1部1話「銀髪青瞳の戦国姫」4
同じ制服を着た生徒たちの数は多く、その姿を視界内に捉えたのは僅かな時間だった。
でも、見間違えるはずもない!あれは確かに景虎さまだった!
「……つばきちゃん、景虎さまって?」
きっと殺気立っているに違いない、目を凝らし生徒の顔を確認しながら、史華を見ずに応える。
「わらわ……絶姫の想い人じゃ。長尾景虎さま…」
いない。
いない。
いない!
「落ち着いて、つばきちゃん!」
史華の声に冷静さを欠いた私の焦りが鎮火していく。
すると私を取り巻く周囲の状況が見えてくる。
遠巻きに、怪訝そうな表情で私を見つめる生徒たちの目があった。
「……礼を言うぞ、史華」
そうだ。いるはずがないのだ。
景虎さまは遠い昔に亡くなっているのだから。
肩で呼吸し、予想以上に身体が汗で湿り気を帯びていることを自覚する。
史華が私の右腕を抱き、心配そうな視線で私の顔を覗き込む。
「もう大丈夫じゃよ、史華。大丈夫じゃ」
「…保健室にいく?」
「いや、教室に向かおうかのう」
きっと景虎さまではない。
だが、瓜二つの人間がこの学校には存在する。
絶姫ではない、翼姫の記憶に微かに景虎さまに似た人物の姿を記憶している。
それがだれだったのか、どうしても思い出せない。
顔を見た程度で、言葉を交わすような関係性ではなかった筈だ。
希薄すぎる関係性から、誰であったか、正解など導き出せるはずもなかった。
史華が私の腕を抱いたまま、校舎へと誘導を始める。
どうしてもすれ違う生徒の顔を確認してしまう私を心配してか、焦燥に駆られた空気を断つように、史華が言葉を口にした。
「つばきちゃん、入院生活はどうだった?」
校舎へと続く12段の階段を上る。
「……元気な人間が入るモノではないのう。返って本当に病気になるのではないかと思うほどじゃったの」
「そ、そうなの?」反応を示しながら、しばし私から離れ、靴箱で上履きに履き替える。それに習い私も上履きに履き替えると、史華が私の右手を掴んでくる。
「うむ。史華も一度、やってみるといい。MRIという検査を。脳をスキャンされるのだが……まるで、考えていることが視覚化されているんじゃないかと思うのじゃ」
私の言葉に、史華は無意識に私の右手を握る手に力に力が入る。
「…心が見透かされるような?」
「そうじゃな。なんと言えば良いだろうか?…思考を丸裸にされたような羞恥を覚えるのう」
「うわ、絶対いや」
「わらわとて嫌じゃったよ。しかし、仕方あるまい。絶姫の記憶が蘇ったのじゃから。脳を確認するのは至極当然のことじゃよ」
私たち1年生は三階に教室がある。二人で、階段を上り始めた。
「記憶が蘇る、かぁ。私、それがうまく理解できなくて。要するに、今、私と手を繋いでるのは『絶姫』ちゃんなの?『つばき』ちゃんなの?」
「絶姫はとうの昔に死んでおる。間違いなく『翼姫』じゃよ」
「じゃあ、記憶が蘇るってどういうことなの?」
少し逡巡し、説明しづらい事案を言葉にしようと試みる。
「うまく伝え切れるか自信はないのじゃがの」と一言断り、言葉を繋げる。
「神様って、どこに存在すると思うかの?」
突然の質問に、戸惑いながら、天井を指差す。
「て、天界、かな?」
「違うのう。神様は、おそらく見知らぬ誰かの精神を媒体とし、この世に現存しておるのじゃよ」
「え?うん?」
「わからぬよの。要するに史華にも、例えば天照大御神さまの記憶を宿している可能性があるということじゃよ」
「えええ!?」
「神様だけではない。わらわのように過去の人間も誰かの精神を媒体としている事があるのじゃ」
「わ、わからなくなってきた」
「わからずともよい。本来はあくまで媒体しているだけで、なんの影響もないはずなのじゃ。しかし、わらわに限っては、媒体していた『翼姫』に記憶が展開されてしまったということじゃ」
「……つばきちゃんは、絶姫ちゃんの生まれ変わりということではないの?」
「生まれ変わるもなにも、常にこの世に現存しておるのじゃ。生まれ変わり…輪廻転生ということは、わらわの知る限り『ない』と言えるのう」
「結局、つばきちゃんは?」
「わらわは、翼姫以外の何者でもない。正真正銘、翼姫じゃよ」
「そっかぁ……じゃあ、改めてよろしくね、つばきちゃん」
「こちらこそ、迷惑をかけるであろうが、よろしく頼むぞ、史華」
私たちはゆっくりと、1-Cの教室の扉を開けた。