第七話 奪還
神聖国家ファレナは数少ない浮遊大陸を丸ごと一つ使って作られた国だ。
白い城壁に赤い色の飛空艇が多数攻撃を仕掛けているのが見える。
今回の件で日の民の国と海の民の国はファレナに大打撃を与えて戦力を大幅に落とすことを目的にしていた。
そんな砲火の嵐の中を強化したシルフィオン号が飛ぶ。
「うひゃあ」
と悲鳴を上げて腰に抱き付いてきているのは海の国のトップであるアクアマリンだ。
なぜか出港直前に乗り込んできた。
護衛であるラピス達でさえ知らされていなかったらしく仕方なく乗せている。
「事前の情報によれば一番近いのは七番ドックになります!」
「わかった!」
指示を受けて俺は舵を回す。
船底をこすりつけるように第七ドックに突入すると船から降りて駆け出した。
事前の情報収集で彼女がどこにいるのか大体の場所は掴んでいる。
「こっちです!」
廊下の先で手招きをしている女性がいる。
彼女は赤い髪の日の民に見えた。
「ハルトさん!彼女は味方です!」
アクアマリンに言われて武器を手に取ろうとしていた手をやめる。
「どうも、シエナと言います!この先は厳重なセキュリティコードに守られていますのでこのアクセスキーを使ってください!」
そう言って薄い赤色のカードが差し出されたので受け取っておく。
それから何度も鍵を使って階層を降りていき、よくわからない階層についた。
沢山の培養槽やシリンダーが並んでおり怪しい光に満たされている。
中に入っているのは人間とは思えない怪物もどきばかりだ。
「これは……一体……」
「人魚化の実験体の末路ですよ」
何事もないようにシエナが言った。
「なんだと……?」
「『人魚の血肉を喰らうと不老不死になる』これを信じた上層部の判断です。私が直接かかわっていたわけではないのでこれ以上詳しいことはわかりません」
早く通り過ぎるように言われて俺はその部屋を後にする。
さらに何層も降りてようやく最下層に到着したと思っていたときだった。
最下層は一つの部屋になっている。
沢山の機械とパイプが繋がれた巨大な水槽……の中に彼女はいた。
まるで海にただよう人形のように意識を失っていて、その肌は無数の鱗に覆われている。
髪は二年の間に信じられないほど伸びていて、顔が見えなければルシェだとはわからなかったかもしれない。
「ルシェ!!」
慌てて水槽を叩き割ろうとするとアクアマリンに止められた。
「待って!まずはプロテクトを外すのが先よ!」
バタバタとラピスやシエナが機械に向かって何かを打ち込み始める。
ごぼごぼと水槽の中が波打った。
ピクリと彼女の瞼が動く。
薄く開いた瞳に俺たちの姿が映る。
『あ……ル……よう、やく……一緒に……』
スピーカーを通して凛とした声が聞こえてくる。
何を言っているかわからないが、確実にこちらを認識していた。
「アクアマリン!まだか!!」
「いいわ!水槽を壊して!」
待っていたとばかりに俺は水槽をぶち壊した。
中に満たされていた溶液と共にルシェが解放される。
危なげなく抱き留めたが衰弱しているのか俺の腕の中で彼女は気を失ってしまった。
「早く逃げましょう!」
どうやら何かのセキュリティに引っかかったらしく上層が煩くなる。
上層へ上がるとがしゃんがしゃんと培養機と呼ばれていたシリンダーが割れて中の怪物もどきが暴れていた。
それを先行していたラピス達が駆逐していく。
その合間を通って俺とアクアマリンは飛空艇へ戻るのだった。
飛空艇に戻りソファにルシェを優しく横たえると続々とラピス達が戻ってくる。
もうここにいられないのかシエナまで乗り込んできたので驚いた。
全員が揃ったのを確認して俺は飛空艇を出港させる。
こうして俺たちはルシェを取り戻したのだった。
◆◆◆
海の民の国戻ったらシエナがルシェに取りつけられていた細い管などを取り外して手当を行っている。
俺は男だからと別室に追いやられてしまった。
「よくやったな」
と親父は褒めてくれたが日の国の飛空艇は三割も落されてしまったらしい。
ただルシェを取り戻すために。
そんなことを考えているとワシワシと頭を撫でられる。
この紫に染まってしまった髪はもう元に戻ることはないんだろうか。
「行くんだろ、天海」
「あぁ、ルシェの容体が安定すればすぐにでも行こうと思う」
「じゃあファレナの追手の事はきにするな。俺たちがなんとかしてやる」
