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【二】ニャンコ導師

【アーラ近郊の『少女遊(たかなし)迷宮(ダンジョン)B13F』】


 ピカピカに磨かれた片刃曲刀(シミター)が、俺の錆びた直剣にぶつかり火花と鉄の破片が飛んだ。

 見れば俺の剣は打ち合ったところがギザギザに弾け飛んでいた。対して相手の手にしている武器に目立った傷はない。


 マズイ。武器も力もなにもかも相手の方が上だ。

 一瞬、怯んだところへ続けざまの連撃がきて、一撃はどうにか受けたものの、続く剣尖が俺の肩口を抉った。


「イチジクッ!!」

 慌てて(にのまえ)が俺と相手――ぬめぬめとした緑色の鱗肌を持つ、トカゲの顔と尻尾をもった直立した半獣半人――リザードマンの間に割って入って、手にした錆びた斧を振り下ろす。

 それをリザードマンは、余裕の表情で左手の円盾(バックラー)で受けて、右手の片刃曲刀(シミター)を横に薙いだ。


「グアアアアアッ!?!」

 ぱっくりとニノマエの腹が割かれて、おびただしい量の血が流れた。

 分厚い筋肉で守られたゴブリン・ジェネラルだからこそ、この程度で済んだのだろうが、これが並みのゴブリンだったら両断されていたところだろう。

 事実、滅多なことでは泣き言を言わないニノマエが、苦しげに斬られた腹を押さえている。ひょっとすると傷はハラワタまで達しているかも知れない。


 ここに至って俺は決断した。

 どうあってもこいつには勝てない。事実、1対多数で挑んでいるというのに、俺が引き連れてきた精鋭のゴブリン・ナイトや精悍な顔つきをしたコボルト・ウォーリアたちの半数は、すでに物言わぬ骸と化している。


「いったん引くぞ、ニノマエ! ナイトとウォーリアは奴の足止めをしろ! ――行くぞ、ニノマエ!」

 俺の指示に従って生き残りのゴブリン・ナイトとコボルト・ウォーリア合計10匹がリザードマンに向かって行くが、奴の剣が翻るたびに鼻くそみたいにポイポイ両断されて飛ぶ。

 その間に、俺とニノマエとは這う這うの体でその場から逃げ出すことができた。


 ◆◇◆◇


 まだハイゴブリンをやっている(いちじく)です。

 あの方に連れられて、仲間や部下達と迷宮(ダンジョン)の十階以降へ案内された俺ですが(聞いたところでは、ここは表向き七十階までの階層構造になっていて、さらにその奥に裏ダンジョン七十階の合計百四十階で構成されているとか)、ここにきて、現在行き詰まりを感じています。


 行き詰まりの原因は、ここらへんに出る魔物が、上の階に棲んでいた連中とは違って、とてつもなく手強いのが理由です。


 例えば、上にもいた俺たちの主食だった《イエローキャタピラ》によく似た姿で、身体がふた周り大きく赤い《ワイルドキャタピラ》は、斃すのに最低でも二十匹掛かりで、なおかつ毎回二~三匹犠牲になるのが普通です。

 他にも罠に嵌めようとしても、察知して逃げる頭のいい奴とか、さっきのリザードマンのように単純に腕力が強い上に戦い慣れしている奴とか、どいつもこいつも一筋縄ではいかない連中ばかりです。


 そんなわけで最初ここに来た時は八十匹くらいいた俺の群れも、現在は五十匹くらいに減ってしまい、さしもの繁殖力の高いゴブリンとコボルトであっても追いつかない状況です。


