有能が幸せとは限らない
人間とは可哀想なもので、例え心の奥深くではわかっていても、言動はそれに準拠しない。
ハッピーな例を出せば、好きな相手に「好きだ」と伝えれないのが挙げられる。気持ちを伝え、交際の申し出をしないと進展がない、と知りながら、その手前にある恥ずかしさや失敗した後の気まずさなどの可能性に怯え、結果伝えることなく関係が終わる。
逆に、アンハッピーな例を出すならば、“彼の現状がそうだ”と説明するのが手取り早い。
道行く人間にネチネチと嫌味を吐かれ、中には小石を投げつける者もいた。
数年も前のことである。
小さな川の近くにある村に、その少年、カイはいた。
カイは生まれつき才能であふれていた。容姿端麗で聡明堅実、村の飢饉を他の村とのトレードで食料を補填、新しい農作方で救うほどの才色兼備だった。
彼の功績はそれだけじゃない。「耳の長い種族、エルフが繰り出した不可思議な現象」を解明する大帝都精鋭解明隊本部から直々に招待され、5年間続いていた研究を僅か1年にして解明してみせた。そこから帰納法を用い、不可思議な現象に一貫する法則をいくつも発見、しまいにはそこから未だ見たものはいない新しい現象を意図的に発明することに成功した。
しかし、彼はあまりにも才能に満ち溢れていた。
そこからの話は、地球でいう科学者には稀にある話だ。カイは人類の発展のため、自らの使命のためと身を粉にして研究を続けた。しかし、次第に彼の説明することが理解されなくなり、近くにいたはずの友人たちが心に不安を持ち始める。それは友人だけに伴わず、帝都直属の研究者からも非難は上がる。
「彼は危険です!王!!」
「彼はわけのわからない言葉を並べて、我々を翻弄しようとしているのではなかろうか!!」
「サディストめに裁きを!!王!!」
いつのまにか、彼を迎えたのは拍手喝采ではなく裁きを求める非難だった。
人は、急激な変化に耐える事ができない。潜在的に人類は排他的価値観を持っているのだろう。徐々に、じわじわと変化することに居心地の良さを抱く。
文字通りに排他されたカイは、17歳に当たる年になった。
(俺のしてきたことは、間違いだったのだろうか。俺は、なんのために生きてきたのだろうか。)
村に戻ったカイは自責の念に駆られる。尤も、彼は世に何も危害はもたらしていない。むしろ、現代科学に変わる発明を次々としていた。
バキッ............
踏んだ木の枝がいい音を出して割れた。まるっきし水分がなかったのだろう。しかし、カイはそれよりも、自分が思いのほか森の奥まで来ていることに驚いた。
(まずい......ここは......。)
『グゥゥゥァァァアアアアア‼︎‼︎』
刹那、大地が揺れた。
突然出された大音量の遠吠えに思わず身体がうずくまる。
しばらくすると、自分がいる場所一体が、暗くなっていることに気づく。もともと夜なのもあるが、月明かりすらも無くなっている事に、最悪の状況を脳裏に浮かびあげた。
「マグナ......カニム...!?」
村で代々受け継がれる伝説に、その名はあった。マグナカニム、大きな犬のような魔物で、縄張り意識が非常に強い。両親に絶対に奥まで進むなと言われて育って来たため、見るのは今回が初めてだ。そして同時に、今回で最後になるだろう。
大きな血走った手が振り上げられる。
しかし、不思議と怖くなかった。死を手前にして尚、自分の生き甲斐について悩みを働いていたからだ。
(いっそ、死んでしまった方が楽なのかもな...。)
スッと目を閉じる。
頬に流れた一筋の涙は、唯一解き明かすことのできなかった問題に対する後悔なのか、まだ心の中で生きたいと願ってのものなのか。
マグナカニムの腕は、目に見えぬ速度で振り下ろされーーー無かった。
目を開けると、そこには先ほどあった影はなく、月明かりどころか、一層まばゆい存在があった。
「誰...だ......」
視界は次第にぼやけ、力尽きる。
それを表情1つ変えず見ている少女がいる。それこそ、カイが最後に見た光の正体だ。
「..................」
少女はカイに近づき、頰をツンツンと押してみる。首元に指を当て、頸動脈の確認。ただ気絶しているだけと分かり、彼女は立ち去ろうと歩を進める。
しかし、近くで聞こえた魔物の遠吠えに足を止め、思案する。額には1粒の汗が見えるが、表情はあまり変わらない。
仕方ない、と形容するのが最も近い顔で、カイを担ぎ、目にも留まらぬ速さで森を駆け抜けていった。