狩ってるのは僕たちの方なんだよなー。
「ちょっとボケッとしてどうしたの。
皮を剥いで、肉と売れる部分も分けるよ。練習練習」
「はーい」
ふー、また往復か・・・。
しゃがんで手伝おうとすると「オーク2匹!」イジワが叫んだ。
またいきなりに、連続とは。
ファイアーボールの音につられて来たのか。
それより、どうするか。
アホなことに、二匹は想定していなかった。
オークと聞いた瞬間思い浮かんだのは僕・イジワ・ルナノの順のフォーメーションだが、二匹?
「予定通りで!後ろのは俺がなんとか止める!
魔法は必要な時に!」
ファイアーボールは一日せいぜい5発で限界。
ヒールの魔力も要温存。
実は火球で先制するつもりだったが、ルナノは下がって構える。
ルナノも僕も意味を理解して動いている。
流石イジワ。
僕は短剣でなく片手剣を抜いた。
ダッシュし、投げつける。
今思いついた。
ほんの少し先行して来るオークは傷など気にするでもなく、剣を腕で払う。
反撃覚悟で飛び込み、片足スネを完璧に切断。
倒れるどうかのうちにもう片足も。
放置してもう一匹へ、仕方ない。
既に僕を追い抜きイジワに大きく腕をふるうオーク、イジワはなんとか避けるが剣は振れない。
ドン!
ルナノお見事。
火球で頭の焼け焦げたオークの足を側面から向かった僕が斬る。
横向きに倒れた所にイジワの剣撃、腕でかばうオーク。
僕が背後へ回り込み、後頭部へ思い切り一突き、沈黙。
脳内の文字が“9”に変わった。
さっきのやつは、と見ると・・・。
這って迫るでもなく、ひっくり返って足をおさえて叫んでいた。
駆け寄り、振り払う腕を斬る。
もう一本も斬る。
自分の冷酷・冷静さ。
そして、さっきまで凶暴であんなに恐れていた相手がこんなにも弱々しいという落差に驚く。
仰向けになった頭に短剣を突く。
もう一度必要だった。
数字が“10”に・・・そして対角の右下に【足】と。
説明文も何もないが、【丈夫な体】の上位なのだと分かった。
もしかと思って思い切り前へジャンプしてみた。
ポーンと弾かれたように高さ・距離共に最長不倒距離達成!
違った。最長倒れまくり。
数メーター飛んで、ゴロゴロと転がった。
やった! 吹っ飛んだだけだが。
「何だ!?」
イジワとルナノは臨戦態勢に戻り構えていた。
「ごめん、レ…げふん、いきなり足に力が湧いてきて、試したらぶっ飛んだ」
レベルの事は絶対言えないが、これから話せるだけは話しておかないと。
この2人にだけは。