 狩場としてここらへんは俺には荷が勝ちすぎたのかも知れません。

 あの方は、「無理そうなら元の階層に戻すから、次に来た時にでも言ってね」とおっしゃってましたので、お願いすれば元の狩場に戻れるでしょう。

 ですが、「君の成長速度なら大丈夫じゃないかな?」と言ってつれて来てくれたのもあの方です。

 つまりそれだけ俺を期待しているわけです。


 ならばここで無理ですといえば、俺はさぞかし弱い雄だと思われるでしょう。そうなったら一生、あの方と交尾できないのは明白です。雌は強い雄に惹かれるのが当然ですから。


「……ならば、ここが頑張りどころだな」

 たとえ仲間や部下を全員犠牲にしてでも、俺はさらに強くならないとダメなのです。

「とは言え、そうそう簡単に強くなる方法があるか……?」


 俺は考えました。そもそもこれまで出会った強い相手。その特徴を。


「やはり、身体がでかくて、力が強い相手が厄介だな」


 俺はちらりと、腹の傷に薬草をつけて転がっているニノマエを見ました。もともとアイツはでかくて腕力がありました。つまり、そういったものは生まれつきの資質で左右されるということでしょう。なら俺が身に着けるのは無理ということ。


 それから、以前に剣を合わせたニンゲンの若い雄を思い出しました。

 あいつは体格も俺より小さくて、力も大したこともなかったのに、俺と互角かそれ以上に戦いました。


「あれが技というものか……」


 ニンゲンの使う技とか格闘とかいう技術は、後天的に習得できるものらしいので、これを覚えるのは今後かなり有効そうです。

 ただし問題は、魔物は基本生まれ持った力と能力で戦うのが普通なので、そうした技を覚えるツテがないのと、仮にツテがあったとしてもおそらく一朝一夕で覚えることはできないだろうということです。

 現在は逼迫した状態なので、そうそう時間を掛けることができそうにありませんから、もっと、すぐに強くなる方法を探さねばなりません。


 そこで、俺は今日、リザードマンと打ち合って、ボロボロになった剣を鞘から引き抜きました。

「――アイツ、力やスピードもあったが、なにより武器の質が違ったな」

 そう。ここに俺の求める答えがありました。


 力は生まれつき。技は時間が掛かる。なら、強力な武器を使えばいいのです。


 問題はそうそう強力な武器が、おいそれと手に入らないことですね。

 死んだニンゲンが持っていた錆びた武器や防具は、結構探せば見つかるものですが、ピカピカの良品となるとまず落ちていません。

 なぜかというと、ゴブリン長老に聞いたところでは、この迷宮(ダンジョン)のあちこちには、『宝箱』というものが転がっていて、定期的に《スプリガン》という妖精族が、その中に使えそうな武器や防具をしまい込む役割をするそうとかですが、こいつらが素早い上にやたら強いとかで、俺たちが目にする機会も無理やり奪う機会もなかなかないとか。

 それと『宝箱』は、残念ながら魔物は触れないようになっているそうなので、開けて使うのも無理そうです。


 ですが、逆に言えばニンゲンなら開けられるので、ニンゲンが開けた瞬間に襲うか……いや、この辺りまでくるニンゲンはさっきのリザードマンに負けず劣らずの手練(てだれ)で、その上、確実に集団でいるのでタチが悪いです。

 まだしもこちらも数を揃えて、連中を襲って略奪したほうが早いでしょう。


「いっそニンゲンを1~2匹飼っておくか」


 地上に近い低層に巣食っている他の集落のゴブリンは、種付け用にニンゲンの雌を常時何匹か飼うのが普通らしいですが、俺はいままで飼った事がないです。まあ、理由としてはたまたま機会がなかったのと、飼うとなれば食い扶持が増えるので、無駄飯喰いはいらんと思っていたからですが、ここにきて宝箱を開ける要員として飼うのも良いかも知れないと思い始めました。

 あと贅沢を言うなら、ニンゲンの技も覚えたいので、そういう技能を持ったニンゲンが欲しいところですが……まあ、これも余裕ができてからの話でしょう。


 取りあえずは、もうちょっとマシな武器を調達する算段を立てねば。


 そう思っていたところへ、食料調達に行っていた若いゴブリン達が戻ってきました。

 まだ経験が浅いだけに、その手に持っているのは《ロックワーム》や《ブラッドバッド》などという小物ばかり。これでは、全員に餌が行き渡るかも難しいところでしょう。

 せめて、今日、あのリザードマンに遭遇しなければ、俺たちがもうちょっとマシな獲物を獲ってこられたのですが……。終わった話とはいえ、今更ながら考えて気落ちしてしまいます。


