ありがとうを言える、その日まで
想い初めて10年が過ぎた。
今、君は何をしていますか。
12月24日、今日も冷たい木枯らしが身を切っていく。それもそのはずだ。今朝のニュースで、今年一番の寒さになると勤勉そうな天気予報師が淡々と話していたのだから。
私は、その風に吹かれ葉が落ちた並木道を歩いていた。寒空の下外出するのは躊躇われたけれど、自宅にいても良い案が浮かばなかった。つまりは気晴らしのためだ。
しかし、今日という日はまずかったのを思い出す。
時すでに遅し、そんな言葉を身をもって思い知らされる。
不意に立ち止まった私を、仲睦まじい恋人達が通りすぎていく。瞬間、笑い声に振り返ると夫婦の間に挟まれた少女が街頭の元満面の笑みを浮かべている。
そんな通りすぎていった沢山の人達を私は羨ましそうに眺め、少し暑苦しくなったマフラーを緩める。
吐き出した白い息が体をまとわりついては離れ、空に昇って散り散りになってく。
「ねぇ、お姉ちゃん」
霧散していく白い息を眺め、群青色になりかけた天井の一番星を探し見上げていると、足元から声が聞こえる。視線を下に向けると、さっき通りすぎていった少女が何かを突きだし立っている。
「お姉ちゃん、お財布おとしたよ」
慌ててジーンズの裏ポケットに手をやると、確かに財布がない。
少女の、小さな手から愛用の財布を受けとりゆっくりと屈む。
「ありがとう。でも、私はお姉ちゃんじゃなくて、お兄さんなんだ」
「えっ、でも、髪の毛長くて、帽子だって…」
確かに、元から小さかった私は食べることより本を執筆することに力をいれていたせいか体重も減り、髪も伸ばしっぱなしにしていた。それに、被っているつば付のニット帽は女性もの。大人ならともかく、少女が見間違えるのも無理はない。
「ごめんなさい」
少女は私に向かって深々とお辞儀をして謝る。見た目は幼稚園の年長さんくらいなのに、随分としっかりしている。
「ううん、こっちこそごめんね。あっ、そうだ、拾ってくれたお礼をしなくちゃね」
普段から持っているポケットサイズのメモ帳に、ペンを走らせる。気に入ってくれるかわからないけれど、心ばかりの気持ちを込めて。
「はい、拾ってくれてありがとう」
ほんの数十秒、描いた絵は最近お気に入りのパンダのキャラクターだった。普段から絵を書いている訳ではないのだけれど、たまに描くのは良い気分転換になる。
差し出した紙を受けとると少女は目を丸くし、その後で笑みをこぼす。
「わぁ! 可愛いパンダさんだ! お兄ちゃん、ありがとう!」
丸くした目はキラキラと輝き、パンダの描かれた紙をまじまじと見ては満足げな表情を浮かべる。
「えみー、そろそろ行くわよー」
数十メートル先で、少女の母親が声をあげる。父親は、ケーキの箱と買い物袋を下げて微笑んでいた。
「うん、今行くね!」
くるりと体を反転させ、元気よく両親の元に走っていく少女。残り半分ほどの距離、少女は突然立ち止まり振り返る。
「お兄ちゃんありがとう! これ、大切にするね!」
元気よく手を振った少女に、こちらも小さく手を振る。喜んでくれたみたいでなによりだ。
両親の元につくやいなや、パンダを見せては笑みを振り撒いている。私は立ち上がり、その光景を背中が見えなくなるまで見ていた。
そして視界からいなくなった途端、私は空虚感に顔を歪める。
もし私が君をちゃんと理解してあげられたのなら、一緒に居れたのかな。
今日という日を二人で歩けたのかな。
二人の将来を、子供のことを話せたのかな。
家族で、歩くことが出来たのかな。
頬を伝う温かい涙。
一生叶わないことは、私が一番よく知っている。
ワガママなことだって理解もしている。
けれど、君が居なければ今ここに私は居なかっただろう。
君が、私を理解してくれなかったら、物語を書くことを止めていただろう。
あれから、私も成長して少しずつ大人になった。
今なら、君のこと全部全部わかってあげられる。
心の性別が違っても、愛してあげられる。
でも……
「もう、遅いんだよね」
誰にも聞かれることのない言葉は、吐き出された白い息と一緒に黒の帳が降りた空に消えていく。
ふと夜空を仰ぎみると、そこには黒によく映える白銀の星が散りばめられていた。
「それでも、私は…」
今、君は何をしていますか。
私は重い想いを抱え11年、まだ君を想っています。
ありがとうを言える、その日までずっと。
正直、これを読んで…「で、何?」と思われる方々が沢山いると思いますが、それは間違いではありません(笑)
クリスマス・イブを幸せに過ごしているかたには少しばかり後味の悪いことだと思います。(申し訳ありません(>_<))
他の作品は前向きな物が大半なので、宜しかったら別作品を口直しに読んでいただければ幸いです。因みに、御門心は今回限りのpnですので、以降はsugarで活動していきますので宜しくお願い致します(о´∀`о)
フィクションとノンフィクションの判定は、読者様に一任したいと思います!
ではでは、またの機会に。