老人ホームの闇
ヒロシとタケシはルームシェアしている。
彼らの出会いは競馬場だった。
毎日見る顔だから、どちらかから声をかけたのか、気付けば毎日並んで馬券を握りしめ共に声を張り上げていた。
ヒロシは1Rの家賃を大抵ギャンブルで稼いだ金でギリギリで支払っていたが、ガス水道電気、ライフラインはよく止まった。
タケシはタケシでトイレ風呂共用の大谷荘という隙間風の吹く木造に住んでいた。
ヒロシの家に、タケシが転がり込み、2人でギャンブルをやれば良い生活が送れる、そんな気がしたので結果、ルームシェアすることになった。
それでもライフラインは止まるし、家賃の催促も止まらなかった。
2人で賭ければ2倍勝つというのは安易な考えで、根本的解決にはなっていない。
途方に暮れ、2人は同じ天井を見上げため息ばかりついていた。
本日の2人の有り金は合わせて506円。
暗くなる前におにぎりだけでもいいからと、タケシはそれを持って買い物に行った。
その間ヒロシは、どうやったら楽に金が手に入るのか考えていた。
重労働はしたくない。パソコンのスキルもなければ、何の免許も資格も持っていない。
やはりたまにはバイトくらいしないとやっていけないのか?と思うと、またため息をついていた。
タケシが帰宅すると、少し早い夕食がテーブルに並べられた。
「なにそれ」
ヒロシは、タケシがコンビニの袋とは別に持って来たものを指差して言った。
「フリーペーパーかなんか。コンビニに置いてあったから持って来た」
そう言うとタケシは薄っぺらい冊子を広げヒロシに見せた。
「俺たち、バイトとかしないとまずくない?」
タケシは不安そうにヒロシを見つめ言った。
「そうなんだよな。」
ヒロシは現実と向き合い、それを肯定した。
適当にページをめくっていたタケシの指が止まった。
「ヒロシ君、これ、凄い日給だよ」
タケシがそのページを開きヒロシに見せた。
「日給1万!?!?」
ヒロシは驚き、詳細を見るためタケシから薄い冊子を奪い取った。
そこにはこう書かれていた。
【住み込みのお仕事です。40歳以下で健康に問題がない方ならどなたでも募集してます。日当1万、夜間手当+2千円
お気軽にお電話くださいTel15○○18○○○
住所 N県見晴村
有料介護付き老人ホーム 卯葉】
「行くしかないな」
ヒロシは早速十円玉を握りしめ、公衆電話へと向かった。
プルルルルルルルル
プルルルルルルルル
「はい、こちら有料介護付き老人ホーム卯葉でございます」
若い女性が出た。
「えーっと、あのー、求人募集を見たんですけど…」
「あっ、少々お待ちください。担当の者に変わります」
ヒロシは単音エリーゼのためにを数回聞かされた。
その間にも貴重な10円玉は減っていく。
「もぉし、もぉし?」
老婆の聞き取りづらい声が聞こえてきた。
「求人募集を見たのですが」
ヒロシは滑舌良く喋ることに気をつけた。
「きゅーじん?」
「えーと、お仕事。住み込みで働けるって」
「あぁーはいはいはいーお手伝いさんね」
「あ、はい」
「住所書いてあったでしょ。そこに、おいで。」
「えっ、面接とかは…」
「兄さん、まだ若いでしょ、若ければ、いいの」
「実はもう1人一緒に行きたい人がいて、その人は自分より5歳年上なんですが大丈夫なんですか?」
「えぇよぉ。できるだけ早くきんしゃい。」
ツーッツーッツーッツーッ
電話は向こうから切られた。
あっけないないなぁと思いながらも歓迎されているようなのでまぁ成功か、と思いヒロシは家で待つタケシへことの報告をするため小走りで帰った。
「N県見晴村…?」
タケシは困った顔をしてそう言った。
「とりあえず、電車賃が必要だね」
「そうっすよね…」
電車賃と、ケータイが必要だな、とヒロシは思った。
ケータイはお互い料金未払いで止まっている。
ケータイさえあればマップで見晴村まで行けると思った。
「仕方ない…日雇い行くか。」
「…うん」
2人の意見が一致したので、今度は明日からでも出れる日雇いの求人を探した。
探すまでもなかった。
有料介護付き老人ホーム卯葉の欄の真下に
【急募!どかた募集!毎朝先着20名】
という見出しがあった。
「デキレかよ…」
「ラッキーだね」
とりあえず2人は明日の朝、土木系の現場に行くことにした。
--------------------------------------------
はい、お給料 といって渡されたのは5千円札1枚。
2人で1万円。
「ちょっと足りないよな…」
結局3日間働いて、2人で3万円稼ぐことができた。
「もう嫌だ。こんな仕事したくない。体が痛い。」
タケシは痺れを切らしていた。
「でもこれじゃ、ケータイ料金払ったらそれで終わりになっちゃうよ」
「カーチェイスじゃなくてなんだっけ、なんかたまたま通った車拾うやつ。あれ続けてたら行けるんじゃないかな」
「あー、なんだっけな、ヒッチコック?」
「なんかそんな感じ。人にお願いし続けたら行けるって!」
タケシはヒッチハイクでN県見晴村まで行く気でいるようだ。
たしかに、早く行きたい。
住み込みで日当1万。
「…仕方ない。とりあえずこのお金でケータイを使えるようにする。」
2人は適当に着替えを用意し、その日は就寝した。
翌朝ヒロシはケータイ代を払って、タケシとともに見晴村目指して出発した。
--------------------------
