お願い
【五月一日 午前九時】
「どうかどうかどうかどうか……」
翔太は、目を瞑り両手を合わせてブツブツと神様に祈っている。多分祈っているのは将来のことについてだろう。翔太の幼い頃の夢は、正義のヒーローになることだった。確か戦隊物のテレビを見て影響を受けたからだと思う。そして、成長して多少夢は変わったが本質的には変わらず、役者になりたいと言っている。
「そんなにお願いせんでも神様はちゃんと翔太を見とるよ。大丈夫、焦らんくても」
すると、手を合わせるのを止めて翔太は、むすーっと頬を膨らまして言った。
「神様は俺の何が気に食わんのよ~」
「まだまだ修行しろってことじゃないんかね? が――」
頑張ろうと言いかけた時だった。突然静かで神聖な神社でピアノの音が響いた。その音で私は跳び上がった。最初にドーンとくる曲だから不意にこんなに大音量だとびっくりしてしまう。
「なんじゃ!?」
翔太が驚いた顔で私を見る。
「ご、ごめん。音が小さいと気付きにくいからいつも大音量にしとるんよ。電話じゃ電話」
私は慌てて鞄からスマホを取り出して、誰からの着信か確認する。画面には『お姉ちゃん』と書いてあった。
「お姉ちゃん? どうしたんじゃろ」
お姉ちゃんからの突然の着信に疑問に思いつつも、応答ボタンを押した。
「もしもし? お姉ちゃん? どしたん?」
「あ、良かった。出てくれた」
お姉ちゃんは笑っている。
「そりゃ出るけど……」
「デート中じゃろうけんさ、邪魔しちゃ悪いかねーって思っとったんじゃけど~」
お姉ちゃんのからかう口調に、私は恥ずかしくなってきた。お姉ちゃんに二人で出掛ける所を見られていたという事実。これは死ぬまでネタにされてしまうかもしれない。
「違うって! 用事ないんじゃったら切るよ!」
私は、耳からスマホを離して画面に向かって叫ぶ。
「あ~! ごめんって! 冗談じゃけん! 耳痛い……用事はちゃんとあるけぇ!」
それを聞いて私は再び、耳にスマホを近付ける。
「じゃあ、はよ言って」
「え~と……電話じゃちょっと話しにくいけんさ~……帰って来てくれん? 近くに翔太君もおるなら余計にね」
先程の私をからかう楽しそうな口調とは一転、何かを感じさせるような暗い口調でそう言った。
「え? うん、分かった」
ただごとならぬ雰囲気に私は到底断ることなど出来なかった。私は、電話を切って鞄にスマホを戻した。隣で首を傾げる翔太が口を開く。
「どしたん、何事?」
「お姉ちゃんが戻って来てって。なんかあったんかね……」
「春紀のテンションが急に下がるけん、びっくりしたわ~」
「そんなに下がっとった?」
「結構ガクーンとね」
翔太は手を上に持って行って、一気に下げた。
「まぁともかく……私は帰るけど翔太はどうする? まだ色々見たいんじゃったら見とってもいいよ」
「……分かった! 一人で見るかぁ~しゃーない」
「帰り道とか分かるよね? 迷ったりせんでよ」
私は少し心配になった。翔太は元々ここに住んでいたとは言え、それは結構前の話だ。記憶に無くなっているかもしれない。だからこそ私を一緒に行こうと誘ったのかも。
しかし、それは余計な心配だったみたいだ。
「な~に言っとん。迷う訳ねーじゃん。大丈夫!」
ないないと言うように、翔太は両手を振った。
「私、てっきり道覚えとらんけん、一緒に行こうって言ったんかと思ったわ」
「いやいや違う違う」
「な~んだ。じゃあ、わざわざ一緒に行かんでも良かったって訳か~」
私は、冗談っぽく言った。勿論冗談である。それを翔太も理解してか、笑いながら言った。
「ば~か。お前とじゃなかったら思い出語れんじゃろーが! 寂しいけど、行ってこい!」
翔太は手を振った。私は恥ずかしくて、急いで後ろを向いて神社の階段を駆け下りた。ドッドッという音が、階段を駆け下りる音よりも速いようなそんな気がした。
***
【同日 午前十時】
「え……何言っとん?」
遮光カーテンが閉められて真っ暗になったお姉ちゃんの部屋。用事があると言われて急いで家に帰るなり、この部屋に連れて来られた。そして、そこで私は衝撃的なことを言われた。
「嘘よね? また私をからかおうとしてそう言っとるだけよね?」
私が問いかけても、お姉ちゃんは口を開かない。表情も部屋が暗くてよく見えない。だが、到底笑っているとは思えなかった。
「そんなん無理……」
私はしゃがみ込んだ。姉の言ったことの恐ろしさに、震えが止まらなくなって立っているのが難しくなったから。
「お姉ちゃんからの最初で最後のお願い……聞いてくれるじゃろ? お願い。大丈夫じゃけん」
大丈夫な訳無いじゃん……と言うことが出来なかった。
私は断れない人間だ。今まで私はお姉ちゃんに数え切れない程のお願いをしてきた。おねえちゃんの苦労を見てきた。
だからこそ、断る勇気がなかった。断らないといけないのに。
「分かった……私がやれることなら全部やる……」
ごめんなさい翔太。私は――
――将来また島で暮らせないかもしれない。




