似た者同士
目を開けると、そこは家の中だった。
といっても、知っている天井ではない。藁を巧みに組み合わせたもので、時々落ちる欠片にくしゃみをひとつ。
ガタンッ‼︎
何かが倒れるような音がした。
何だ?と横を振り向くと、こちらを、大きく開いた目で見てくる少女がいた。しかし少女は目が会うなり、床に落ちた本を整え机に戻し、腰に携えた短剣をふりかざす。
「まっ、まって!何もしない!何も持ってない!」
慌てて両手をあげ、首を横に振る。
少女は一瞬の間、あげられた両手に怯えたが、次の瞬間には、俺の全力の降伏に対して呆けた顔で返す。激しく抵抗するものだと思っていたらしい。
「ごめん!気づいたらここにいたんだ、よく分かんなくて......。とにかく、その短剣を下ろしてくれねぇかな⁉︎」
その言葉に、彼女は一度短剣を見て、カイに視線を戻し、渋々といった感じに短剣を下ろす。
それにホッとしたのか、彼は硬直した体を弛緩させる。
「..................カラダ、ダイジブ?」
カタコトの帝都語が話される。相変わらず彼女の顔にはこちらを危険視するような雰囲気があるが、どうやらカイの体を心配しているらしい。
「あ、うん、大丈夫。...って!」
動転していたため、今気づくこととなったが、彼女の耳は明らかに人間のものとは思えない長さだった。キレイに降ろされたシルクのような白髪から、尖った耳は出ていた。
「君、エルフなのかい......⁉︎」
「ダメ、シズカニ。ホカノ、エルフ、キチャウ...」
彼女はカイに歩を詰め、人差し指を口に当てた。僅かに香る森の心地よい匂い、上気した頬、上目遣いの濡れた目に、カイは生まれて初めての一目惚れをしてしまった。
「ハァ......アナタ、モリ、マグナカニムト、イタ。アナタ、ヤラレソウダタ。ワタシ、タスケタ。」
「......っ」
くっつけられた人差し指を、まだ離して欲しくないと下心を持つ余裕が生まれてきた。しかし、喋ろうとしたのを察してくれたのか、彼女は人差し指をソッと取り払う。少し残念だ。
「本当に......?あ、ありがとう...。でも、エルフと人間は......。」
この世界には、エルフを商売の道具にする風潮があった。エルフは皆誰も美貌を持っているため、奴隷としてかなりの高値で売買されるのだ。なので、エルフは人間をひどく嫌い、縄張りに入った人間を殺すようなエルフもいると言う。しかしこの少女は、人間である俺を助けた。疑問が浮かぶ。
「ワタシ、ニンゲン、キライ。デモ、ミンナ、チガウ。ドレーショー?ト、ドレーヲカウヒトダケ、キライ」
ドレーショーとは、きっと奴隷商のことだろう。
彼女のように、人間を、人間の中で区別できるエルフは、ひどくマイノリティだろう。だからこそ、エルフとの間に大きな溝があるのだ。
「アナタ、ドレーショー......?」
不安そうに、首を傾げながら問いかける。そうであって欲しくない。彼女からはそのようなメッセージが見受けられた。
「違うよ、奴隷商じゃない。俺は...なんだろうな、研究者...?」
「ケンキューシャ?ナニ、ソレ」
「んー、そうだなぁ......見せたほうが早いか。」
「..................?」
恐らく、ここで論理的に説明しても、研究していた不可思議な力を理解してもらえないだろう。ならば、簡単なものを実際に見せたほうが早い。カイは人差し指を上に突き立て、彼女がしっかり見えるよう指を正面にかまえる。
「...ライトっ」
瞬間、彼の人差し指には煌々と輝く白いモヤが形成される。それを見て、彼女は表情を崩した。化け物にでも遭遇したかのような、驚いた顔だ。
「ナゼ!マホウ、ナゼ、ニンゲン、ツカエル⁉︎」
マホウ...?初めて聞く言葉に、カイは首を傾げつつ、ライトを消す。
少し考えた後、ふと思い出した。もともとこの技はエルフたちの模倣品なのだ。エルフの起こした不思議な現象を我ら人間なりに解釈し、解き明かし、応用したものなので、エルフが独自にその力に名前をつけているのも、こうして驚くのも、無理はない話だった。
依然、彼女は驚いていた。しかし、その顔には苦虫を噛み潰したような表情も見受けられた。
「マホウ?って言うんだね、これ。エルフたちが使ってるのを見て、僕たち人間が真似て見たんだ。長い時間かかったけど、使えるのが未だに俺と数人程度だよ」
「ホカ、ニモ......」
ますます、彼女は顔をしかめる。何か、触れてはいけないものに触れてしまったようだった。
「......俺でよければ、悩み?聞くよ。」
ダメ元で彼女が顔をしかめる原因を聞き出す。そこには、好きな人の不安を取り除きたいと言う正義感もあったのかもしれない。
「......ワタシ、エルフ。マホウ、ツカエルハズ。デモ、デキナイ。ズトレンシューシタ。デモ、デキナイ。ナノニ、ニンゲン、マホウツカエル......」
どうやら、自分はエルフなのに、魔法がうまく扱えないことが気になっているらしい。さらに、彼女の言葉はつづく。
「ダカラ、マホウ、アキラメタ。ブジュツ、タンレン、シタ。ツヨクナタ。ソシタラ、キラワレタ。ワタシ、ヘンダッテ。エルフナノニ、テトアシデタタカウ、ヘンダッテ......」
「..................」
「ワタシ、ニンゲント、ナカヨクシタイ。ソノタメニ、ツヨクナタ。オソワレナイヨウ、ツヨクナタ。デモ、イマハニンゲンダケジャナイ。エルフニモ、キラワレタ......。」
カイは、彼女の歩んできた物語と、自分を重ねた。みんなの為と思ってしていたことが、いつのまにか自分の居場所さえ奪っていった人生。思わず、涙が出そうになった。
「ゴ、ゴメンナサイ!ワタシノジンセー、カンケーナイハナシ。ゴメンネ......」
「俺も。」
「...............?」
「俺も、君と似てる。人の暮らしが豊かになればなって、もっと便利になればなって思って、魔法の研究をした。でも、誰からも理解されなかった。石は投げられ、罵詈雑言を浴びせられた。だから......あの時、マグナカニムに気づかなかった。」
「..................」
「でもね。」
彼は、顔をあげ、彼女の目をしっかりと見据える。
「でもね、君と出会えた。僕を助けてくれる、君と出会えた。それが、本当に嬉しい」
「..................!///」
彼女は、その言葉に薄肌色の顔を赤らめる。沈黙する彼女に、カイも自分の発言に恥ずかしさが出てしまい、頬が温かくなるのを感じた。
しかし、その沈黙は叫び声によって打ち破られた。エルフや人間の声じゃない、図太く、深く、大きな音といったほうがいい。
『ギャァァァァァアアアアアアルルルルルルルル‼︎‼︎‼︎』