雪だるまになった少年
女の子は寒いのが大嫌いでした。だから、フェルト地のワンピースの上に水鳥の羽が詰まった上着を着て、毛糸の帽子と手袋と靴下を着け、革のブーツを履いて森へやって来ました。
森の小道を歩いてすぐに、女の子は一匹のキツネが雪の中でぶるぶる震えているのを見付けました。女の子はキツネに言いました。
「今年の冬は寒いわね」
するとキツネは言いました。
「本当に寒いね。この大雪のおかげで、ネズミを捕まえるのも一苦労だよ。だって、いつもいつも雪の下に前足を突っ込まないといけないんだ。おかげで、僕の前足は霜焼けさ」
女の子は手袋を脱ぐと、それをキツネに渡して「あなたにあげる」と言いました。
「いいの?」
キツネはびっくりして手袋を受け取りました。
「私は寒いのが嫌いなの。これで、寒がってる子が一人減るんだから、すごく嬉しいわ」
「ありがとう、お嬢さん」
何度もお礼を言うキツネに別れを告げて、女の子は森の小道を進みます。
次に出会ったのは狼でした。彼も雪の中でぶるぶる震えています。女の子は狼に言いました。
「今年の冬は寒いわね」
すると狼は言いました。
「本当に寒いな。草原は霜が足に食いついて痛いから、森まで鹿を探しに来たんだが、こっちはひどい雪で狩りどころじゃない。おかげで俺は腹ペコだ」
女の子はブーツを脱ぐと、狼の後ろ足に履かせてあげました。それから、ちょっと困った顔を見せます。
「前足の分はどうしよう」
狼は首を振ります。
「後ろ足だけでもじゅうぶん温かい。これなら、また草原へ戻れそうだ。ありがとう、お嬢さん」
「どういたしまして」
女の子は狼に別れを告げて、森の小道を進みます。
しばらく行くと、背中に雪を積もらせた夜鷹が、枝の上にしょんぼり止まっているのを見付けました。女の子は夜鷹に言います。
「今年の冬は寒いわね」
すると夜鷹は、悲しそうに言いました。
「あたしは毎年、雪なんて降らない南の国で冬を越してるの。今年が去年より寒いかどうかなんて知らないわ」
女の子は、夜鷹が渡り鳥だと言うことを思い出しました。彼女たちは春にやって来て、この森で夏を過ごし、冬には南へと去って行くのです。
「それじゃあ今年はどうして、ここにいるの?」
夜鷹は、小さくため息をつきました。
「渡りの前に、羽根を怪我して取り残されてしまったの」
夜鷹は背中に積もった雪を、ぶるぶると払い落としました。女の子は水鳥の羽が詰まった上着を放って、夜鷹に掛けてあげました。
「まあ、とっても温かいわ。ありがとう、やさしいお嬢さん」
女の子は夜鷹に笑顔をひとつくれて、森の小道をどんどん進みます。
すると一匹の穴熊が、辺りをきょろきょろ見回しながら、道の真ん中にやってきました。女の子は穴熊に言います。
「今年の冬は寒いわね」
すると穴熊は首を振りました。
「私は今年の春に生まれたから、去年の冬のことなんて知らないの。でも、三回も冬を越しているお母さんが、とても寒がってるから、きっと今年はとびきり寒い冬なのね」
そうして穴熊はまた、きょろきょろ辺りを見回します。女の子は気になって聞きました。
「何か探し物?」
「ええ、そうよ」
穴熊は言って、大きなため息をつきました。
「お母さんを温めてあげたくて、巣穴に敷く乾いた苔を探していたの。でも、みんな雪に埋まってしまって、これじゃあ見付けようがないわ」
女の子は、毛糸の帽子を穴熊に渡して言いました。
「これなら苔に負けないくらい温かいと思うの」
「あら、そうね。確かに、これは苔よりもふわふわで温かいわ」
「よかったら巣穴に持って帰って、お母さんを温めてあげて」
「ありがとう、お嬢さん」
何度も振り返って、お辞儀をしながら巣穴へ帰る穴熊を見送り、女の子はまた歩き出します。
次に出会ったのは兎です。雪の中の兎は、平気な顔をしていますが、その耳は赤く霜焼けていました。女の子は兎に言います。
「今年の冬は寒いわね」
すると兎は首を傾げました。
