第五話 自由都市リバティア
シルフィオン号は暫くの飛行ののち地上大陸の一つに降り立った。
そこは数少ない地上で人種などの差別が無い貿易の国である。
俺はフードを被せたルシェの手を引いて知り合いのやっている店を訪れていた。
店主は俺を見ると目を開かせる。
「おや珍しい。ハーフの坊やが地上に降りてくるなんてねぇ」
まるで魔女のようないでたちの彼女は母経由で知り合った人で、何か必要なものがあればなんでもそろえてくれると言っていた。
「悪いけど、まだ質のいい飛翔石は手に入ってないよ」
「そっちは解決したからいいんだ。別の用事だよ」
「おや、そっちのお嬢さんに関係ある話かい?」
「あぁ」
そう言えば店主は店の奥にある席を勧めてくれる。
そこでようやくローブを脱げたルシェが「ぷはぁ」と言っていたので可愛かった。
「はい、シラス水」
そう言って俺たちの前にシトラスを浸した水が置かれる。
喉が渇いていたのでありがたく頂戴した。
「で、今度は何が入用なんだい?」
「飛行艇の部品で欲しいモノがあるんだ」
「飛空艇って……あれは親父さんとあんたで一式そろえたものじゃないか。まだ何か足りないのかい?」
「あの、そのぅ……私のわがままなんですけど、お風呂が欲しいなぁって……」
「あと船体強化に巨竜の鱗が数枚欲しいんだけど無いか?」
「あぁ、あの船シャワールームだけだもんねぇ。女の子には厳しいか……そっちはなんとかなるとして巨竜の鱗かぁ……あったかしらねぇ」
ガサゴソと商品棚を漁りだす。
この店は気に入ったものを雑多に置いている店なので目的の物がすぐに見つかるとは限らない。
「ん~見つからないわねぇ。お風呂は~ライちゃん所行って注文してきてあげるから。それまでお留守番頼めるかしら?」
「お留守番って……俺ら以外の客来るのかよ」
「たまーに、ね?」
そう言って店主は出て行ってしまった。
こんな裏道にあるような店に来客があるとは思えない。
しかし俺は律儀にカウンターに座って店番の代わりを務める。
その間ルシェにはシラス水でも飲んで待っててもらう。
からんからん
とドアベルが音を立ててドアが開けられた。
「ちわー、御届け物だよーん!あれ?店長は?」
明るく入ってきた少女はカウンターに店長の姿が無いのを見て首を傾げる。
「ちょっと出かけてるんだ。俺でよければ受け取るが?」
「あ、じゃあこの伝票にサインください!あと取り扱い注意なんで気を付けてくださいね!」
言われた場所にサインを入れて荷物を受け取るとそーっとカウンターの上に置いた。
取り扱い注意ってどういう意味でなんだ……?
わけもわからずにいると少女は来た時同様に去って行ってしまう。
「うにゃ?!」
普段聞かない様な悲鳴が聞こえてそちらの方を見るとルシェに猫耳が生えていた。
もう一度言おう、ルシェに猫耳が生えていた。
ご丁寧に尻尾まで生えている。
「え、何が起きたんだ?」
「は、ハルトさんも一緒ですよぉ!」
言われてハッと頭に手をやればそこにはふさふさとした猫耳がある。
恐る恐る手をやれば尻尾も生えていた。
原因として考えられるのは出されたシラス水くらいだ。
「あんのおばさん!何仕込んでんだ!!」
いやでも正直猫耳少女になったルシェは可愛い。
超可愛い。
でも俺には必要なかっただろう。
男の猫耳に需要は無い!
「いや、でも、可愛いぞ」
「え?!あ、ありがとうございます?」
からんからん
とドアベルの音を立てて店長が帰ってくる。
俺に生えた猫耳を見てしこたま笑ってくれた。
ムカついたので一発殴っておく。
「ちょっと実験台が欲しかったんだよね~うん、可愛い可愛いこれなら商品化してもいいかな~」
「二度とお前の店で出た飲み物は飲まねぇ!」
がるるる、と威嚇まで猫みたくなってしまっている。
「そう言わないでよ、お風呂に関してはライちゃんに直接取り付けに行ってもらったからさ~」
そう言ってカウンターに置かれている荷物を開け始めた。
幾つかは見たことのある素材で、他は知らないモノが多い。
「お、あったあった。巨竜の鱗じゃなくて逆鱗でもいいかな?」
店長の持つアンプルの中にきらりと輝く鱗がある。
「逆鱗って、そんなにお金出せねぇぞ?」
「ほら、実験手伝ってくれたからサービスしちゃうよ~」
こんな感じ、と提示された値段は確かに割引がされているのか手が届く値段だった。
「……もう少し下がらないか?」
「そっちの可愛らしい彼女に免じてこれくらいかな」
再度値下げされた金額で俺は逆鱗を入手することに成功する。
船体の強化と言っても一か所装甲が不安だっただけなので逆鱗一つで事足りた。
その間ルシェは可愛らしいを連呼されて恐縮している。
今度は俺も灰色のフードを被って店を後にした。
猫耳の効果はもう少ししたらなくなるらしいのでそれまでの辛抱だ。
「すみません……我儘を言ってしまって……」
飛行艇に向かう道すがら保存食料などを買い込んでいると唐突に謝ってきた。
「風呂のことか?それは俺の気が利かなかったのが原因だから気にするな」
そう言って彼女の手を引く。
貿易都市と名前の通り手を引いていないとはぐれてしまいそうになる人並みだからだ。
小さな手が離れない様必死に握りこんでくるのが愛らしい。
そんな姿に満足しながら飛行艇のある港まで戻ってきた時にそれは起こった。
「見つけたぞ!」
その言葉が自分に向けられていると気付いたのは剣に脇腹を抉られからからだ。
一瞬の後に寒気と激痛が襲ってきてその場に崩れ落ちる。
「きゃあああ?!」
「う、、うわああああ!」
周囲の人垣が割れて、俺と俺を刺した人物を映し出した。
オレンジ色のマントを翻した騎士が数人、俺達を囲むようにして立っている。
まさかもう追手が追い付いてきているとは思わなかった。
「いやぁ!ハルトさん!ハルトさん!!」
泣きながらルシェがしがみ付いてくる。
騎士達から俺を守る様に威嚇をしていた。
1人の騎士が近づいてきてルシェの腕を掴んで立たせようとする。
「いや!離してください!!」
「えぇい黙れ!魔女め!!」
「ル、シェ……!」
必死に体を動かそうとするが血が足りないのか動かない。
「ハルト!」
必死に伸ばした手を掴まれる。
その勢いのまま近づいてきた彼女の覚悟に満ちた瞳が時が止まったように感じさせた。
ちゅう
と軽いリップ音をさせて彼女の唇が俺に触れる。
何を?と思ったがもう声すらあげられない。
二人がかりで俺から引き離されていく。
「死なないで!!」
最後に彼女はそう叫んだ。
その叫びに応じるように心臓がドクンと波打ったのを感じる。
初めてのキスは血の味がした。