ヴァルキリーズ・ストーム外伝 男前な女とヘタレ男
……これが戦記か?というご意見もあるでしょうけど、大目に見てやって下さい。殺し合いだけが戦記ではないはずですから……。
ピーッ!
コクピット内に敵接近の警告が鳴り響く。
米国大統領警護騎士団のメサイア“グレイファントム”がモニター一杯に映し出される。
「―――ちいっ!」
美奈代は、メサイアを後退させて、グレイファントムが振り下ろした斧の一撃をかわす。
グンッとくるGを感じつつ、美奈代は斧を振り下ろしたグレイファントムの右腕に、素早く剣を振り下ろした。
コンピューターが合成した衝撃音がコクピット内に響き渡る。
モニターの向こうで、グレイファントムの腕が斧と共に宙を舞った。
「よしっ!」
腕を破壊されたグレイファントムのコクピット部めがけて、美奈代はシールドを叩き付けた。
メサイア戦―――
その戦いは、甲冑を着込んだ人間同士の戦いのそれとほぼ同じ。
装甲の隙間など、急所を狙った戦い。
急所という特定の部位を狙う戦いで何よりモノをいうのは、武器の破壊力ではない。
武器を正確に、急所に突き立てるまでの段取りと、狙いを外さない技術だ。
シミュレーション訓練で、美奈代が痛感し、体得したのは、まさにそういうことだ。
ハンマーのようにグレイファントムに命中したシールドの一撃は、グレイファントムで最も重装甲が張られる部位―――つまり、弱い部位―――コクピット側面に命中した。
装甲により、機械としての破壊こそ免れるが、衝撃までどうしようもない。
人間が内臓破裂で死ぬように、グレイファントムもまた、コクピット内のパイロットという内臓を破裂させ、動かなくなる。
美奈代は、それを狙ったのだ。
美奈代の前で、グレイファントムが後ろに倒れた。
『ウィザード01、A01を撃破』
コクピット内に、管制官の判定が伝えられる。
敵、撃破。
美奈代はそれに喜ぶヒマを自らに与えなかった。
戦況モニターを一瞥し、最も近い敵を探す。
敵A03と交戦中の都築騎の背後を狙う敵A05に狙いを定めた美奈代が、都築に怒鳴った。
「都築!」
その声に反応したように、敵A03の首をはねた都築騎が、敵A05に向き直った。
美奈代と都築が、敵A05に襲いかかったのは、ほぼ同時だった。
「やっぱスゴイねぇ!」
酒保で神城双葉が感心したような声を上げた。
「都築っちと美奈代っち、相性バツグンじゃん!」
一葉に光葉も双葉の横でうんうん頷いている。
「―――あのなぁ」
美奈代は呆れた顔で言った。
「何度も言うが―――神城」
「へ?」
「私を美奈代っちと呼ぶのはやめろ。ここは軍隊だぞ?」
「なら、美奈代っちだって、“私”じゃなくて、“自分”じゃん」
「う゛」
「ね?だからいいの」
「よくわからない理屈だが……」
渋い顔をする美奈代が、お茶の入った紙コップを手に取った。
美奈代達は候補生。
軍隊内では新兵以下だ。
将校士官兵牛馬士官候補生。
それが、陸海、そして近衛三軍の変わらぬヒエラルキーなのだ。
最下層にいる美奈代達にとって、酒保は決して居心地のいい場所ではない。
「酒」保と名付けられているが、未成年者である美奈代達は当然、酒は買えないし、購入できるモノも限られている。
菓子やサイダーなどの甘味類は大目に見られているが、月1万円を超えるて物品を購入すると、「酒保止め」といって、翌月は酒保が利用できなくなる。
石けんなどの日用品から、美奈代達にとって生命線でもある生理用品までが止められてはたまらない。
その上、教官達が大手を振って利用する施設である以上、美奈代達候補生は、自然と小さくなって利用するしかないのだ。
