雑木林にスーツケース。
先日、雑木林で一つのスーツケースが発見された。
第一発見者の男性金目の物が入っているのではないかという興味本意でそれを開け、想像と違うものを目にすることとなった。とはいっても雑木林に放置されたスーツケースという単語からは容易に想像がつくものなのだが、あまり現実味のないそれが目の前に転がっているとは思わなかったらしい。
中身を目にした男性はその場で腰を抜かしてしまい、警察に通報後彼らが駆けつけてもなお腰を抜かし倒れこんでいたという。
スーツケースのなかに入っていたのは少女の死体。胸元にナイフが深く刺さっており衣服は赤黒く染まっていた。しかしスーツケースのなかに血が溜まっている様子もなく、犯人は少女を殺害後彼女をスーツケースに詰め込んでここまで運んできたと思われる。駆けつけた警察官は少女に向かって手を合わせると、現場を荒らさぬように捜査にうちこんだ。
「それにしても、スーツケースをそのまま放置って......見つけてほしかったんスかね?」
細身の若い男性警察官は眉を潜めそんなことを口にする。
「見つけてほしいわけないだろう。わざわざスーツケースに入れて中身が分からないように隠してあるんだぞ」
それに答えたのは中年の男性警察官で、ガッチリとした体躯と焼けた肌からはベテランのにおいがこれでもかとした。
「本当に見つかりたくないなら埋めるなりそれなりのことをすればいいってのに、そのまま放置ってなめてるんスかね。時間もそんな経ってないように見えるんスけど」
若い警察官がぶつぶつと愚痴をこぼすようにいったそれに、中年の警察官はそうだなと同意の意を示した。そこに、後から駆けつけた女性警察官が合流した。
「青井さん!これ、見てください」
「なんだ?」
青井さんと呼ばれた中年の警察官は、女性の警察官が持ってきた携帯電話の画面を見る。そこに写し出されていたのはスーツケースを手にした背の高い人物だった。
「おい、これ...」
「駅の防犯カメラです。たまたま駅員に聞き込みをしたところ、昨日スーツケースをもった男が駅を利用していたという情報があり防犯カメラの映像を撮らせて貰いました。偶然かもしれませんが、犯人である可能性は高いと思われます」
防犯カメラに写し出されていたという男性は、ニット帽やサングラス、マスクといった顔を隠すものを身につけておらず、身元を突き止めるのは容易であるように思われた。
「そうだな、とりあえずこいつに話を聞いてみるとしよう」
男の足取りを追った警察官は、数日後男が住むとされるアパートを訪ね事件についての聞き込みを行った。
男は犯行を否定するどころか見つかってしまいましたかなどと口にし、自らが犯人だと言い切ったらしい。
「この前のスーツケースの犯人なんスけど、なーんかあっけなかったというか......捕まる気満々って感じで逆に犯人じゃない気がしてくるんスけど。どう思うッスか、御剣さん」
御剣と呼ばれたあの時防犯カメラの映像を見つけた女性警察官は
「そりゃ本人がそう証言していることだし、私たちが口出しすることでもないでしょう。私は仕事が早く片付いてありがたいぐらいだけどね」
そう言いながらデスクの上の資料を半分手に取り、隣のデスクへ移していった。
「仕事が早く片付いてって、いっつも俺に仕事押し付けてるんだから変わらないじゃないッスか」
隣の席の若い警察官は押し付けられた資料をバシバシ叩くと
「今日は犯人のおかげで仕事が減ったんスから、残りの分は自分でやってくださいッス!」
増えた資料を元あった場所へと突き返した。
「仕方ないわね、今日だけよ?......それにしても今回の犯人は結構面白かったわね」
今日だけという御剣の言葉を無視して、若い警察官はたずねる。
「何がッスか?」
御剣は資料を片手に話し出す。
「んーそうね、例えばだけど移動に電車を使ったこととかかしら。彼は車を所有してるにも関わらず人目の多い電車を利用した」
そう、後からわかったことだが犯人は車を所有していた。スーツケースを運ぶにしても中の見えない車を使用した方が安全である。
「ナンバープレートから身元がわれるのを恐れてたんじゃないッスか?それに、車なんてどこのカメラに映り混むかもわからないッスし」
「それは電車も同じじゃない。現に犯人の尻尾をつかんだのは駅の防犯カメラだった。それに、途中まで車で移動するでもなく、最寄の駅から電車を利用していたんでしょ?身元がわれる確率はこっちの方が高いと思うんだけど」
「えー、そんなこと俺に言われてもわかんないッスよ。犯人がそう思った、それじゃダメなんスか?」
「それもそうなんだけど、わざと人目の多い交通機関を使ってまるでスリルを楽しんでるみたいじゃない?」
御剣はニッと口元に弧を描き
「じゃ、私は終わったから先にあがるわね」
と、ヒールの踵をコツコツならし扉の向こうへ姿を消した。
「そんな早く終わるんなら毎日俺に押し付けないでくださいッスよ!」
残された若い警察官は自分デスクに積まれた資料を片付けながら、誰もいない室内に反響するような声で不満を口にした。