「寒くない冬など、あるのかね?」
「いいえ。でも、今年はとびきり寒いでしょう。だって、あなたの耳が霜焼けで真っ赤になるくらいだもの」
すると兎は笑い出しました。
「寒ければ霜焼けになるのは当然じゃないか。程度もあるが、私の耳は毎年こんなものだよ」
「でも、霜焼けになるのは嫌じゃない?」
「そりゃあ、確かに愉快ではないな。しかし、冬とはそう言うものなのだ。我慢するしかない」
女の子は少し考え、毛糸の靴下を脱いで兎の耳にかぶせてあげました。
「温かくする方法があるなら、我慢することはないと思うの」
兎はじっと女の子を見て、それから頷きました。
「君の言うとおりだ、お嬢さん。辛いことを我慢するより、辛くならないように色々工夫をする方が、ずっといいな。素敵な靴下をありがとう」
「気に入ってもらえてよかったわ」
女の子はにっこり笑顔を残して、小道を進みます。
今度は女の子より、ずっと小さな女の子が、道端の切株に腰をおろして震えていました。小さな女の子の服は汚れてつぎはぎで、あちこちに穴が空いています。女の子は、ぼろを着た女の子に言いました。
「今年の冬は寒いわね」
すると、ぼろを着た女の子は、がたがた震えながら言いました。
「そうね。でも、本当に恐いのは寒い夏よ。今年の夏は、ひどく寒くて小麦が一粒も穫れなかったの。そのせいで、私の家は食べるものが少なくなって、私はこの森に捨てられた。私がいると、春を前に家族が飢え死にしてしまうから」
女の子はフェルト地のワンピースを脱ぐと、ぼろを着た女の子に着せてあげました。
「まあ、温かい。ありがとう、おねえちゃん」
捨てられた女の子は嬉しそうに笑いました。
「ごめんなさい。何か、食べられるものをあげられたらよかったのに」
女の子がしょんぼりうなだれると、捨て子の女の子は笑顔で首を振りました。
「おねえちゃんがくれた服のおかげで、からだが温まったから食べ物を探しに動けるわ。雪の下には、甘いドングリがたくさん埋まってるのよ。知ってた?」
女の子は首を振り、捨て子の女の子と一緒にドングリを探しました。捨て子の女の子が言うとおり、雪の下には二人の両手にあまるほど、たくさんのドングリが埋まっていました。二人はドングリを一つずつ食べ、ほんのり甘い味に顔を見合わせ微笑みました。
「そろそろ行くわ」
女の子が言うと、捨て子の女の子は寂しそうに頷きました。
「さようなら、おねえちゃん。温かい服をありがとう」
「さようなら、小さい子。ドングリの秘密を教えてくれてありがとう」
女の子は、捨て子の女の子をぎゅっと抱きしめてから、また森の小道を進みます。
それからしばらく、女の子は誰とも会いませんでした。女の子がひとりぼっちでなくなったのは、小道が途切れ、森の真ん中のぽっと開けた場所にやって来た時のことです。
「こんにちは」
女の子は声を掛けますが、そこにいた彼はうんともすんとも言いません。でも、それは仕方のないことでした。なぜなら、彼は雪だるまだったからです。
「今年の冬は寒いわね」
女の子は構わず話し掛けます。すると驚いたことに、雪だるまが口をききました。
「僕は雪だるまなんだ。寒いわけがないだろう?」
「そうなの?」
「そう言うものさ」
雪だるまは黙り込み、何もない空を見上げています。女の子も並んで空を見上げますが、灰色の雲が暴れる川のように流れるだけで、変わったものは何も見えません。
「こんなところで、何をしているの?」
女の子が聞くと、雪だるまは答えました。
「待ってるんだ」
「誰を?」
「恋人だ。去年の冬に亡くなった」
女の子はため息をつきました。死んだ人が、もう二度と帰ってこないことはみんな知っています。なのに、どうして彼は死んだ人を待ち続けようと言うのでしょう。
「それには、ちゃんと理由があるんだ」
雪だるまは空を見つめたまま、彼の身に起こったことを話し始めました。
