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あっけなく目的地の見晴村までついたヒロシとタケシはその田舎っぷりに圧巻されていた。
コンビニが無い。
自給自足と言うのか、必ず民家の周りには田畑があった。
鶏の声も聞こえた。
「GPS的にもここであってるんすけどね…」
ヒロシはケータイを見て確認した。
「ねぇヒロシ君、ここで半年、180万?稼いだら、何に使う?」
「…パチンコっすね」
「俺は競馬!」
働く理由が不純な2人だった。
「焼肉食いたいっす」
「玉ねぎいっぱい食べたい!そう考えると、ワクワクしてくるね!」
2人は〝卯葉〟という建物を探した。
「航空写真的にはだいぶ山の中っすね…」
「だるいけど着いたらご飯とかあるかな」
「住み込みだからあるんじゃないか?まぁ、行こう」
軽い登山。舗装はされていないが土がしっかり踏み固められていて道にはなっている。
「あ、あれ」
木々の隙間から黄色い建物の一部が遠くに見えた。
「あ、圏外」
ヒロシはケータイを閉じた。
タケシが見つけた黄色い建物の目指して歩くのみだった。
途中、地蔵が並んでいた。
たくさんの地蔵が道なりに並んでいる。
手入れされていないのか、苔が生えたり一部かけたりしているものもある。
目の前のたくさんの地蔵に圧巻されタケシとヒロシは足を止めた。
「何体あるんすかね…」
「怖いくらいあるね」
「全部で88体」
タケシとヒロシの横に、いつのまにか小さなお婆さんが立っていて、地蔵の数を言った。
ヒロシはびっくりしてその場に尻餅をついた。
小さなお婆さんは、2人の方を見てニヤっと笑った。
その歯は、真っ黒だった。お歯黒だ。
真っ白な髪に、真っ黒な歯。
その色のコントラストに2人は鳥肌を立てた。
「ワシは帰るけぇ」
そういうと小さなお婆さんはヨタヨタと山道を登っていった。
こういう時、普通ならお婆さんを労わるところなのだろうけど、今まで移動してきた疲れと、地蔵の圧力と、お婆さんの不気味さに2人は声が出せなかった。
お婆さんが土を踏む音が消えた頃ヒロシが
「帰るって、老人ホーム卯葉に帰るって事っすかね?」
「そ、そうじゃないかな…」
日は傾き、うかうかしてたら暗くなる。暗い山道は危ないし怖いので、2人は歩くスピードを上げて老人ホーム卯葉に向かった。
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建物は想像していたよりも立派で、綺麗だった。
正面玄関があって、その両端が部屋になっているのだろうか?
左右対象の作りだった。
正面玄関のガラス戸を開け、2人は受付と思われるカウンターに行った。
2人が声をかける前に、40代くらいの女性スタッフと思われる人物が2人に気付き、にこやかに駆け寄ってきた。
「あなた達がお手伝いさんね?」
「まぁ、求人見て仕事しにきました」
「じゃあ早速だけど、あなた達にやってほしい事を説明するわ。まずは共用部分の掃除。利用者さんとのコミュニケーションもよろしくね。あとは畑仕事。そんなに広いわけじゃないけど、適任なのはあなた達だと思うから手伝ってもらうわ。あとは…スタッフに声を掛けられたら対応してちょうだい。あ、夕食は、利用者さんと一緒のものになるけれど、三階の307と306が空室だから、そこで食べても良いわよ。そのふた部屋でしばらく過ごしてもらうことになるわ。二階に厨房があって、朝昼夕のタイミングなら調理担当の者がいるからまかないとかもらえるかもね。あぁ、あと、厨房の奥にある扉には近付いちゃだめよ。」
首からスタッフ証を下げた女性はここまで言って、自分の名前が記入されてるスタッフ証をつまみながら
「私は高橋。よろしくね。」
と言った。
「あの、なんで、厨房の奥に入ったら行けないんですか?」
人見知りのタケシは高橋というスタッフにおずおずと尋ねた。
「奥にはね、冷凍室があるの。間違って閉じ込められたら大変だから、絶対に近付いちゃだめよ。」
「わかり…ました」