きっと彼女を取り戻しくる。
それを撃退する役目は親父たちが請け負ってくれるという。
「あ、ありがとう……親父」
「ハルトさん!ルシェさんの目が覚めましたよ!」
「本当か?!」
呼ばれて部屋に入ればルシェが目を覚ましていた。
ソファに横になりながらもしっかりとこちらを見ている。
「は、るとさん……?」
「あぁ、そうだよ」
「あぁ、なんてことを……ごめんなさい、私、貴方に酷いことを……」
半分人魚化のことを言っているのか後悔するように細い腕が伸ばされる。
その包帯だらけの手を強く握り返した。
手を心臓のあたりに押し当てる。
「酷くない、ルシェのおかげで俺はこうして生きていられるんだ。だから自分が悪いなんて言わないでくれ」
「ハルトさん……」
「ハルトでいい」
「は、ハルト……」
「はい、お二人さん私がいるのを忘れないでくださいねー!」
そう言ってシエナが良い雰囲気に水を差す。
彼女は最後に脈を測った。
「衰弱している以外に問題はなさそうね。ちゃんと休むこと!」
「はい……」
「髪の毛は整えちゃおうね。ある程度切っちゃって大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
無駄に伸びてしまった髪を整え始める。
すると隠れていた鱗状の部分が何か所か見えた。
「!」
視線に気が付いたようで隠すように手で覆う。
「やっぱり、気になりますか……?」
悲しそうな表情でこちらに問いかける。
「いや、どんなルシェでも可愛いなって思ってる」
「か、かわっ?!」
もうあんな別れはごめんだからな。思った事は直接的な言葉で伝えることにした。
顔を赤くして背けられてしまった。
「いやーお熱いですねぇ」
シエナはそう茶化してしょきんしょきんと音をさせて髪を切っている。
「ルシェ、聞きたい事があるんだ」
「な、なんですか?」
まだ恥ずかしいのかしっかりとこちらを見られないでいるルシェの手を離さずに言う。
「ルシェが天海を目指すのは人魚症候群を治すため、でいいのか?」
「……はい」
「確実に治る保証はあるのか?」
「あります……天海の人魚種と接触さえできれば」
「人魚種……それは本当にいるのか?」
「います。それは確実です」
ルシェは少し恥ずかしそうにこっちを向いている。
「……私は、一度だけ人魚種と出会ったことがあるんです。だから人魚症候群になっても進行することがなかった」
そう言ってルシェは語りだした。
初めて人魚種と出会ったのはルシェがまだ人間だったころ。村のはずれにある聖域とされた区域で薬用の聖水を得るために泉を訪れた時だったという。
ぱしゃりと水を跳ねさせて驚かされたのが始まりだとか。
その人魚種の男性は鰭を変化させて人のようにふるまうことができたらしい。
そしてルシェの村にお世話になっていた。
数年もすぎればルシェとの仲も進展して、婚姻の儀を執り行うところまで来たところで正体が村人にバレて追われる立場になってしまう。
一緒に連れたって逃げた先でルシェのみが重傷を負ってしまい、もう駄目だというところで血を与えられたのだとか。
気が付けば男は仲間の人魚種と共に姿を消していて、自分は騙されていたのだと村人に信じ込まされた。
そんな場所に留まるわけにもいかずルシェは各地を転々としていた所で昔のアクアマリンと出会ったらしい。
まだ国とも呼べないような小さな国で、アクアマリンはルシェの全ての事情を知ったうえで協力を願い出た。
それから何代も代替わりをしながらルシェが人間に戻るための実験を繰り返してきた。
俺の家の裏にあったトコハナもその実験の材料だったらしい。
結局は失敗に終わり。残るは天海の人魚種に直接会うことでなんとかしてもらおうというところに来ていた。
「でも人魚種が確実に人魚症候群を治してくれる保証はないだろ?」
俺がそう言うと彼女は首を横に振った。
「人魚種にとって自分たちと同じ血を持つことは許せない、だから捨て置くと、そう言っていました」
だから会えれば治してもらえるはず。
「わかった。ルシェの体調が戻ったら天海を目指そう」
「わ、私のことは大丈夫です。どうせ人魚としての血ですぐに回復しますので」
「だめだ。今は休むこと……いいな?」
渋々といった感じに頷かせて俺は部屋を後にした。
初恋が叶わないのは本当なんだな。と感じてずるずると床に座り込んでしまう。




