エール
アルジャは女の子を抱え急いで家に向かったが、家に着くまでに辺りは完全に暗くなっていた。
家の前にはノワーとアーダが立っていて、アルジャが崖を登ってくるのを待ち構えていた。
ノワーは太い腕を体の前で構えとても怖い顔をしていたが、アルジャが近づいてくるにつれ、驚きの顔と共に走り寄って来た。
抱えている白い物の正体が分かったのだ。
ノワーが手を差し出してきたので、アルジャは白い少女を渡す。
間を開けずアーダがアルジャの前に跪き、強く強く抱きしめてくるのだった。
心なしか少し震え、その目には薄っすらと光るものがあった。
陽が沈んでも戻ってこない子供を、とても心配していたのだ。
「家に入ろう」
ノワーが妻と息子に語り掛けたのは、暫く経ってからだった。
女の子は全く目覚める様子は無かったが、呼吸も安定していて問題も無さそうだったのでベッドに寝かせ、
3人はテーブルに着き遅くなった夕飯を食べるのだった。
「何があった」
ひと段落付くと徐にノワーは尋ねた。
「海底洞窟で見つけたんだ」
アルジャより先ほどの出来事をたどたどしく説明を受けるも、さっぱり理解できなかった。
海の底に人が眠っていた?
それも羽の生えた女の子。
全てがノワーの常識の範囲外の話であった。
アーダは途中退席し女の子の様子を見にいった。
ベッドに横たわる彼女は精巧にできた人形のようでもあった。
存在感に乏しくとても希薄に見えるが、しっかり息づいているのが確認して取れた。
永い歴史を持つエルフでも、透明の羽を持つ種族のことは聞いたことが無い。
息子が嘘をついているとは微塵も考えていない。
アーダは女の子の頭を優しく摩り、現実を直視するのだった。
次の日になっても女の子は目覚めなかった。
アーダに任せノワーとアルジャは漁に出かけるのだった。
更に日が変わり夕方、アルジャが貝と海藻を取り戻ってくると、家の中から悲鳴が聞こえてきた。
慌てて家に飛び込むと、ベッドの上で暴れる女の子をアーダが必死に押さえつけていた。
髪を振り乱し、手足をしばたいてアーダの拘束を必死に逃れようとするも、五才くらいの女の子に大人の体を振りほどく力は無く、最後の抵抗とばかりに泣き続けているのであった。
「安心して・・・怖くないわよ・・・」
同じく髪をボサボサにしたアーダは女の子を腕の中に抱え込み、優しく語り掛けていた。
アーダの服は所々破けて、女の子の抵抗の凄さを物語っていた。
「お母さん!」
部屋に飛び込んでみたが、何が起こっているのかわからず入り口で硬直する。
するとアルジャを見つけた女の子は、アルジャに向かって手を指し伸ばし、さらに大きな声で泣くのであった。
恐る恐る近づくと、女の子はアルジャにしがみ付いて泣き止んだ。
暫くして女の子は眠りついたが、とても強い力で抱き着いていて、振り解くことは出来なかった。
日も暮れてノワーも戻り、家族の団らんが始まる。
ノワーの対面にアーダとアルジャが座る。
アルジャのお腹には、コアラの子供のように白い女の子がへばりついていた。
7歳の子供に5歳くらいの子供が抱き着いているのである。
アルジャの前面は視界が悪くとても不自由だった。
食べにくそうにしていると、アーダが見かねて食べさせてくれた。
少し恥ずかしく思いながらも、アルジャは嬉しかった。
「この子ずっと寝ているわね、何も食べなくて平気なのかしら?」
アーダは優しく頭をなでるも、女の子が目覚める雰囲気は無かった。
顔色は悪くない。かえって日増しに頬の赤みが増している。
「暫くはお前が付いていてやれ」
ノワーは昼間の話をきくと、アルジャにそう告げるのだった。
次の日アルジャが目覚めると、女の子は目を覚ましていた。
相変わらず抱き着かれたまま、青い目がアルジャをジッとのぞき込んでいた。
「おはよう」
言葉に反応すること無く、青い目はアルジャを見続ける。
起き上がると、アーダがしていたようにアルジャは頭を優しく撫でてあげるのだった。
青い目が細まり、女の子は気持ちよさそうにしていた。
昼間は庭で日光浴をしながら取り留めなく話しかけてみたが、女の子はアルジャを見つめるだけで声を発することはなかった。
背中の羽が陽の光を浴びで七色に輝きとても綺麗だった。
家事の合間にアーダもやって来て、女の子の頭を撫でていった。
そんな平穏な日が暫く続いた。
女の子はエールと名付けられた。
エールは何も食べなかったが、日を追うにつれ元気になっていった。
一週間くらい経った朝、アルジャが目覚めると
「おはよう」
相変わらず抱き着いたままではあるが、青い目を輝かせて初めて声を発した。
「おはよう、エール」
アルジャは優しく頭を撫でてあげてから、体を起こした。