雪だるまは、元は人間の少年で、この辺りを治める領主さまの息子でした。でも、彼には二人のお兄さんがいたので、跡継ぎにはなれません。そこで、領主さまと仲のよかった、ある村の村長が、彼を自分の養子にしたいと言いました。長の家には、跡継ぎになる男の子がいなかったからです。長の家に迎え入れられた少年は、そこで長の娘と出会い、二人はたちまち恋人同士になって、大きくなったら結婚しようと誓い合うようになりました。もちろん、長はそれをとても喜び、彼ら家族はずっと一緒に暮らしてゆけると思っていました。
ところが少年のお兄さんが、二人とも病気で死んでしまったせいで、少年は後継ぎとして領主さまの家へ呼び戻されてしまいます。領主さまの後継ぎとなった少年は、隣の領地の領主さまの娘と結婚することを決められてしまいました。でも、少年と村長の娘は、どうしてもお互いをあきらめられず、森の真ん中にあるこの場所で、みんなの目を盗んで会い続けました。そうして、ある冬の日、とうとう我慢できなくなって、二人は一緒に逃げることにしたのです。二人は旅の支度をして、三日後の夜にここで会おうと約束しました。ところが、少年の恋人は約束の日になってもやって来ません。
少年は、寒い夜をひとりぼっちで待ち続けました。朝になっても恋人が現れないので、彼はこっそり村長の家を訪れました。村長の家には村人たちが集まり、みんな悲しい顔をしています。泣いている人もいます。少年は村人の一人に尋ねました。
「何かあったのですか?」
少年はみすぼらしい旅人の格好をしていたので、村人は彼を領主さまの息子だとは気付きません。
「村長の娘さんが、病気で亡くなったんだ。つい昨日のことだよ。とても優しくて、可愛らしいお嬢さんだったのに。残念なことだよ」
少年は驚き、嘘だと叫びたくなるのをこらえました。
「それは、お気の毒なことです。こうやって通り掛かったのも、神さまのお引き合わせと思いますので、僕もおくやみを申し上げて来ましょう」
「それは良い考えだね、旅の方」
少年は村人にお礼を言うと、娘の棺の前で涙ぐむ村長のところへ行きました。村長は、旅人の正体に気付いて驚きますが、少年が唇の前に指を立てるので、知らないふりをしました。
「私は通り掛かりの旅人です。お嬢さんが亡くなられたと聞いて、おくやみを申し上げに参りました。とてもお優しく、可愛らしいお嬢さんだったとうかがっております。本当にお気の毒なことです」
村長はぽろぽろ涙を流して頷きました。
「旅の方、ご親切にありがとうございます。最後のお別れに、あなたがいらして、娘も喜んでいることでしょう」
少年と村長は抱き合いました。少年は泣き出しそうになるのを、一所懸命にこらえました。
「私はちょうど、女の子の服を持っています。旅費の足しにしようと、次に訪れる町で売るために仕入れたものですが、お嬢さんの旅立ちに供えさせていただけないでしょうか」
村長は、何度も頷き言いました。
「ありがたいことです。お断り出来るはずもございません」
少年は荷物を解いて、女の子の服を取り出し、恋人が安らかな顔で眠る棺に、一つずつ収めて行きました。
最初に、赤い毛糸の手袋。
次に、羊の革のブーツ。
次に、水鳥の羽毛を詰めた白い上着。
次に、赤い毛糸の帽子。
次に、赤い毛糸の靴下。
最後に、もみの木のように青々とした、フェルト地のワンピース。
それはみんな、恋人が冬の旅路に凍えないようにと、少年が買いそろえたものです。
少年は、何度もお礼を言う村長に別れを告げ、恋人と約束した森の真ん中へ向かいました。もう、ここへ恋人がやって来ることはありません。少年も、そのことは分かっています。でも、泣きたいのをずっと我慢し続けたせいで、彼の心は悲しみにすっかり凍りついてしまい、そんな当たり前のことさえ受け止められなくなっていたのです。それに、彼が約束を守って待ち続けてさえいれば、恋人が今でも、ここへ向かっているように思えました。いつしか凍りついた心は身体も冷やし、少年はとうとう雪だるまになっていました。