 と、連中や奴隷のコボルト達があちこち火傷をしたり、毛が焦げているのに気が付いて、声を掛けました。

「どうしたその怪我は?」


 先頭に立っていた若手の中ではリーダー格のホブゴブリンが、直立して答える。

「ハッ。アノ獲物ヲ狩ロウトシタトコロ、怪シイ術デ火ヲ飛バシテ抵抗サレタ時ノ怪我デス」

 見れば、コボルトどもが木の棒――いや、あれは杖か?――に四肢を縛ってぶら下げた、白い猫妖精ケット・シーを運んで持ってきたのが見えました。


 猫の年はわかりませんけど、なんとなく年寄りの感じがします。肉づきも悪くて、ほとんど喰うところもなさそうです。怪しい術と言ってましたが、おそらく魔法でしょう。ニンゲンの冒険者の中にも、同じように杖を持って魔法を使う連中がいたのを思い出して、ふと俺は興味を惹かれました。


 魔法……魔法か! これもある意味強力な武器だな!


「あの獲物はまだ生きているのか?」

「ハイ。戦ッテイル途中デ、急二フラフラニナリ、簡単二生ケ捕リデキマシタ」

「なるほど。おい、そいつをこっちへ連れて来い」


 おどおどしながらコボルトの若いのが運んできた猫妖精ケット・シーを、地面に下ろさせ具合を見てみると、特に目立った怪我はないようですが、ぐったりとして髭の先も垂れています。


「おいっ。爺さん聞こえるか? 生きてるならちょっと返事をしろ」


 すると妖精猫ケット・シーは伸びた眉毛の下から、力なく俺を見返してきました。

「……聞こえておるわい。……ゴブリンなんぞに捕まるとは、情けない……」

「ふん。『なんぞ』で悪かったな。確認したいのは、お前が魔法を使えるかどうかだ?」

「……使えるがいまは魔力を使い果たして、落ち葉に火をつけることすらできん。……まったく年は取りたくないものよ。抵抗はせんので、喰うならとっとと喰え」


 ほうほう。やはりこの猫妖精ケット・シーは魔法を使えるらしいです。ならば、こんなダシガラなような年寄りなら、この場で喰うよりも、魔法を覚えるまで生かしておいた方が便利でしょう。


「なあ、爺さん。条件次第では、喰わずに生かしておいてやってもいいんだぜ」

「ふん。この期に及んで命なんぞ惜しくはないわい。さっさと殺すがいい」

「気の短い爺さんだな、別に爺さんにとっても損な話じゃないぜ」

「……なにがしたいんじゃい?」

 怪訝そうに聞き返す猫妖精ケット・シー


「俺――いや、俺たちに爺さんの魔法を教えて欲しい」

 にやりと嗤って答えた俺の顔を、猫妖精ケット・シーの魔法使いが唖然とした顔で見返しました。


「はあぁ!?! ゴブリンが努力とセンスが必要な精霊魔法を覚えたいじゃと! アタマは大丈夫か、おぬし!?」


 ◆◇◆◇


少女遊(たかなし)迷宮(ダンジョン)B10F・ボス部屋】


 あれから1月後、俺とニノマエ、ゴブリン・ナイト、そしてゴブリン・メイジに進化した、いつぞやの若手のホブゴブリンを連れて、階層と階層との中間にある『ボス部屋』とやらに来ていました。

 本来なら、ここの親玉を斃さないと十階以降へは降りられない構造だそうですが、俺たちはあの方――姫様――に連れられて、変な魔法陣みたいなもので階をまたいだので、なにげにここに足を踏み入れるのは初めてです。


