悲痛絶望
【五月二日 六時】
「まず……時間。由紀さんがいつ殺されたんか、その時間から考えましょう」
「え、お前知らんのんかよ」
と言う勝紀のツッコミを翔太は当然のようにスルーした。
「お母さんの悲鳴が聞こえたのは午前六時ちょっと過ぎくらい……つまり、その時に見つけたってことでいいんすよね」
「朝起きていつも通りお風呂掃除しようと思ったら、なんかちょっと変な臭いもしたけぇ、急いで掃除せんといけんわって思ったんじゃけど……こんなの、もうどうしたらええんか……」
お母さんの証言通りなら、お姉ちゃんが殺されたのは午前六時よりは前ってことだ。となると、最後にお風呂に入った人が何時だったかを聞く必要がある。恐らく最後だったのは――。
「勝紀、お前風呂に入ったの何時?」
翔太は、ジッと勝紀を見る。
「え、お、俺? 俺を疑ってんの?」
皆の疑いの眼差しが勝紀に向けられる。当然だ、あれだけ大きな声で昨日殺すとか騒いでいたのだから、お父さん達も聞いていないはずはない。まぁ、あれはお姉ちゃんの言わされていたようなものだったのだけれど。
「お風呂に入った時間を言えって言っとるだけじゃ、それに今ここにいる皆は皆を平等に疑っとる。一人ずつ疑いを晴らすために、正しい証言がいるじゃろ。俺だけの言葉じゃ、皆信じてはくれんじゃろうけぇ。もしここでお前が言わんかったり、嘘を言ったりしたら、必然的にお前はここにおる誰よりも疑われることになる」
「……チッ、分かったよ。ちょうどいつも見とる深夜ドラマが終わったくらいじゃったけぇ……二時半くらい。風呂を上がったのは二時四十三分だった気がする。風呂の時計見たら、そうなっとったけ。でも、その時には何もなかったし、いつも通りの風呂じゃったよ、マジで」
二時四十三分以降から六時前の間にお姉ちゃんは、この中にいる誰かに殺された。勝紀やお母さんが嘘をついていたら分からなくなるが、二人の言葉を信じるならこの時間だ。ということは、お姉ちゃんは勝紀よりも後にお風呂に入ったのだろうか? 最後に入ったのは勝紀ではなくて、お姉ちゃん?
「ねぇ、翔太。お姉ちゃんは昨日お風呂に入っとったん?」
「いや……どうかな」
翔太は腕を組んだ。昨日のことでも思い出しているのだろうか。
「わしの後にお前が入っとったよのぉ?」
お父さんがお母さんに確認するように言った。
「えぇ、十時半くらいじゃったかね? 由紀に入るかって確認したら『私は後でいい』って言われたけぇ、翔太君に先に入って貰ったんじゃが……」
「そうなん? 翔太」
「うん、俺が入ったのは十一時二十分くらいじゃったと思う。順番にお父さん、お母さん、俺、勝紀、由紀さんの順番で入ったってことに――」
「ちょ、待てよ! 春紀、お前はいつ入っとん? まさかお前が……」
勝紀は、私を指差しながら言った。私は昨日お風呂に入っていない。何故なら入る前に眠ってしまったからだ。
「その……寝ちゃったんだよね。お風呂待ちの間に。朝起きたらこんなことになっとって……」
どうして眠ってしまったのか、考えても分からない。
「は? ほんとかよ」
今度は私に疑いの目が向けられる。本当に違う、私はやってない。他の誰かが、この中にいる誰かがやったのだ。
「……春紀はやってない。それは俺が証言出来る」
翔太が、私に向かって小さく微笑んだ。しかし、その笑顔はいつもと違ってどこか暗い影を感じさせるものだった。
「根拠でもあるん?」
お母さんが聞く。
「あります。昨日眠っとる春紀に毛布をかけたんです、夜中の三時くらいに。俺寝れんくて、暇だったんで。ちょっと魔が差してこっそり春紀の部屋覗いてみたんです。そしたら、大の字になってまた寝とったんです。何もかけずに寝とったけぇ、風邪引くぞって思って。あ、別にやらしいことはしてないので……まぁ勝手に覗いて入ったことは申し訳ないとは思うんすけどね」
体が熱い。穴があったら入りたい。顔から火が吹き出そうだ。
しかし、翔太だったのかと思って少し安心した。ちょっと記憶にないことが起こると怖いから。
「はぁ……てかお前、時間までしっかりと覚えてんのかよ」
「スマホの時間を見たけぇ。それとちょうど三時になったら春紀の部屋からあの時計の音が聞こえたし」
「あ~あれか。二階までいつも聞こえてくるけど、流石に慣れたなぁ」
勝紀は鼻で笑った。別に馬鹿にしている訳ではなくて、昔からの勝紀の癖だ。勝紀が慣れたと言っているが、私は慣れてない。寝ている間だけはあの音を忘れていられる。
「で、その後五時くらいにまた覗いた時は――」
「待って待ってよ! 二回も覗いたん!?」
「まぁ、春紀って寝相悪いみたいじゃし、毛布落としとったらいけんじゃろ? ま、毛布は落ちてなかったけセーフよ」
この場で何故私は恥ずかしい思いをしなくてはいけないのか。
「二人の証言が一致しとるみたいじゃし、一応春紀は違うってことでええみたいじゃの」
お父さんは、眉をひそめながら言った。
「はい。犯行時刻は――」
「待てよ。ちょっと気になった」
勝紀が、翔太を睨みながら言った。
「お前深夜起きとったってことじゃろ。三時から五時の間、お前は一体何をしとったんじゃ?」
その言葉の直後、場が静まり返った。翔太は、血が零れ落ちる左手を眺めながら口を開く。
「犯行時刻は二時四十三分以降から五時の間……まぁ大体三時から五時の間ってことですよね……その時間の間確実に起きていたと証言したのは、今の所俺だけ……」
「え……?」
手が震える。翔太は一体何を言っているのだろうと。お父さんとお母さんは目を見開いて、勝紀は恐怖に怯える表情を浮かべながらも睨んでいる。
ただいつものおふざけであって欲しいと、不謹慎なおふざけでもいいから、違うと言って欲しかった。それなのに――。
「警察にわざわざ捜査して貰う必要がないって言ったのは――俺が犯人だからですよ」