だから、美奈代達も周囲の目を気にして、タダのお茶くらいしか普段は飲めない。
それが変わらぬ伝統なのだが―――
現代育ちの娘達には、どうにもそういうことが理解できない。
美奈代の前の娘達は、周囲をお構いなしにペチャクチャしゃべりまくりだ。
「ところでぇ―――美奈代っち」
「ん?」
光葉が興味津々という顔で美奈代に尋ねた。
「都築っちとは―――もうシたの?」
「何をだ?」
「セッ○ス」
「……」
美奈代は、紙コップに口を付けたまま固まってしまった。
「もしかして―――まだ?」
「当たり前だ」
美奈代は平静さを装って答えた。
「誰が、あんなヤツと」
「そういえば、光葉」
一葉が言った。
「都築っち、この前、美奈代っちのこと、どう思ってるか言ってたよね」
「へ?ああ、あれ?」
「……」
興味はない。
美奈代はそういう態度でそっぽを向いた。
全く、馬鹿げている。
美奈代はそう思った。
学校時代からそうだ。
どうして女は二人以上集まると、そういう話題になるんだろう。
信じられない。
もっと、健全な話をするべきだ。
そう、美奈代は思った。
「ねぇ……美奈代っち」
恐る恐るという顔で美奈代に言ったのは一葉だ。
「興味あるなら、あるって言っていいよ?」
「ない」
「耳がダンボってる」
「……」
「聞きたい?」
「聞きたくない」
「興味ない?」
「ない」
「……分隊長として、隊内での評価は、耳にしておいていいと思うけどなぁ」
どこまでもつっけんどんな美奈代にそう囁いた悪魔は、双葉だ。
「そうか?」
「そうだよ。隊内の評価は、後々の評価の下地だって、教官も」
「そうか―――そうだな」
美奈代は三人に向き直った。
「―――で?」
「サイダー飲みたい」
ドンッ!
言った光葉達三人の前に、瞬間的にサイダーが出現した。
「早っ!」
「で?」
美奈代の目というか、気迫に押されたのか、三人は顔を見合った。
言って良いのか?
三人は躊躇したのだが、美奈代には、そうは見えなかった。
「もったいぶらずに言ったらどうだ?」
三人の前からサイダーをかっさらった。
「あーっ!ヒド!」
「言うよぉ!」
「サイダー!」
「言え」
「うん……」
答えたのは、長女の一葉だ。
「あのね?」
美奈代は、自分が何を言われたのかわからなかった。
「何だ?それ」
「だって―――都築っちはそう言ってたもん」
頬を膨らませた光葉が答え、二人が頷いた。
「何だ?その―――“男前な女”って」
「言葉の通りだよ」
男前な女
男前―――男の風采がよいこと
「あ……あの野郎」
バキャッ!
サイダーの分厚い瓶が三本まとめて美奈代の手の中で砕けた。
あーっ!
酒保に光葉達の悲鳴が響き渡った。
翌日―――
外出許可日。
成績優秀などの優等生のみ、候補生は外出が許可される。
それはあくまで建前で、実際には体のよい買い出し係だ。
「泉美奈代候補生、外出いたします!」
「ご苦労!」
正門を出た美奈代の横には、
「何故、貴様と一緒なんだ」
「んなこと言ったって」
困惑顔の都築がいた。
「買い出し手伝えって、宗像と早瀬に言われて」
「ふんっ」
泉は早足で都築と距離をとろうとする。
「おい待てよ!」
なんだ。
泉は心底面白くなかった。
確かに自分は軍隊育ちだ。
だが―――少しは女らしいところだってある。
料理洗濯家事裁縫。一通り出来る。
下手に着飾ったそこら娘より、ずっと女らしいはずだ。
美奈代はそう思っている。
それだけに、
男らしい女。
その評価は面白いはずもない。
私は和田○キ子か!
「おい!」
グイッ!