「この部屋にいる守護者“メタルゴーレム”とやらを斃せば、武器の入った俺でも触れる『宝箱』が手に入るんだな?」

「そうじゃ。ま、斃せれば……じゃが」


 俺の質問にやや気弱げに猫妖精ケット・シーの魔法使い――ニャンコ導師(メンター)――が頷いた。


「どーした? 俺たちの腕が信用できないのか? アンタが魔法を教えたんだろう」

「……確かにお前さん方、特にお前さんの適性はたいしたものじゃが、まだまだ素人もいいところじゃからな。それにも増して、魔物が『ボス部屋』の守護者を斃して、宝箱を得ようなんぞ普通は考えんものじゃわい。こんなことが上の方にバレたらどういう制裁をされるかと、儂は気が気でないわい」

 背中を震わせて、落ち着かない様子で周囲を見回すニャンコ導師(メンター)


「上の方って、“あの方”のことか? だったら今度来た時に謝っておけば大丈夫だろう」

「――あの方って誰じゃい?」

 不思議そうに首を捻るニャンコ導師に、あの方のことを説明しようとしたところで、先頭を歩いていたニノマエが、全員に聞こえるよう注意を促す叫びをあげました。


「気ガツイタラシイ! ゴーレムガコッチヘ向カッテ来ルゾ! 全員、戦闘準備!!」

 ニノマエの指示に従って、ゴブリン・ナイトがばらばらとその背後に着き、入れ替わりに俺の周りにいたゴブリン・メイジとゴブリン・ソーサラーが先頭に踊り出ました。

 俺も話を切り上げて、その列の中心に並びます。


 見れば鋼鉄の塊のような巨大なメタルゴーレムが、のっぺらぼうの顔の真ん中にある“赤い瞳”をこちらに向けて、ゆっくりと歩いてくるところでした。

 ニノマエよりも縦横ともに3回りは大きなこいつは、重量もかなりのものなのでしょう。歩くたびに石の床が震動で揺れます。


「魔法隊は全員、最初の一発を撃ったら、即座にナイトの後ろに退避! ナイトは魔法隊を死守! 魔法攻撃後、俺とニノマエで叩く。魔力が戻り次第、遠距離から攻撃! 狙いは弱点だ。――ニノマエ、位置はわかるな?」

「目ノトコロダロウ。コンナモン、見レバ馬鹿デモワカル!」


 ちらりと後ろを確認してみると、仲間達も全員頷いていた。まあ、こんなあからさまな弱点なら、どんな阿呆だろうがゴブリンだろうが見逃すわけもないですね。


 俺は胸元の首飾り――光る石の欠片をつなげただけの不恰好なものですが、なんでもこの石は『魔石』といって、魔法使いが魔法を使う媒体になるそうで、最初に適性検査と言ってこの石に魔力を通してニャンコ導師に確認してもらったところ、俺を含めた群れのゴブリンの五匹に適性があったので、狩り以外の時間を見つけては魔法の使い方を教わり、最近では随分と上達して、狩りも楽になってきました――に魔力を通して、開いた手の間に「火」をイメージします。

 すると広げた掌の間に子ゴブリンの頭ほどの炎の塊が生まれました。


 他の魔法隊も同じように、それぞれ手の間に握り拳くらいの炎や光、雷、風といった魔法を練り上げています。

 なんでも魔法にはそれぞれ属性とやらがあり、こればかりは相性で決まるとかで、俺以外は全員1種類の魔法しか使えません。ちなみに俺は五種類の属性を使えます。それを知った時には、ニャンコ導師が目を剥いて引っくり返ったものです。


