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恋のまにまに  作者: 羽元樹
5/11

1部1話「銀髪青瞳の戦国姫」5

「おはようじゃ」

 挨拶をして教室に足を踏み入れる。

「…お、お、おはようございま…す…」

 私の背後に隠れるように、史華も教室に入る。

 クラスメイト、総勢42名のうち、中にいたのは12名。

 12名はもれなく、私たちに沈黙と驚愕で答えた。

 彼らが真っ先に浮かんだ言葉を口にしたのは、クラス委員長の浅井可憐。

「貴女はどなたなの?」

 言われてみれば、入院前は、髪を黒く染め、きつく後ろで縛り、黒のカラーコンタクトを施していた地味を絵に書いたような人間だった。今の銀髪、癖っ毛、青い瞳の人間が、その『地味を絵に書いたような人間』と同一人物だとは思うまい。

 そもそも地味に生きていくつもりだったので、銀髪青瞳であることを史華以外には教えなかったのだが。

 しかし、だ。

 質問をしてきた可憐を見る。つり上がった大きな瞳、細い眉、栗色の長い髪を編み込んでおり、近づけばバニラ系の甘い香水の香りが微かに私の嗅覚を刺激する。背は私より少し低めで160前半ほどか。猫科の生き物を連想させる彼女は、口と態度が脳と直結していると私は認識していた。

 正直、私が苦手なタイプだった。入学して一ヶ月…入院したことを除けば半月ほど、彼女とクラスメイトをしているが、言葉を交わした記憶がない。

 今回のように、彼女は挨拶を返すことをしないので挨拶すら交わしたことがないということになる。

「わらわは、神代翼姫じゃよ。まぁ、挨拶も交わさないクラスメイトのことなど知らぬかもしれぬがな」

 遠まわしに挨拶をしろと揶揄しているのだが、可憐は気づかなかったようだ。

「微かにだけど、覚えているわ。覚えようにも特に特徴のない人なので、はっきりと記憶できてないけれど」

 イヤミに聞こえる発言だが、彼女に他意はない。思ったままと言っているのだ。

 だが、彼女の言葉に数人がくすくすと小さく笑う。可憐の発言よりも、こういう卑下したような笑いのほうが精神的な不快感は強い。

「あぁ、そういえば、精神崩壊して多重人格になったのよね?退院おめでとう。ご愁傷様」

 なんで普通に毒をはけるのだろうか。

「お陰で、無事に退院できたのじゃ。これからもよろしく頼むぞ」

「お陰もなにも、私は何もしていないし、これからもよろしくする気はないのだけれど」

 可憐の発言は周囲の嘲笑で彩り、私の心を容赦なく抉る。

「で、質問なのだけれど、その銀髪に青い瞳はなんなのかしら?ナメクジがオシャレしたって、所詮カタツムリになっただけでしょう?人間になれるとでも思ったのかしら?」

「これは地毛じゃの。瞳の色も元々青じゃ。母親がロシア人でのう。目立つので染めておったのじゃ」

「元々カタツムリだったということなのね。明日には忘れてしまいそうだけど、理解したわ」

 クラスの半分は可憐の発言を面白がっている。主に女生徒だ。残り半分はピリピリとした空気に引いている。こちらは男子生徒である。

 女子同士の舌戦というものは、男子にはキツイのかもしれない。

「でも、精神異常者が登校できたのね。許可は貰ったの?」

「うむ。学年主任を通してではあるが、校長先生からも許可をもらっておるぞ」

「じゃあ、その後ろのハムスターは、カタツムリが発狂しないように監視しているのかしら?」

 あ。

「でも、そちらのハムスターは弱そうで、悲愴で、哀れ。類は友を呼ぶともいうから、群れを成すことで虚勢をはろうとでも言うのかしら?」

 全身に茨が絡み、刺が生えていくような感覚。

 自分のことを馬鹿にされても、彼女の悪態に呆れこそすれ、怒りを感じることはなかった。

 しかし、その悪態が史華にまで及ぶと、心が怒りに支配されていく。

 憤りとでも言うのだろうか。

「あいさつもしない?貴女がカタツムリから人間にでもなれば、あいさつもするのだけれど。そちらのハムスターは声が小さすぎて人語を話したかどうかも危ういレベルね」

 可憐の言葉には、やはり他の女生徒の嘲りも形成される。

 なんだろうか、この既視感。

 あぁ、そうだ。京の都。宮中に巣食っていた公家たちに似てるんだ。

 可憐も女生徒も、そしてあの公家たちも、高等な教育を受け、有り余る知識と知恵を有しておきながら、その能力を国のため、周囲のために使わず、名誉と保身と他人を蹴落とす事に夢中だ。

 弱っている相手を共通の敵とし、蹴落とすことで自分の保身を確保しているのだ。

 きっと、可憐は私を敵としてみなした。そして、そこに私の傍にいた史華も加えた。

「……おい、浅井…言い過ぎだ」見かねた男子が止めに入るが、悦に入った可憐の耳には届いていない。

 入院していたのも事実だし、見た目も口調も変わったのだ。異物を敵と見なした。それは甘んじて受けよう。

「お主。……史華は関係ないであろう?」

「あら、二人で一人じゃないの?」

「確かに『可憐』という名前が現すように、お主の容姿は美しく可憐じゃの。しかし、心の中は虚勢をヘドロと嫉妬、悪意と卑下、そういった醜いモノで形成する……下衆とはお主たちのような者を言うのじゃろうな。もう一度言わせてもらおうかの」

 可憐を筆頭に後ろを取り巻く女生徒たちに、ゆっくりと視線を漂わせ。

「お主たちは、誠に下衆よの」

 まさかの反抗に下衆達の表情が消える。物言わぬ者への優位性が揺らいだとでも認識したのか。

 しかし、彼女たちに救い女神が現れる。

「神代。何をしてるの?早く席につきなさい」

 私の後ろには担任の宇喜多優希が、気だるそうな表情で立っていた。

「面倒事はやめて。表面上だけでもいいから、仲良くしてよ」

 右手を振り、さっさと席に付けとジェスチャーをする。

 事なかれ主義の担任に悲嘆を覚えながら、教室の右端最前列の席に座る。

 私の背中に注がれる女生徒の視線は悪意と敵視が込められていた。男子生徒からは同情と応援の視線を感じるが、それが返って女生徒の感情を逆なでする一因になっていようとは、彼らも思うまい。

 教室の中は戦国時代さながらの緊張感が満たしていた。


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