能力の無駄遣い
【五月一日 十一時】
「駄目だねぇ、勝紀。そこまで堕ちたんか?」
勝紀がゆっくりとこちらに歩いてくる翔太の方をちらりと見る。その隙を狙ってお姉ちゃんは逃げ出した。
「翔太君!」
お姉ちゃんは、助かったといわんばかりの表情を浮かべる。こういう所は本当に女優だと思う。
「イライラしてる所にさらにお前とかぶち最悪じゃわ」
「なんで? 最高じゃろうが」
にっこりと翔太は笑った。
「殺すぞ」
「あんまり殺すとか言わねぇ方がいいぞ? もし何かあったら真っ先にお前疑われちまう」
その発言に少し私はドキッとした。お姉ちゃんは笑顔を浮かべた。
「物騒なこと言わんとってや……」
「わりぃわりぃ、ちょっとした冗談だって」
「そりゃ分かっとるけどさ……」
そう冗談。冗談であるはずなのだ。
「だが、俺が来たからにはもう安心だ。なんにも起こさせねぇからな!」
「うん……」
眩しいほど素敵な笑顔を浮かべる翔太を見ることが出来なくて、私は視線をそらした。
「あらやだ、また翔太君と春紀がイチャイチャし始めた」
「イチャイチャなんてしてない!」
「いやぁ~」
翔太の明らかに浮ついた声が聞こえた。視線を再び翔太に向けると、恥ずかしそうに笑っていた。お姉ちゃんに変な誤解を与えてしまうから勘弁して欲しい。
「とにかくまたほざいたらマジでぶっ殺すからな、二度と俺の部屋の前で騒ぎたてんじゃねぇぞ」
勝紀はそう言い残して部屋に戻った。ドアを閉める時の音の大きさが怒りと比例しているように感じた。
その姿を確認して翔太は不思議そうに首を傾げて言った。
「あいつの部屋の前で騒ぐとか何やっとったん?」
「あー、聞きたいわよねぇ。でも勝紀に人生を見つめなおせって言っとっただけよ?」
「何で急に?」
翔太が疑問に思うのは無理もないだろう。私だって疑問に思う。急にわざわざドアを叩いて人生についてああだこうだと言うのは変だ。
「久しぶりに帰ってきたら変わらずこのままってのにちょっとね。普通にお姉ちゃんとして人間として不安になっただけよ。このままズルズル言ったらって考えると、もう心配。父さんも母さんも呆れて何も言っとらんっていうのがね……どうにかしてあげたかったんじゃけどね……」
お姉ちゃんは悲しげに目線を落とした。その目には涙が浮かんで今にも溢れ出しそう。お姉ちゃんが見ていられない、こんなことに自分の実力を使って欲しくなかった。
「まぁ、これ以上ここにおってもあれじゃろ? そろそろ十二時じゃけお母さんがご飯作り出す頃じゃろうし、お姉ちゃん一緒に手伝いに行こうや」
「あ~もーそんな時間か~」
お姉ちゃんはちょっと面倒臭そうに言った。
「じゃあ俺も手伝う!」
「翔太も? 料理出来るんかいね」
ちょっと心配になった。たまに送られてくる料理の写真はとても料理が作れる人のものではない。どうしたらこんなことになってしまうのかとなるほど酷い。
「な~に、普段は一人で食べるけぇ手を抜いとるだけで本気でやったら超が付くほどじゃ!」
一体どこからそんな自信が沸いてくるのか。
「成る程ねぇ、じゃあ翔太君にも手伝って貰わんといけんねぇ、ねぇ春紀?」
お姉ちゃんはニヤニヤしながら私を見た。
「はぁ……」
溜め息が漏れた。女の勘で嫌な予感がしたから。