「お主、ホントにただのハイゴブリンか?!」


 とはいえ、いまだ魔法を習い始めて1月。いまのところモノになるのは火の魔法くらいですが。


「発射っ!」

 俺の合図を受けて、魔法隊の魔法が次々にメタルゴーレムの頭部へと放たれました。


 真っ先に放たれた俺の炎が目に直撃するかと思われた瞬間、メタルゴーレムは意外なほど滑らかな動作で、右手で弱点を防御。俺の炎はその二の腕に焦げ跡を作った程度で四散。

 何事もなかったかのようにその姿勢のまま歩みを進める、メタルゴーレムの身体のそこかしこに後続の魔法が炸裂するが、どれもダメージらしいダメージを与えられない。


「……ん?」

 だが、一瞬動きが止まったのに気が付いて、俺は背後のニノマエを振り返った。

「いまの魔法は効果があったんじゃないのか?」

「ウム。雷ダッタナ」


 ニノマエの言葉に、俺は弾かれたように雷魔法を使えるゴブリン・ソーサラーを振り返った。

「お前の魔法が有効だ! 他の者はこいつのサポートにつけ! お前はなるべく強力な雷を撃てるよう準備しておけ」

「「「「ワカリマシタ」」」」

「ニノマエ。行くぞ!」

 俺は腰の錆びた剣を抜いた。


「オウ!!」

 ニノマエも錆びた斧を振りかぶって、最前列へ躍り出た。

 そのまま2匹揃ってメタルゴーレムへ討ちかかる。


 ガツン!ガツン!と剣が斧が当たるたびに、こちらの武器が欠けるが、後の事など知ったことではない。

 巨大な鉄槌のようなメタルゴーレムの拳を躱しながら、なんとか弱点の目を攻撃しようとするが、なかなかガードが固くて届かない。

 そこへ、待っていた声が掛かった。

「――雷魔法イキマス!」


 その言葉に俺とニノマエが、素早く射線上から退避したところへ、絶妙のタイミングで先ほどより一回り大きい雷魔法が飛んできて、メタルゴーレムの胸に当たった。

 その瞬間、予想通りピタリと動きを止めるメタルゴーレム。


「ニノマエ!」

「マカセロ!」

 ニノマエの斧が無防備になった目に当たる寸前、息を吹き返したメタルゴーレムがわずかに身動ぎして、斧は目をわずかに外れて顔面に溝を掘った。

「シマッタ!?」


 逆に大技を繰り出した後の無防備になったニノマエへ向け、メタルゴーレムの拳が唸りをあげる。

「くそっ!」

 俺も雷の魔法を習得しておけば、こんなことにはならなかったものを!