乱暴に肩を掴まれ、美奈代はようやく向き直った。
「何をするっ!」
「それはこっちのセリフだ!」
怒鳴られ、悔しさ混じりに美奈代は都築をにらみ返した。
周囲の視線が自分達に集まっているのはイヤでもわかる。
「信号赤なのに、何故前に出る!」
「えっ?」
きょとんとした顔で見ると、信号は確かに赤だった。
「ぼっとするな!」
「―――す、すまない」
「まず―――本屋だ」
美奈代は一葉から渡されたメモを片手に都築と市内を歩いた。
「というか。おい、泉」
「何だ?」
「どこかで着替えないか?」
二人とも、軍服姿だ。
周囲からは「何事か」と見られているのがイヤでもわかる。
「着替え、持ってるんだろう?」
「あ、ああ」
トイレで美奈代は私服に袖を通した。
「えーっ!?美奈代っちセンス悪いっ!」
服を見た双葉に呆れられた。
「ふ、服なんて、どれも一緒だ」
「都築っち、見返さなきゃ!」
「えっ?」
「都築っちに、美奈代っちが女の子だって見返すの!」
「そ、それは……」
「あーっ!美沙っち!服貸して!服!」
結局、宗像の私服を借りてきた。
「……」
トイレから出て、自分の姿を確かめる。
ブランドモノの、大人向けのブラウスにタイトスカート。
こんな派手な服、今まで着たことないぞ?
くるっ。
そう思う美奈代が、鏡の前で一回転して見る。
首から下だけ、自分ではない気がする。
都築が見たら―――何と言うだろうか?
美奈代は、自分がおしゃれとは無縁な人間であったこと以上に、それが恥ずかしくなった。
それにしても……
「宗像……ウェスト……細いなぁ」
「遅い」
覚悟を決めて出てきたトイレの外で、都築が待っていた。
「スマン」
「……へぇ」
都築は感心したように言った。
「こうして見ると―――お前、結構キレイなんだよな」
「なっ!?」
美奈代は顔から火が出たことを自覚した。
「私服姿は初めて見たけど、似合ってるぞ?」
キレイ
似合っている。
美奈代はどこか、足が宙に浮いたまま、買い出しを続けた。
なんだかんだ言いながら、都築はきちんと女の子として扱ってくれる。
男前な女。
きっと、あんな言葉は、冗談か照れ隠しだ。
心から、そう思ったからだ。
買い出しは順調だった。
神城達に頼まれたマンガ
山崎のクロスワード雑誌
祷子の五線譜
早瀬達の化粧品類
そして―――
「えっと?」
地図を片手に、都築は立ち止まった。
「どうした?」
「この辺にある施設を調べて欲しいってのが、宗像の頼みなんだよ」
「なんていう施設だ?」
「プロムナードって」
「あれじゃないか?」
美奈代が指さした先。
そこには、「プロムナード」と書かれた看板があった。
「……」
「……」
二人は、その前で凍り付いた。
確かに、看板にはプロムナードと書かれていた。
正確には、「ホテル プロムナード」。
下には「ご休憩」とか、「一泊」とか書かれている。
さすがに、美奈代にもその意味がわかる。
「あ……あのアマ」
赤面して俯く美奈代の横で、都築がメモを握りつぶした。
「どこまでからかうつもりだ」
「……で」
美奈代は訊ねた。
「どうするんだ?」
「帰るのも手だが―――」
都築は頭を掻いた。
「どこでも行ってやるって、大見得切った手前……」
「都築」
「ん?」
「……何も、しない、な?」
「はぁ?」
「何も、しないなら……いいぞ?」
美奈代は言った。
「わ、私は……お前を信じているぞ!」
「……あーっ。それはスマン」
都築は言った。
「そりゃ無理だ」
「なっ!?」
美奈代が怒鳴った。
「同期の信頼を!」
「そうじゃねぇって……」
都築は申し訳なさそうに視線をそらせた。
「お前みたいなカワイイ子とホテルだろ?俺、自分を抑えられるか自信がねぇ」
「……な」
「お前なぁ」
都築はじっ。と美奈代を見つめた。
「軍隊って、男女関係ねぇって思ってるだろうけどな?」
美奈代は、都築の視線に吸い込まれそうだった。
言葉が、出てこない。
「俺も―――男だぜ?」
通りの角を、一台の車が曲がろうとしていた。
「だ、だけど!」
美奈代がようやく、そう言えたのは、都築が車に気づいた時だった。
ぐいっ!
