シアの修行
あたりには砂埃が巻き起こる。
次第に明瞭となる視界は、影となって二人を映し出し、やがて色味を帯びた実物を映す。
ムンウェルはカイの首に杖を、カイはムンウェルの額に指を当て、停止していた。
二人はあらゆるところから出血し、肩で息をするなど限界を迎えていた。
「まさかここまでつよくなるとはのぉ。恐れ入ったわい」
「いやいや、ムンウェルさんのおかげですよ。しかし、ムンウェルさんの知らない時間にも修行したというのに、未だ勝てるビジョンが浮かばないとは...」
お互い向けた矛を収め、その戦闘を終える。
「何はともあれ、これで最終試練は終わりじゃ。本当によく成長した、我々はカイを誇りに思う」
そう言い、ムンウェルは空中に白い革手袋を顕現させる。
「前にも話したが、これは我が種族に代々伝わる、魔道具のひとつである。わしが杖を用いて魔法を放つように、魔道具を介して発動させる魔法は精度、威力共々向上する。お前に授けよう」
「い、いいのですか⁉︎私が作った魔道具なんか比較にならない程の精巧さ、逸話レベルの代物では.......」
「今後お前も魔道具作りに励む時が来るだろう。参考にしてくれれば良い。私の最高傑作だ」
カイは、ムンウェルとの修行の中で、魔法の使い方のみならず魔道具の作り方と効果についても学んでいた。そして学ぶ中で作ったのが、今装着している動物の毛皮を使った手袋である。人によって魔道具の形は相性があって、杖がしっくり来る者もいれば、カイの様に手袋、ナイフや首飾りなど、多岐にわたる。
そして魔道具は特殊な文様が施されてあり、魔法の発動をコントロールし、スムーズな発動により威力を上げることもできる。
カイが貰った手袋は、これまで見せて貰ったどの魔道具よりも精巧で、まだ浅はかな知識であるカイにすら、持つことを恐れ多いと思えるほどだった。
「さて、そろそろシアの方も終わる頃かな」
そうムンウェルがいい、視線を横にずらす。
そこにいたのは、シアと、シアのあらゆる色素を薄くした存在だった。二人は激しく拳を交わし、蹴り、掴みあっていた。速度、威力共に互角で、同じ人間同士が競っている様にも思えた。
「イデムドール。対象と身体情報が全く同じ人形を作り出す魔法。つまり、それに勝つには、今の自分を超えなければならない、か」
「近接格闘は実戦で学ぶ方が効率的で濃いのだよ。あのドールはすでに12体目。すなわち、シアは5〜6年の月日で12回も自身を大きく超えたのだ」
シアの動きは明らかに修行前と比べ早くなり、無駄がなくなっていた。音を置き去りにした体捌きは見ているものを魅了する美しさすら感じた。しかし勝負は拮抗している。なぜなら相手は全く自分と同じで、これまでとは違う新しい自分にならなければ勝てないからだ。
シアは悩みあぐねる。そしてその油断は、相手の打撃を食らう原因となった。
前蹴りをもろに食らったシアは吹っ飛び、後ろの大樹にぶつかる。受け身をとったため致命傷とはならなかったものの、呼吸ができなくなるくらいに衝撃を食らった。
シアが痛みにうずくまり、視線が下に落ちる。すると、その先にぶつかった衝撃で破損した木の破片を見つけた。ハッとしたシアはそれをつかみ、全力で投擲する。
シアのドールは、全くの無表情でそれを蹴りで粉砕した。そしてその先に来るであろうシア本人の追撃を警戒し構える。が、目の前にシアはいなかった。視線をめぐらすドールだが、次の瞬間にはその首が身体と分離していることに気づいた。
シアはドールが蹴りで防ぐことを、これまでの動きと自身の情報から分析し、その際にできる死角へ潜りこみ、ドールの背後に回ったのだ。
霧散するドールに哀愁の帯びた目を向けるシアは、とても勝者には見えなかった。
「自分を殺すなんて、少し、複雑」
この間に随分と達者になった帝都語で、シアはそう言う。たしかにその通りだろう。いくら偽物とはいえ、自分と全く同じ存在を殺してしまうのは不思議な感覚だろう。
一向はクタクタになった身体を癒すべく温泉に浸かり、夕飯を食べ、修行の終わりを迎えた。
朝日が昇る。
「楽しんできなさい、若きもの達よ」
「「はいっ」」
二人の新たな旅が始まる。
これにて1章は終わりです。
強くなった2人はまた新たな旅立ちを迎えます。