行ってはいけないと言われると、行ってみたくなる。普通のことだが、タケシは今、猛烈に厨房の奥に行きたいと思った。
高橋は一度カウンター奥のスタッフルームに引っ込んだが、すぐに掃除用具を手に持って戻ってきた。
「二階に厨房と、食事スペースがあるから、食事スペース…テーブルとか、床を綺麗にしてきてくれる?」
はい、と言う前に高橋は2人にモップと雑巾を握らせていた。
言われた通り二階に行こうとした時
「あ!エレベーターは使わないでね!車椅子の人や足腰の悪い人優先だから」
と釘をさされ、2人は階段を上った。
階段を上るとすぐに大きなテーブルと無数の椅子が置かれているフロアに出た。
「まぁ、やるしかないか」
掃除についての細かい指示はなかったため、2人はなんとなくでこなした。
こんなもんでいいだろう、と思ったころ、テーブルに人が集まり出した。
「ありやぁ、お兄ちゃん新人さんかい?」
優しい顔をした老夫婦が話しかけてきた。
「はい、今日からです」
「そうかいそうかい。このの仕事は若者にとって厳しいかもしらんねぇ」
「どうしてですか?」
「来る人来る人、すぐ辞めてしまうんだよ。前の人は2ヶ月くらいだったかねぇ」
「えっ、俺たち、お手伝いさんって呼ばれてるレベルだから本当に手伝い程度の業務かと思って楽なのかと思ってるんですが」
「うーん、確かにねぇ、スタッフ同士も仲が良さそうだし、私たちが若いのをいじめるのもないからね、ここが田舎すぎて退屈で、辞めてしまうのかねぇ…」
老夫婦と会話していると、白いビニールの帽子を被った食事担当スタッフ達が厨房から出てきて、テーブルの上に夕飯を並べ始めた。
ビニールの帽子に、マスク姿のスタッフが1人、ヒロシとタケシに寄ってきて
「あなたたちも、好きなとこで食べていいのよ。トレーごと持って部屋に行ってもいいし、みんなでここで食べてもいいし」
と、促してくれた。
2人はトレーを持って、306号室に向かった。
「タケシさん、306と305、どっちがいいっすか?」
「じゃぁ…305にしようかな」
「んじゃ俺向かいの306で」
高橋というスタッフから、掃除用具とともに渡された鍵は、普通の家の鍵と相違なかった。
部屋に入ると、小さな冷蔵庫と、押入れ、ベッドに寝具、低いテーブルと、木の座椅子。
よくある旅館の内装の、和と洋がぐちゃぐちゃした感じだった。
ベッドと座椅子の相性は悪いように見えたが、広さ的にも1人で住むには申し分ないとは思った。
テレビは、なぜかブラウン管テレビだった。
映るのか?と不審に思いヒロシはテーブルの上のリモコンを手に取り電源ボタンを押した。
映った。
しかし、3チャンネルしか入らないようだった。
ヒロシは食事をしながらテレビを見ていたが、1つは永遠にドラマの再放送、1つは前のオリンピック、もう一つはドル箱なんちゃらとかいう深夜にやってるパチンコの機種を紹介する内容だった。
自分のテレビだけハズレなのかもと思ったヒロシは食事を終えた後、向かいの部屋のタケシの元に行った。
ノックをすると いーよー と返ってきたのでヒロシはタケシの部屋に入った。
内装は、同じだった。
が、タケシの部屋のテレビは、子供番組を写している。
「タケシさん、テレビちゃんと映ってるんすか?」
「うーん、なんか3チャンネルしか入らないんだよね」
そう言いながらタケシはリモコンのボタンを押し、他の二番組も見せてくれた。
一つはドラマで、もう一つは前のオリンピックの映像だった。
「…ここ、電波ないんすかね?」
「うーん、そうかもしれないねぇ。だってこの子供番組だって、俺が小さいから見てたのと同じだもんヒロシ君、これ、見覚えない?懐かしいよね」
タケシがブラウン管テレビを指差していった。
そこには、懐かしい赤い着ぐるみのキャラクターが写っていた。
「じゃあ全部、ここのテレビは録画を流してるのか?」
「僕たちの部屋だけかもしれないけどね」
「後で誰かに聞いてみようか」
こんな田舎で、老人の世話をしつつ、娯楽施設が無く、テレビまでリアルタイムなものを見れないというならば、つまらなくてすぐ辞めてしまう人がいるのかもしれないとヒロシは思った。