都築は、乱暴に美奈代の手を握り、ホテルの中へと、美奈代を引っ張り込んだ。
「きゃっ!?」
「お前―――そういう声出すと」
都築は美奈代を抱きしめながら、その耳元で囁いた。
「尚更、可愛いぞ?」
「う……」
うるさい!
そう言おうとしたのに、声が出ない。
都築の鍛えられた体の感触が、服越しに伝わってくる。
都築の汗の匂いを感じた時、
美奈代は、体の力が、抜けた。
「あーっ!ヤバかった!」
都築は、美奈代を抱きしめながら、ホテルの外を見た。
「―――へっ?」
「今の車、教官達の見回りだぜ?」
「……おい、都築」
「ん?」
「こうしてるのも―――ひょっとして、教官から逃げるためだけか?」
「えっ?当たり前だろ?」
夜、食堂
「えーっ!?都築っち、どうしたのその顔!」
双葉が呆れたような声をあげたのも無理はない。
都築の顔には、見事すぎるまでの手形が残っていた。
「ホテルまで行ったのに!」
「ひょっとして、ヤル前に爆発したのか?」
「宗像ぁ……てめぇ」
「女に手を挙げるつもりか?」
「その勝ち誇ったツラ……いつかヘコましてやらぁ(怒)」
「ふふん?楽しみだ」
「そういえば―――美奈代っちは?」
「成績優秀故の外出許可だ」
美奈代の前でそう切り出したのは、二宮だ。
「不純同性交遊がバレた宗像や、成績ドンケツの風間とは違う」
「申し訳有りません」
「それが何だ?ホテルの前で痴話喧嘩とは」
「へ?」
目を丸くする美奈代の前に突き出されたのは、望遠カメラで撮ったとおぼしき写真。
ホテルの角で抱き合うカップルは―――間違いなく自分達だ。
誰が撮ったかは大体、推測がつく。
皆、外出して自分達をつけ回していたんだ。
美奈代はそれを確信した。
「セックスするなとはいわん」
二宮は、ジロッ。と美奈代を睨みながら言った。
「だが、自分達が未だ候補生―――ヒヨコだという自覚を失うな」
「はっ」
「それから―――年上として忠告しておく」
「はっ」
「こういう時は、そういうの、全部忘れてしまえ」
「はっ?」
「相手に全て任すんだ―――その方が上手くいく……らしいぞ?」
「らし?」
「気にするな……所で」
二宮は、椅子から立ち上がると、あたりを見回し、小声で言った。
「で?こうなった……二人がつき合いだしたきっかけは?」
「は?」
「だから……その……女として、参考にしようと思って」
二宮は真剣だ。
「言え。何をどうやったのが成功の秘訣だ?」
「……」
美奈代は口をパクパクさせるしかない。
「……」
「……」
「もうっ!」
二宮がしびれを切らせて怒鳴った。
「何よ!あんた達にはいろいろ教えてあげてるでしょう!?それくらい教えてくれたっていいじゃないっ!」
な……何で私がこんな目に……。
美奈代は、かなりのでっち上げを含めて、あることないこと、何とか辻褄をあわせることにだけ、細心の注意を払いながら上官に報告するハメになった。
二宮は、真剣に一々メモをとりながら聞き入り―――
ドアの外で聞き耳を立てていた同期候補生達まで加わり、尾ひれがついた噂として、全てが教導隊全体へと伝わるのに、二日を必要としなかったという。
その後―――
酒保の書籍販売コーナーには、
結婚総合情報誌
出産・子育て専門誌
この二冊のジャンルが増えた。
また、定期的な産婦人科の検査が、候補生達に義務づけられたともいう。
……これがつまり、どういう意味を持つかは言う必要さえないだろう。
合掌。