自己満足
年老いた老人の声だった。声の出所を探すように真上を見上げると、関所にある門の上に、本で見た姿があった。足は短く体も小さいが、身の丈を優に超える木でできた杖を持っている。
「び、びっくりした!」
「ハァ...ハァ...シンゾー止まるかと思た‼︎」
「はっはっはっ。昔のやつらも同じような反応をしよったわい。さて、何用で訪れたかな?」
「あ、いや、何か用があってってわけじゃないんだ。ただ、好奇心のなすままに歩いてきたらたどり着いたのがここで、惹かれるものがあった」
「そりゃ嬉しいのう。お主らからは害意を感じない、村の中へ入ってみたいかえ?」
「いいのか?」
「あぁいいとも」
すると、先ほどまでいた門の上のドルイドは姿をパッと消した。思えば、何度も見渡した門の上に突然現れたのも不自然だった。これが妖術なのだろうか。
束の間、カイ達の目の前にまたフッと姿をあらわす。音や揺れなど、微塵も感じることは出来なかった。
「さぁ、ついてきなさい」
中に入ってみると、実に奇妙な雰囲気をまとっていた。見たこともない農作物に、先ほどと同様、突如現れては消えるドルイド達。一言も言葉を出さずこちらを伺うだけだが、敵意は感じない。
「ここが、この村の村長の家だ。この村のことはその人に聞くといい。私は関所に戻るよ」
訛りのない帝都語で話すドルイドはまた姿を消した。本には、頭が非常によく、話せない言語はないとまで書かれてあったので、どうやら本当にそうなのだろう。
取り残されたカイとシアは、入り方のわからない家の前であたふたしていた。ドアらしきものも、入れそうな穴もどこにも見当たらない。無理矢理こじ開けるのか?とも考えたが、そんなことをして恨みを買われたら溜まったものではない。
しばらくすると、後ろから声がかけられた。
「君たちか。私が村長のムンウェルだ」
「あ、カイです」
「シア、です」
もはや見すぎて驚きもしなかったが、村長を名乗るドルイドからはたしかに大きな圧を感じた。その風格は、村長であることの証のようにも感じた。
「まぁ入れ」
そう言って消え、家の内部から初めて物音が聞こえた。
「......これ、俺たちが悪いのか?」
「私も、パッてなって、パッてなりたい」
「なんじゃ、早う入らんか」
「あの、入り方教えてください」
「おお、人間は魔法を使えないのであったな」
「えっ、今、なんと⁉︎」
「魔法じゃよ、魔法」
たしかに、今ムンウェルの口から魔法という言葉が出た。ということは、今の消えて現れる術は魔法なのだろうか。
「仕方がない。こじ開けて入りたまえ。そろそろ家も作り変えたいと思っていたところだしなぁ」
そう言われ、なるべく小さな穴で入ろうと少しかきむしって中に入る。
そして、シアとカイは困惑を浮かべた。
「な、なんでこんなに、広いんだ...?」
「家、こんなに、大きくなかたよっ⁉︎」
「細かい説明は省くが、君たちが驚くものは全て魔法のもたらしたものだよ。魔法とは、我々ドルイドの中でも特に聡明なもの達のみで作られたものじゃ」
家は外観から想像できないほど広く、大きかった。壁にはいくつもの杖がかけられてあれ、部屋の大半を占めていた机の上には沢山の紙や薬品物、植物、動物の死体、顕微鏡のようなもの、開かれた複数の本、筆記具が置かれてあった。その光景は、カイは嫌という程覚えている。研究をしていた頃の書斎と、似たような状態だったからだ。
「して、この村に来てもらったは構わないが、来たとしても大層なおもてなしも何もできやしないぞ」
村長ムンウェルは、ひとつだけ空いていた杖かけに持っていた杖をかけながらそう呟く。
「構いません。ただ、少し観察させていただきたいだけです。ダメでしょうか?」
「観察?見て何になる。我々の文明は魔法あってのものだ。魔法の使えぬ人間がみて真似できるものではない」
「しかしムンウェル殿、私は魔法とやらの正体を突き止め、使えるようになったのです」
「なに......?」
シアはカイとムンウェルの会話に興味がないのか、あたりを必死に見渡している。まるで、おもちゃ屋さんにきた子供のような、キラキラした目だった。
「魔法が使えるだと?」
「はい。お見せしたほうが早いでしょう......ライトっ」
かつてシアにそうしたように、ムンウェルにもしてみせた。
少し驚いたムンウェルだが、次第に笑い声があがった。
「ふはははは‼︎面白い人間よ、真に魔法を使いよる。まだまだ使い方が青二才じゃが、たしかに魔法じゃっ」
そういうとムンウェルは俺に近づき、短い指を一つ立て、カイの仕草を真似るように正面へと突きつける。
「ライト」
ムンウェルが小さくそうこぼすと、小さな光球が現れた。それはあたりを浮遊し、シアの前で止まる。
シアはそれを面白そうに眺め、止まった光球をツンツンしていた。
ニヤリ、ムンウェルが笑う。
刹那、小さかった光球はそれに見合わない光量を発し、あたり一面を真っ白な世界にしてしまった。それに驚いたシアは飛び上がり、咄嗟にカイの片腕にしがみつく。
「ははは、すまんのエルフのお嬢さん」
「す、すごい......一瞬で光量をあんなに上下できるなんて......」
「なに、修行を積めばお主にもできるさ。簡単ではないがな」
ムンウェルは、カイを試すような視線で見つめた。修行、という言葉を聞いた瞬間に、カイが目の色を変えたからだ。
今一度、真意を問いただすような、威圧的で圧倒的な眼差しを強める。
「十中八九、お主は我々ドルイドに魔法を教わろうと考えておろう。じゃが、魔法は我々ドルイドの賜物である。どのような理由で、魔法の修行を望むか」
「.........私は人間でありながら、人間に嫌われております。人間の為してきた事が、原因でした」
「......復讐のためと申すか?」
「いえ、決して違います。これまでの私は、聖人面をして、人類のためと言いながら役に立っているという自己満足に浸りたかっただけなのです」