下
わかったよ、とゴンザレスは歩き出した。
猫型機獣は伏せた姿勢になっているので、よじ登って乗ることになる。
ハリコフ博士はスピーカーを取り出し、ゴンザレスに話しかける。
「乗ったらインカムがある。それをつけろ。無線モードとスピーカーモードがあるから、無線にするんだ」
「これだな」
猫型機獣から声がした。
「それはスピーカーモードだ、インカムのスイッチを動かせ」
『これか』
今度は無線機から声がする。
「おう、それじゃ。それからベルトを締めろ。エンジンが起動する」
『キーじゃないのか』
「とにかくやってみ」
『くそう、変なレバーはあるし、計器は増えているし、扱えるのかよ』
「上手く扱うためのテストじゃ」
『まあ、この前のラジコンよりはいいか。これだな……』
猫型機獣の両目が光った。
そして、伏せの体勢からゆっくりと立ち上がった。
ハリコフ博士は無線を取った。
「どうじゃ!」
『た、たけーっ! こんなに背が高かったら、目立って狙われちまうよ! こんなにでかくて本当に動くのか? おっ、なんだ? この【鳴く】というボタンは』
にゃー。
猫型機獣がガクッと頭を垂れた。
『おい、ふざけんな! なんだ、今の力の抜けるような音は!』
「威嚇できるようにな」
『こんなかわいい鳴き声で、何が威嚇だ!』
「それは試作機だといったろ! 実戦には狼型やライオン型を配備して『ガオー』とか『ウオーン』とかいう鳴き声にしてやるわ!」
それから、ハリコフ博士は無線で操作方法を教える。
レクチャーは大体一時間で終わった。
「よし、まずは歩かせてみろ」
『わかった』
猫型機獣はゆっくり歩き出した。本物の猫が歩くように。
次、走る。
猫型機獣が両後ろ足で地面を蹴り、両前足で着地。
それを素早く繰り返す。背筋が激しく上下に動き、その動きが足に伝わっていく。
ジグザグ走行の指示が出た。
が、これも簡単にこなしてしまった。
その間、無線からはゴンザレスの叫び声が止まらなかった。
『うわあぁぁぁっ! はえぇぇ! こえぇぇぇ!』
「ゴンザレス、フルブレーキ!」
両前足が地面をえぐりながら、機獣全体の体重を支えようとした。
勢いがつきすぎ、一歩余分に跳ねてしまう。
が、スピードは急激に落ち、停止。
「次じゃ。ゴンザレス。爪を立てろ」
『爪?』
「座席の横にあるレバーで動かすんじゃ。ボタンを押せば爪が出る」
猫型機獣の前足の隙間から爪の形をした刃物が出た。
『オオ、出た』
「次は牙じゃ。牙をむけ」
『こうか』
「お前の牙じゃない、機獣の! 【鳴く】ボタンの隣に【噛み付く】ボタンがあるじゃろう? それを押すんじゃ」
『わかった』
「よし次。向こうに見える柵を飛び越え、敵を倒して、魚を取って来い」
『魚?』
「うむ。途中、的が出てくるから走りながらペイント弾を撃て」
『よし、あそこだな』
猫型機獣は反転した。
それらしき柵……貨物用コンテナを積み上げただけの簡易的な物だが……がある。
そして、柵と機獣の間に何本かの的が立てられていた。
猫型機獣の背中には、砲台が乗せられていた。
走りながら砲台を動かし、撃つ事ができるそうだ。
『よし、行くぜ!』
猫型機獣は走り出した。
スピードは一気に最高のものとなった。
背中の砲台が左右に動き、的を撃ち抜いていく……はずだった。
一発目は当たった。
二発目は的の端に当たり、飛び散った塗料が地面や軍用車両に降り注いだ。
そして三発目は、かすりもしなかった。
「こら! ちゃんと当てんか!」
『早くて狙いがつけられないんだよ!』
台詞が終わらぬうちに、猫型機獣は柵に飛び越えた。
その先に敵がいるという想定だが、いたのは大破し、動かなくなった戦車。
猫型機獣が戦車を見下ろす。
その大きさの対比は、まるで本物のネコとおもちゃの戦車。
爪を立てた猫型機獣が、戦車の横っ面を張る。
戦車は破片を撒き散らしながら宙を舞い、地面に落ちて大きな窪みを作った。
「決まった! 戦車を一撃じゃ!」
『どうだい! アッ、これか魚は! 古新聞で簡単に作りやがって』
「すまんすまん、経費がなくてな」
『まあいいや。見てろよ! かっこよく大ジャンプからの着地、決めてやるからな! トウッ!』
掛け声と同時に猫型機獣が柵を飛び越えた。
そう。
それは、鋼鉄の猫の形をした単なる機械じゃなく、伸びやかで、しなやかな、猫という生物そのものの動き。
ほう、とハリコフ博士も嘆息した。
しかし、後ろ足が柵に引っかかった。
バランスが大きく崩れた。
無線から、文字にできない声が聞こえた。
猫型機獣は地面に落下。
その姿はまるで、テレビで見るお笑いの人のようであった。
機獣は倒れたまま、動かない。
どうしたのだと周囲がざわつき始めたとき、機獣から煙があがった。
「水だ、水!」
「ぶっかけろ!」
周囲で見ていた兵士や整備士が、バケツやホースで水をかけ始めた。
ハリコフ博士が無線で呼びかけたが返事はない。
スピーカーに持ち替えた。
「ゴンザレス、大丈夫か! これからバーナーやクレーンでハッチを引き剥がす。もう少し待て。聞こえるか? 聞こえているなら、鳴け!」
ニャ~。