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知らなくて  作者: みなみ 陽
終曲
21/21

独白

【五月二日 二十一時】


 十七時頃、ようやく本島から警察が到着し、翔太を連行していった。翔太の言った通り、血のついた服などは部屋に隠されるように置いてあった。凶器である包丁からも翔太の指紋などが見つかり、犯人は間違いなく翔太だと断定された。

 夢じゃなくて、事実だと受け入れざるを得なかった。


 家の周りには、既に情報を聞きつけたマスコミや野次馬が多くいた。東京に帰るため、私達が外に出た瞬間、カメラのフラッシュがたかれる。田舎の夜を感じさせない眩しさだ。何も知らないから、心が苦しくなる質問を沢山投げかけてくる。


「幼馴染がお姉さんを殺害されたということですが、どうお考えですか!?」

「計画的な犯罪なんでしょうか!?」

「犯人に言いたいことはありますか!?」

「今どんなお気持ちですか!?」


 向けられる好奇の目。鳴り止まないカメラの音。


「今日はとても帰れそうにはない。春紀今日は泊っていけ」


 本当は嫌だが、それ以上につきまとわれるのが嫌だ。ここは大人しく従う他ないだろう。私は足早に家に逃げ込んだ。

***

【同日 二十四時】


 ベットに入っても眠れない。当然だ、眠気なんて何一つないのだから。目を閉じれば、あのお姉ちゃんの殺害現場が浮かぶ。

 お姉ちゃんがどれだけ苦しくて、この道を選んだのか。

 翔太がどれだけ悩んで、この道を選んだのか。

 私には分からない。ただ、苦しくて悔しい。ずっとずっとそれが消えない。

 

 お姉ちゃんが感じ続けた地獄も、翔太がこれから歩むであろう地獄も、私達に待ち受ける地獄も、それぞれ違うのだろうか。

 私達はもう二度と、幸せにはなれないのだろうか。

 一体どこからやり直せば、一体どこから始めれば皆が心から笑って暮らせたのだろうか。

結局誰も幸せになんてなれなかったこの結末は、私達家族を憎み恨んだお姉ちゃんにとって最高で最悪の結末になってしまったのかもしれない。


ねぇお姉ちゃん、お姉ちゃんは、どれぐらい苦しかったの?

私は、ずっと苦しいよ。

***

【翔太 五月二日 二十四時】


 孤独。俺の人生を修飾するに相応しい言葉。振り返れば、桜庭家以外の人達に俺をしっかりと見てくれた人はいない。

 なぜ生まれたのか、どうして愛してくれないのか、物心ついた時から俺は空気扱い。小学校に生きたくて、親の金を勝手に使ってランドセルを買った。それに親は気付いていたが、何も言わなかった。俺が春紀の家に勝手泊っても、帰って来なくても何も言わなかった。


 春紀の家での時間は楽しかった。俺の家には存在しないものが沢山あったから。やけに俺に突っかかってくる奴や、一つ席が空いていることに疑問はあったが、俺を認識してくれる存在がいてくれて幸せだった。存在を認められる、話を聞いて貰える、ただそれだけで俺は幸せだった。

 それだけでも俺は十分幸せだったのに、ある時春紀から鉛筆を貰った。これは今でも俺の宝物だ。もう一つ宝物がある、それは――春紀が俺に作ってくれた曲。泣き虫の俺を励ますために作ってくれた、この世の他のどんな曲よりも最高の曲。

 その時、俺は決意した。春紀に俺もお返ししたいと、今度は俺が春紀を笑顔にする番だと――ヒーローになりたいと。


 しかし、その願いは親によって打ち砕かれた。突然の引っ越しを決めた親は、俺を置いていく訳にもいかず仕方なく俺も連れて行った。

 どうせ愛していないのなら、邪魔なら、必要ないのなら、空気以下なら、置いていってくれて良かったのに。


 再び俺は孤独になった。高校にも行けず、バイトで生きていた。春紀との手紙のやり取りでは、心配させたくなくて嘘を沢山書いた。俺は幸せだと、頑張ると。その場しのぎで生きていく俺と、遠い世界で生きている春紀。ピアノで成功した春紀のことを嬉しく思う反面、俺は嫉妬もしていた。嫉妬するのも申し訳ないくらい、生きてる土俵が違うのに。


 大人になって俺は上京し、バイトをいくつも掛け持ちしながらオーディションを受けた。しかし、当然何度も落とされた。

 春紀からの招待を受けて、春紀のコンサートに行った。煌びやかで拍手の中にいる春紀は、もう手の届かない人になってしまっていた。才能のある人間とそうでない人間、その差を圧倒的に感じた。


 絶望的な気持ちになっていた時、春紀から連絡があった。


『時間があったら、島の家に来て欲しい。家族パーティーをするの』


 家族パーティー、その言葉に俺は震えた。俺は家族に入っていたんだと、俺の居場所はここにしかないんだと思った。


 しかし、今はその居場所すらない。自分で覚悟を決めてそうしたことだ。春紀の未来を守るためにやったこと、迷惑をかける人間なんて俺にはいない。これで良かったのだ。

 もし、俺にどこかの漫画の犯人みたいにトリックを作れる能力があれば、きっとそうしていた。でも、俺にそれは出来ない。何故なら、何もないから。

 俺を空気同然に扱い続けた両親もいない。バイトも全て辞めた。人間として、もうどこにも何もない。


 あの時、あの家族の本当の姿を見た。壊れていく、いや壊れた家族を見た。由紀さんを悪魔に変えた、この家族。俺はここに居場所を感じていた。あの事件を起こしたことで、最初から俺には何もなくて、居場所も何もなかったのだと思った。

 ただあったのは利用してやるという心だけ。騙されていた。いや、勝手に騙されていたのだ。


『愛する者に欺かれている方が、時として真実を知らされるより幸福である』


 という名言がある。本当にその通りだ。欺かれたままでいれたら、俺は今まで人生の支えにしてきた物を失わずに済んでいたのかもしれない。


 幸せでいたかった。幸せだと、夢を見ていたかった。


 走馬灯のように思い出す。幸せだった時を。それと同時に頭の中で春紀の作った曲が流れる。


「何も知らなければ良かった……知るんじゃったら……もっと早く知りたかった……」


 零れ落ちた涙を止めることは出来ない。俺を取り囲む警察官達は、俺の様子などには目もくれず、ただ前を見ている。

 この言葉の意味をこの人達は知らないだろう。分かるはずもないだろう。これからも、その先も、ずっと……。

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