複雑なその気持ちは
【五月一日 午前八時】
潮風薫る長閑な道を足早に進むと、ようやくお姉ちゃんの表情をしっかりと確認する事が出来た。お姉ちゃんは笑ってはいるが、どこか悲しそうな目をしている。
最近、テレビなんかに出ている時もこんな感じだった。一体何があったのか? それを聞く勇気は無い。
「待っとったよ~! はよはよ!」
一回ピョンと跳ぶと、待ちきれないのか何度も足を踏み鳴らした。
「すぐじゃんか~、も~」
「なんか……テレビで見る印象と違う」
翔太がそう言うのも無理はないと思う。テレビなどでは清楚系お姉さんという感じで、とてもこの様にはしゃぐ人という感じはしない。
でも、この姿が本当なのだ。これが私のお姉ちゃんの姿だ。
私達がお姉ちゃんの待つ門の前への辿り着いた。すると、お姉ちゃんは翔太と私見比べながら言った。
「ね! 隣の子って彼氏? 彼氏? もしかして彼氏?」
「違うわ! ただの幼馴染じゃって。お姉ちゃんは、会った事無いけん分からんじゃろうけど」
「違うの~? 手を繋ぎながらこっちくるとか、見せつけてるようにしか見えんかったんじゃけどね~、あ、名前は?」
「翔太です。てか、ぶち綺麗ですね! 流石テレビの人! 握手いいですか?」
翔太は、私から手を離す。
「うん、いいよ」
そして、翔太は、目を輝かせながらお姉ちゃんと握手を交わした。その時に何故か、少し怒りとは違う何かが心の奥に湧き上がった。早くその手を離して欲しい、何故そう思ったのか今の私には理解出来ない。
「ん? なんかお前怒ってる?」
いつの間にか握手を終えていた翔太は、不思議そうな顔で私を見ていた。そして、お姉ちゃんはクスクスと笑っている。
「別に怒っとらんし、いいけぇ、はよ家入ろ」
私は、何故こんなに苛々としているのか分からなくて、つい翔太に当たってしまった。そんな自分にも腹が立って、二人の顔を見るのが恥ずかしくなった。
だから、私は一人で足早に玄関へと向かう。
「も~! 絶対怒っとるじゃん! 何なん! はっきり言えーや!」
呆れ混じりの声で、翔太が私に向かって叫ぶ。
「じゃけぇ! 別に怒っとらんってよーるじゃん! ウザい!」
私は、右足で思いっきり地面を叩きつける。
ごめん、ごめんね、翔太。自分でもよく分からない。面倒臭い事くらい自分でも分かってる。どうして、翔太がお姉ちゃんと楽しそうに、嬉しそうに握手をしていただけで、こんな気持ちになっているのか。ただの握手。そんなの、見れば分かる事なのに。翔太にイラついているのか、お姉ちゃんにイラついているのか、それとも二人にイラついているのか分からない。
あぁ、駄目だ。私超面倒臭い女だ。自分にイラついて、それを翔太にぶつけて。最低だ。
――――翔太、私の事嫌いになるかもしれん。
「春紀~! 許してくれ~! 俺なんかした? 教えてくれ~!」
翔太がしたのは握手だけ。テレビの中の憧れの人に求めた、ただ普通の握手。
「ごめん……よく分からん」
自分にしか聞こえない声で、私はそう呟いて家の中へと入った。