嵐の前
エールが家にやって来てからひと月ほどが経過した。
しがみ付くことは少なくなったが、必ずアルジャの視界の範囲にいた。
アルジャが出かけるとき、必ずその後ろにエールがいた。
姿が見えないと泣きだすので、アルジャは海に潜ることが出来なかった。
浜辺で貝を拾っていると、エールも貝を拾った。
岩場で蟹を捕まえれば、エールも蟹を捕まえる。
浅瀬で銛を使い魚を取っていると、
どこからか拾ってきた木の枝を海に突き刺して、魚を取ろうとした。
エールは、アルジャのやること全て真似をした。
家に戻るとアーダが笑顔で二人を出迎えてくれた。
「ただいま、母さん」
「ただまー、かーあん」
アルジャが取って来た魚貝をアーダ差し出すと、
エールも手のひらを上に向けて、握っていた貝と蟹を差し出すのだった。
「おかえりなさい、アルジャ、エール」
アーダはエールの手から貝を摘まみ上げ光に翳す。
「綺麗な貝殻ね。それに可愛い蟹さん」
エールの手の上にある握りつぶされた小さな蟹を、大事そうに受け取りテーブルの上に置くと
「何時もありがとう」
アーダは二人を抱き寄せて、交互に頬ずりをするのだった。
アルジャがくすぐったそうに笑うと、エールもくすぐったそうに笑った。
陽も沈むころノアーが帰って来た。
「・・・ただいま」
「おかえり、父さん」
「おかりー、とーあん」
何時になく鋭い目をしたノアーに、アーダが心配気な顔をして近づいてくる。
「なにかありまして?」
ノワーは部屋の隅で貝を並べ遊んでいる子供達を尻目に、背負っていた野菜を置くと、椅子に腰かけた。
「・・・村に大きな船が来ていた」
今日は久々に海獣と仕留めることができたので、ノワーは村へ向かった。
村に外洋まで出て漁をできるものはおらず、海獣の肉はとても重宝された。
村で作っている野菜と、快く交換してもらえるのであった。
エルフは肉を食べない。
野菜を手にしたアーダの喜ぶ顔を、ノワーは脳裏に思い描くのだった。
村に近づくと、沖合に船が泊っていた。
その船は突き出た大岩よりさらに大きく、その堅牢そうな作りは砦を連想した。
十年前までは、人間の国には無いものだった。
村の方を見やるも騒ぎになっている様子はないので、用心しながらも舳先を村に向けるのだった。
ノワーが海獣をもって村の倉庫に来ると、
普段は扉の前でうたた寝をしている倉庫番のスーリが、忙しなさげに出入りしていた。
「スーリ、野菜をくれ」
ノワーが呼び止めると
「あ、ノワーの旦那。今忙しいんで・・・」
手に持った箱を置き倉庫に戻ろうとしたスーリは振り向きながら答えるも、
ノワーが背に持つ海獣を見定めると、駆け足で寄って来た。
「旦那!それ海獣でねえですかい」
「野菜と交換してくれ」
スーリは奪い取るように海獣を受け取ると、
「野菜ですかい、好きに取ってってくれでげす」
言いざま、村長の家に向かおうとする。
「何があった?」
ノワーはスーリの肩を掴み、呼び止める。
「騎士団ってのが来たんでげす」
「騎士団・・・人間か?」
「そうでげす」
ノワーは肩から手を離し
「呼び止めて悪かった」
「そんじゃ旦那、海獣たすかったでげすよ」
スーリは村長に言われ、騎士団の歓待の為に、目ぼしい物を探していた。
しかし、もともと何も無い島である。倉庫をひっくり返しても何も見つからなかった。
そこへノワーがやって来たのだった。
海獣の肉は収穫祭に食べれるかどうかのご馳走である。
新鮮な肉は更に美味しい。
村長が満足してくれるとこを確信し、スーリは急ぎ報告に向かうのだった。
その後姿をノワーは苦々しく見送った。
「人間の船だ、騎士団が来た」
アーダの顔が強張る。
この島に流れ着いて8年。
当初は、体力回復の為の仮泊りのはずか、アルジャが生まれ長逗留となっていた。
今ではこのまま住み続けてもと考えるに至る。
「・・・あなた・・・」
不安を露わにするアーダの手を握り
「直ぐに旅立てる準備はしておいてくれ」
子供達に視線を移し
(何があっても家族は守る)
ノワーは心に誓うのだった。