 一瞬後、血反吐を吐いて撲殺されるニノマエの姿を予想して、俺はせめて一太刀なりと――と全身全霊を込めて剣をメタルゴーレムへと叩き付けた。


 瞬間、俺の錆びた剣から雷のような火花が飛び散る。


「魔法剣じゃと――?!」

 一番後方に控えていたニャンコ導師の驚愕の声が響いた。


 ニノマエに当たる寸前、俺の雷を浴びて動きを止めるメタルゴーレム。

 最大のチャンスに、俺は剣を返して、「食らえッ!」そのまま剣先を奴の目へ突き入れた。


 パリン!と案外軽い音がして、メタルゴーレムの目が割れた。

 目を壊されたメタルゴーレムは、その場にガックリと倒れ込むと、バラバラに砕け散った。


「……やったのか?」

「ウム。ヤッタナ、イチジク!!」


 途端、仲間内から勝利の雄叫びが上がって、俺もボロボロになった剣を振りかざして、歓声に応えた。

 と――。

 どこからともなく妙な音楽が聞こえてきて、俺たちが戸惑っている間に、メタルゴーレムの破片は床に沈み、替わりに木でできた箱が出てきた。


「これが宝箱か?」

「そうじゃ。お前さんのものじゃな」

 前に出てきたニャンコ導師に促されて、その宝箱を開けてみると、中には1本の剣が入っていた。


「おおっ。これはいい、俺の剣はもう使い物になりそうにないからなぁ」

 ボロボロになって、ほとんど刃を残していない剣をその場に捨てて、俺は新しい剣を掴んで抜いてみた。

 曇り一つない刀身が俺の顔を映し出す。

 気のせいか以前よりもさらに顔つきがニンゲンに近くなり、角も長く、体型も無駄な肉がなくなり引き締まったような気がする。


「……進化したようじゃの。お主はもう小鬼(ゴブリン)ではない、《妖鬼(オニ)族》じゃな」

 ほとほと呆れたという口調で、ニャンコ導師が説明してくれました。

「それと、その剣じゃが、どうやら魔剣のようじゃな。どこまでも規格外じゃのぉ」


「ほう」

 言われて剣に魔力を通してみると、一瞬にして螺旋状の形態に変化しました。

 柄のところに何か彫ってありますが……『螺旋剣(カラドボルグ)』? この剣の銘か? ふむ。

「……妙な武器だな。まあ気にいったので文句はないが」


「それでは、そろそろ戻ろうか。あまり長くいると、また守護者が復活するからの」

「なに?! 守護者はまた復活するのか? なら斃せば、また『宝箱』を得られるのか?」

「そうじゃが……おい、まさか?!」


 俺の言いたいことを予想できたのだろう、ニャンコ導師があたふたと周囲を見渡しました。

 ええ、もちろん予想通りです。

「なら、他の連中の武器や防具も揃えんとな。俺一人では不公平だろう? これの試し斬りもしたいしな」


 頭を抱えるニャンコ導師とは対照的に、ニノマエ以下仲間達は意気揚々と次の戦いの準備を始めています。俺は手にしたばかりの魔剣を一振りして、仲間達と合流しました。


 で、結局、この剣と新たに習い覚えた《魔法剣》の効果により、その後腹が減るまで20連戦を行い、そこそこの武器・防具を得たところで俺たちはボス部屋を後にしました。


 ちなみにこの戦いの間に、ニノマエは《中鬼(トロール)》に進化して、体格が2mを優に越え、宝箱から新品の巨斧も得られ、また他の者も順次、より上位のハイゴブリン種へと進化できました。


 ◆◇◆◇


「なんで、いきなり2段階進化で《妖鬼(オニ)族》になってるわけさ!? というか、周りもほとんど上位種族だし……うわ――っ、しかも装備品が激レアの《螺旋剣(カラドボルグ)》じゃない?!?」

 その2~3日後に、いつものようにサンドウィッチとシュークリームという舌がとろけるような美味な餌を持ってきて、訪問されたあの方は、いままで見たこともないほど取り乱していました。


 どうやら俺は期待以上の成果を上げられたようです。

 ちなみにニャンコ導師は、このお方の麗しいお姿を見た瞬間――感激のあまりでしょうか?――なぜか泡を吹いて卒倒しました。


「あなた様のためにがんばりました! ぜひ――」

「交尾はしないよ!!」

 あっさり断られました。


 そういえば、以前、アホそうななニンゲンの雄が言ってました。

「えーと……では、せめてキスを――あ、別に口でなくていいので、足の裏でもなんでも舐めますので」

「……君、せっかく美男子(ハンサム)に進化したのに、性格が残念になってきてるねぇ」

「はあ。そうなんですか?」

 美男子(ハンサム)とか言われても、いまいち良くわかりませんが、『強くなった』という意味でしょうか?


 それから、あの方は喜び勇んで山盛りのサンドウィッチとシュークリームを食べる仲間達やコボルトたちを見ていましたが、なにか吹っ切ったようなため息とともに右手の甲を差し出してきました。

「……まあ、がんばったご褒美に、ここに口付けするくらいは許してあげるよ」


 うおおおおおおおおっ! 遂に! 遂に! 生まれて早5ヶ月! ついに俺は交尾に至る一歩を踏み出すことに成功したのです!!


 跪いて震える手であの方の手を受け取った俺は、そっと接吻しました。

「………」

「………」

「……がぶっ!!」

「きゃあああああああああああああああ!! 食べられるぅ!!」

「オレサマオマエマルカジリ」

 自分でも何をやっているのかわかりません。ぷにぷにと柔らかくてすべすべの肌と雌の匂いを嗅いだ途端、俺の中の何かが弾け飛びました。

「いやあああああああああああああああ!!」

 なんか凄まじい勢いで、あの方の拳が振るわれ、気が付いたら霞む目で、ダンジョンの天井を眺めていました。


「うわっ、まだ生きてる!? やばい、このまま進化したらマジでやばい! ここでトドメ差しておいた方がいいかも……!」


 あの方の可愛らしい声を聴きながら、俺の意識は真っ白に溶けていきました。

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