ドルイド
朝起きると、最初に目に移ったのは果物をたくさん抱えたシアだった。眩しいほどの笑顔で寝起きを迎えてくれる。
「オキタナ!カイ!オハヨー‼︎」
きっと彼女は、最初に見せた物静かな印象よりも、こうして天真爛漫な子なのだろう。身に積もった悩みが彼女をそうさせていたのかもしれない。だが、今はそれがないのなら、少しでも負担を分けられたのかなとカイは思い、嬉しくなる。
「おはよっ、早起きだね......まだ日が昇りかけじゃないか」
「シショー、アサ、ヨジオキ!」
「ヨジオキって4時起きのこと......?」
ずっと1人だったため、その生活習慣が今もなお続いているのだろう。
眠い目をこすりながらカイは起き上がり、小さくなった火をみて、ほんの少しの哀愁を感じた。
「クダモノ、タベル⁇」
ちょこんと首を曲げて問うシアに、カイは微笑みと首肯で返す。
とてとて、といった擬音で近づき、抱えた果物を綺麗な布の上に置く。彼女の服の裾を破き、近くの川で洗ったそうだ。そんな配慮しなくてもいいのに、とは思ったが、彼女の善意を否定したくはなかった。
シアが林檎を食べる仕草は森の子リスを想起させた。思わず撫でそうになる手をなんとか止める。どうやら、子供扱いされるのがいやらしい。
爽やかな食事を終え、カイとシアは旅路に戻る前の談笑にふける。そしてその話題の中には、これから幾度と怒る戦闘についてもあった。
「昨日のキメラとの戦い、かなり危なかったな。俺たちはまだ出会ったばかりで、お互い何ができて何ができないかを理解できていない。それは、戦いにおいて不利になると思う。」
シアは姿勢を整え、話を促すようにウンウンと首を縦に振る。
「そこで、今伝えられることは全て伝えて欲しい。なんでも言って、というのは困るだろうから、できること、苦手なこと、俺にこうして欲しいってこと、これからどういう戦闘路線で行くのか、教えてくれないかな」
「ワタシ、スクナイテキ、チョトツヨクテモ、カテル。ダケド、イパイハ、ニガテ。ダカラ、センメツ?タノム。マホウ、アレバ、カンタン。」
「うんうん。確かに」
「ワタシ、タテ、ゼンエイ、ナル!」
「っと言うと、盾や前衛の動きをしたいってこと?」
「ウン!」
にかーっとした笑顔につられ、俺も思わず笑ってしまう。
「それなら、相性バッチリだね。俺は後衛で魔法攻撃や支援に徹するよ。俺は、見ての通り近接戦闘はからっきし。習えばできると思うけど、余りやりたいとは思わないかな。でも視野が広く、司令塔としては働けると思う。」
「ウン、ウン!」
「そして、シアには盾役を任せたい。なるべく俺に敵を近づけないよう、牽制と防衛。シアになら、任せられるよ」
「..................っ!」
頰を上気させるシア。両手を上った熱を下げるよう頰に当ててモジモジしている。様子が見えなかったため、カイはそれに気づいていないが。
「よし、お互いのことを知れたし、身体動かしながら確認していきたい...けど、ここじゃどうも狭い。開けた平原でもあればそこで試そう。とりあえずどこかに出るまでは、これまでのようにアクティベートで対処していこう」
シアは頭を振り払い雑念を飛ばす。そして、振り向きながら首肯を呈す。
「さぁ、出発しようか」
そこから、道無き道を進む旅は長かった。多くの魔物に出会い、多くの言葉を交わし、多くの植物や肉を食べ、多く笑った。
いつの間にか空いていた心の穴が、満たされて行く。
自分が必要とされている事に対する満足感。
自分に何ができるかを考え続ける探究心。
そして、芽生えた恋が育つ高揚感。
それぞれが、それぞれの胸の内に秘めた決意に駆られ、生を実感する。そんな、濃い旅路であった。
そして、数日経ったある日のこと。
少し上達した帝都語で話すシアとカイは、目の前に奇妙な形をした家が並んでいるのを発見する。
「カイ、あれ、なにかな?」
「森の奥深くだぞ......?少なくとも人間じゃないはず。でも、エルフとも思えない、エルフは造形に趣があるから、あんなみすぼらしい家は作らない......」
「んー、あの家、見たこと、あるような、無いような......あっ!」
「ん?なんだ、分かったか?」
「シショー言ってた!ドルイドだ!」
「ドルイドだって...⁉︎」
ドルイドとは、遠く昔から受け継がれてきた伝説上の生き物の1つである。
妖術を使うとされ、ドルイドを怒らせたならば災害レベルでの仕返しを受けると言い伝えられてきた。
しかし、こうしていても拉致があかないので、関所のような場所へ向かう。だが、誰もいないので、関所を置いた意味を問いたい。シアも、不思議そうにあたりを見回している。
「人間とは久方ぶりにおうたわ」
「ウワァァァ‼︎‼︎」「イーィィィ‼︎‼︎」
突然、真上から声が降りかかったために、カイとシアは絶叫する。
「これこれ騒ぐでない。森の奥地で暮らしとる意味が無くなろうに。そう慌てなさんな、とって食おうってわけじゃないわい」