1部1話「銀髪青瞳の戦国姫」1
暖かな光が外を満たしていた。
溢れんばかりの輝きだというのに、その中に身を投じる事のできない焦燥感が、光の代わりに私を満たす。
「まだ死にたくない」
その言葉だけが布団の中で動けない私の口から具現化される。
もう私の命は尽きようとしている。
そう。
太陽の輝きですら、私の消えゆく命の輝きを照らすことは叶わないのだ。
一筋の涙が私の頬を伝う。
……景虎さま。
死ぬ前にもう一度、景虎さまにお会いしたかった。
初めてお会いしたのは、景虎さまが上洛なされた時だったな。
景虎さま……。
「……まだ……死にたくない……」
これが、私、絶姫の最期の言葉だった。
ゆっくりと閉じる瞼の裏に浮かぶ長尾景虎さまの優しい笑顔。
ある意味、幸せな人生の終焉の形なのかも知れない。
春の日差しが永遠かのような眠りの世界からの覚醒を促す。
気だるさを押し殺して、楽園とも言えるベッドからの逃亡を図った。
眠気まなこをこすりながら、パジャマを脱ぎ、高校の制服に袖を通す。
伝統だけが売りの高校ではあるが、制服だけはこまめにリニューアルしており、今は白と青を基調としたブレザー。
少なくとも、この制服を目当てに入学する学生も少なからず存在するが、実際着てみると『汚れが目立つ』という最大の問題点を思い知るのである。
現在の生徒会は『革新』を掲げており、そのプランの中に『制服のリニューアル』というモノも含まれていたと記憶している。
今月、入学してきたばかりの私が『制服のリニューアル』しか記憶していないあたり、私にとってこの制服は不満でしかないのだろう。
ちなみに、白と青の制服だと靴下の色が自然と限られてくる。白、黒、青の三種類。私は無難に白の靴下をチョイスし、着用する。
姿見で確認し、差し色的な存在である赤いリボンを整える。
時計に目をやると、午前6時5分。
今まで、この時間をベッドの中で迎えなかったことなど、あっただろうか?
……あるわけがない。
ゆったりとした時間を堪能しつつ、部屋の片隅に置かれた姿見の前に立つ。
姿見には昨日と同じ姿をした、昨日とは違う私が写っていた。
母親譲りの癖のある髪を軽くブラッシングして、部屋を出る。
私の部屋は一階にある。
以前、2階に部屋があったのだが、寝坊して慌てて階段を降りようとして滑り落ちた経験があり、その日の夜には私の部屋は一階の客室に移動していた。
たった一度だというのに大げさな話である。
この家はリビングを通らないと、どの部屋にも行けない構造をしている。
コミュ障だった私には苦痛でしかない構造だと言えた。
「ふむ。おはようじゃ」
私は挨拶をしながら、リビングの扉を開ける。
「え?おねえちゃんですか?今日は早くないです?」
リビングの奥にあるキッチンから声がする。
私と違った黒々とした艶やかなストレートの髪をポニーテールに纏めた少女の姿、私の一つ下の妹『羽衣』だ。
中学3年生になったクールな羽衣は私の姿を見て、珍しく驚きの表情を浮かべる。
「おねえちゃん、髪の毛は結わないのです?それに少し、髪の色が落ちていますよ?今日はカラーコンタクトもされていませんし……なによりも、私が起こす前におねえちゃんが起きているなんて……」
「なんじゃ、羽衣。まるで天変地異のような物言いじゃのう」
私は小さく笑いながらキッチンへと向かう。
「……おねえちゃん、口調もおかしいです」
「そうかのう?朝食の支度をしておるのか?わらわも手伝おうか?」
「…………おねえちゃん、質問に答えてください」
包丁を握る手を止め、私に向き直る羽衣。
「……ふむ、そうじゃのう。羽衣は理解してもらえるかわからぬが、わらわの中に『絶姫』という戦国時代の姫の記憶が目覚めてのう。口調はそれの名残なのかもしれぬな。あっはっはっ」
「お母さん!おねえちゃんが壊れましたぁ!!!!!!」
「壊れたとはなんじゃあああああああああ!!!」
私は数日後に控えていたゴールデンウィークが明けるまで、脳神経外科、精神科を行き来、短期入院をすることになった。
入院をするきっかけとなったのは妹だが、退院をするきっかけも妹だった。
「……中身に違和感はありますけれど、結局のところ……この人は……おねえちゃんは、おねえちゃんのままのような気がします」
原因不明で持て余していた医者たちには、渡りに船の言葉だったのだろう。次の日には退院が決まっていた。
「もう髪の毛は染めないの?結わないの?カラーコンタクトは?」
ゴールデンウィーク明けの朝、普段は部屋から出てこない母が玄関までお見送り、そして私に質問攻めである。
母は限りなく白に近い銀髪に、癖っ毛、青い瞳。
いわば、今の私と同じ姿だ。目立つのを嫌い、髪を黒色に染め、青い瞳は黒のカラーコンタクトで隠してきた。銀髪も青い瞳も……そして、それを私に与えた母を忌み嫌っていた。
そして、忌み嫌った母自身、私へ罪悪感を抱いていたようだった。
「銀髪も、青い瞳もわらわであろう?隠す意味などあるわけがなかろう。……のう、母上?」
「翼姫ちゃん……」
涙目の母に優しく微笑んだ。
「……正直、この痛い口調でいつものように私を蔑んだ瞳で見つめられると……いつも以上にどうにかなりそうな気がする!」
私の口調以上に痛い発言をする母親を忌み嫌っても罰は当たらないような気がしてくる。
というか、いつもどうにかなっていたのだろうか?
「……確かに、わらわは目立つのを嫌っていたのも確かではあるがの。それ以上に日本人に憧れておったのじゃよ。なんで母親がロシア人なのであろうかと思うのは、至極当然ではないかのう」
「日本、私も好きだよ。一緒だね、私もどうしてロシア人なんだろう、日本人じゃないんだろうって思うもの。寝て覚めたら、日本人になってるんじゃないかなって」
「ふふ、似た者同士じゃな」
「当たり前よ、親子だもん。……こんな話、私が生きている間にできるとは思わなかったな」
「……絶姫が覚醒してよかったかの?」
私の言葉に、意外にも大きく首を横に降った。
「覚醒しようが、しまいが、私は翼姫ちゃんを愛してる。母親を舐めないでよね!」
「……わかった。では行ってくる……お母さん」
「……翼姫ちゃん、いってらっしゃい」
振り向いた事でふわりと浮く銀髪はドアから差し込む光を反射して輝きを宿す。
その輝きは母親の銀髪に咲く輝きと同じモノであることに、私は『親子』というものを実感したのだった。