「とりあえず駅まで来てみたけど」
この街はそれほど都会ではないので車通りはそこそこある。
「これ使おうよヒロシ君」
そう言うとタケシは自作のダンボールで作った【N県までお願いします】と書かれた看板を掲げた。
少し恥ずかしいけど、仕方がない。
男2人、リュックを背負い、車道に向けて看板を掲げた。
「なかなか止まんないっすね…」
30分経過。
「もうさ、またお金ちゃんと作ってから」
「あ!止まってくれそう!」
ヒロシが諦めかけた時、トラックが一台止まった。
トラックの運転手は路肩に止まりハザードをあげると、窓を開けて声をかけてくれた。
「あんたら、N県まで行きたいのかい」
50歳くらいの、陽気なおじさんだった。頭髪は一本も生えていたない。
「そうです。乗せてってくれますか?」
「N県までは入らないけどその方向までは行くところだから、途中まででいいたら乗ってきな。あー、2人かぁ。今荷物下ろしてきたから、後ろガラガラでね。ケツ痛くなるかも知んねーけど運んでやることはできるよ」
2人はお言葉に甘えてトラックの後ろを開けてもらい、中に入り扉を閉めた。
運転席と隔離されているので、禿げたおじさんに話しかけることはできなかった。
中に懐中電灯があったので、それを照明とした。
「人身売買だったらどうしよう」
タケシが不安げに言った。懐中電灯のみで見えるタケシの顔はこの世のものとは思えないほど血色が悪く、ヒロシは1人鳥肌を立てた。
N県までおよそ2時間。2人はヒロシのケータイを時々見て時間を確認した。
「座布団が欲しい」
タケシがそう漏らした。
「タダで乗せてもらってるんだ。我慢しよう」
窓もないトラックの荷台。普通のドライブとは違い外の景色を楽しめない。
2人にとってそれは長い長い旅に感じられた。
--------------------------------------------
トラックが止まるたびに着いたか?と期待したが、赤信号で止まっていただけだった。
何度目かトラックが止まった時、エンジンが切られ、運転席から禿げたおじさんが降り、トラックの荷台を開けてくれた。
久しぶりの太陽の光にヒロシとタケシは眩しくて目を閉じた。
「おつかれーい、ここはお前さん達の目的のN県に続く道だよ。まーっすぐいきゃあN県に入る。俺はあそこを右に曲がってS県に入る。だから俺がお前さん達にしてやれることはここまでだ」
ありがとうございます、と2人はおじさんに頭を下げた。
「ところで…なんでN県なんかに?」
「仕事っす」
「はぁ、交通費も出してくれない会社なのかい?」
「まぁ、短期のバイトなんで」
「へぇ、N県なんかにそんな良い仕事あんのかい」
ヒロシが頷くと、
「N県の…なんていったかな、村があるんだけどよ、あそこには気をつけろよー。良い噂聞かないから。ま、村なんかに良い仕事なんてないだろうからお前さん達には関係ねぇな。んじゃ、頑張れよ」
そういうとおじさんはトラックの運転席に戻り去っていった。
「なんかちょっと不気味だな」
タケシはまた手作りの段ボールを車線に向け掲げながらいった。
「まぁN県自体そんな栄えてないし観光スポットでもないから、いろんなイメージつけやすいんだよきっと。」
トラックから降りて20分。車が止まってくれた。
軽で、サビが目立つ赤い小汚い車だった。
2人は小さくガッツポーズをし後部座席に乗せてもらった。
「見晴村なら私の住んでる村の隣さ。兄ちゃん達、運がいいねぇ」
60歳くらいのおばちゃんがニコニコしながら対応してくれた。
「山に入ると道が悪いから小一時間かかると思うけどね」
「ありがとうございます!」
「いーやいいのよ!あの辺爺婆ばかりで活気がないから、お兄ちゃんたち来たらみんな喜ぶわよー…て、見晴村なんてお兄ちゃんたち何しに行くの?肝試し?」
「いえっ、仕事で」
「へぇ…こんな山に仕事なんかあるのねぇ…ないから人口減ったんだけど…」
おばちゃんは不思議そうにしながらもボロボロの軽で斜面を登り始めた。
--------------------------------------------
畑が見えてきて、何軒か民家が見えた。
「私はここで畑やってるの。見晴村までだとちょっと…私より詳しい人がいるから、その人にお願いしてくるから。」
ちょっと待っててね と言うと陽気なおばちゃんは一軒の民家に入っていった。
「なんか、みんな親切だね」
「田舎だからじゃないっすかね」
「本当にヒッチコックで見晴村まで行けるなんてラッキーだよね」
「あぁ、流石に1日で行けるとはおもってなかった。」
15分ほどして、陽気なおばちゃんが、かなり高齢と思われる女性を連れてきた。
「おまたせ。こちら、山西さん。昔見晴村に住んでたの。この人がいれば確実に目的地まで行けるわよ」
白髪で、孫もいるであろうとしの山西さんというお婆さんは、何も言わず車の運転席に乗り込んだ。
「えっ、山西さんが運転するんですか!?」
「年寄りをなめるな」
ヒロシとタケシは、お婆さんの荒い運転によりなんとか見晴村まで行くことができた。
--------------------------------------------
「あー、もしもし?さっきね、県境から2人連れてきたわよ……うん、良さそう……もちろん!誰にもいうわけないじゃない!……え?足りない………私達でできるだけ集めてみるけど……うん、はーい」