春になっても、彼は溶けませんでした。それどころか夏になっても、彼の周りは雪が積もったままです。秋になって、また冬になった今も、彼はここにいます。来年も、再来年も、いつまでも、彼は永遠に雪だるまでいるつもりでした。もう、人間に戻りたいとは思いもしません。心が凍っていない人間なら、いつか恋人を失ったことを認め、彼女を忘れてしまうに違いないからです。永遠に融けることのない雪だるまなら、彼は悲しみを胸に抱えたまま、ずっと恋人を忘れることはないでしょう。
雪だるまの話を聞いて、女の子は耳を霜焼けにした兎のことを思い出しました。でも、すぐに、もっとひどいと思い直します。雪だるまの少年は兎と違って、自分が凍えていることにも気付いていないのです。なんとか彼を温めてあげたいと思いますが、あいにくと彼女が身に付けているのは下着だけです。こんな薄っぺらい布きれでは、彼を温めてあげることなどできません。
女の子は考え、ふと思い付きました。女の子は雪だるまを抱きしめ、彼に自分の体温を分けました。彼女があげられる温かいものは、もう、それしかなかったのです。
「馬鹿なことは止めるんだ。そんなことをしたら、君は凍えて死んでしまうぞ」
雪だるまは驚いて言いますが、女の子はやめません。
「おかしなことを言わないで。私は、こんな雪の中で、こんな下着だけの格好でも、ぜんぜん平気なのよ。雪だるまを温めるくらい、どうってことないわ」
女の子の体温で、雪だるまはじわじわと溶け出しました。
「止めてくれ。僕を温めないでくれ」
でも、女の子は止めません。
「駄目よ。あなたは凍えているわ。私は寒いのが大嫌いなの。だから、寒がっているあなたを放ってはおけない」
雪だるまは叫びました。
「僕は寒がってなんかいない」
「いいえ。それなら雪だるまになんかに、なるはずがないわ。寒くて寒くてどうしようもなくて、あなたは雪だるまになってしまったの。凍えるあなたが温まるまで、私は止めたりしない」
雪だるまはすっかり融けて、元の少年に戻りました。少年はぽろぽろ涙を流しながら、女の子をぎゅっと抱きしめました。
「ああ、どうして僕を融かしてしまったんだ。僕はずっと、彼女を想っていたかったのに」
「私なら恋人が不幸せなまま永遠に想われるより、忘れられて幸せになってくれる方が嬉しいわ」
そう言ってから女の子は、ちょっと考えて付け加えました。
「幸せになっても、永遠に忘れられず想われる方が、百倍嬉しいけどね」
少年は涙を拭いて笑いました。
「そうだね。もう僕は雪だるまじゃないから、永遠には無理だけど、生きている限り彼女のことを想い続けるよ。もちろん、幸せになってね」
女の子はにっこり笑って、こう言いました。
「約束?」
「ああ、約束だ」
そうして少年は女の子に別れを告げて、森の小道を歩き出しました。彼はすぐに、彼が恋人にくれた緑色のワンピースを着た女の子を見付けて言いました。
「やあ、寒くないかい?」
「平気よ。さっき通り掛かりのおねえちゃんにもらった、この服がとても温かいから」
「それはよかった」
雪だるまだった少年は、にっこり笑って言いました。
「僕もついさっき、彼女からとびきり温かいものをもらったばかりなんだ。もしよかったら僕と一緒に来て、その子のことを話し合わないか?」
女の子は嬉しそうに笑顔を返します。
「ええ、いいわ。でも、おねえちゃんとはさっき会ったばかりで、あまりたくさんは話してあげられないと思うの」
「心配いらないよ。その分、僕がたくさん知っているからね。まず僕が彼女と最初に出会ったのは――」
二人は手を繫ぎ、彼らが出会った優しい女の子について話し合いながら、森の小道を歩いて行きました。
半分くらい書いたところで、グリム童話に「星の銀貨」と言う似た話があると知りました。いろいろ悩みましたが、たぶん全然違う話になってると信じてアップします。私としては、ただ女の子が脱いで行く話を書きたかっただけなんですが……