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ライトル  作者: ビタミンA
神と神嫌いの少年
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03_幹部


一番初めに動いたのはスクルドだった。

一瞬の合間に槍を呼び出し、ステージまで駆け抜ける。低い姿勢から繰り出された槍の一撃は軽々と悪魔にかわされた。


「いきなりなんて怖いねぇ!」


悪魔は空高く跳躍し、体育館の中心へと降り立つ。

黒いコートを着たその姿はまるで絶望を振りまく災厄のようだった。


「見たところそこまで有名な神は北欧の雷神以外いないようだね。まぁ"廃れた神話"の主神はいるようだけど。」


そう言って悪魔は彰人の方を眺める。

嘲笑を含んだその目線はすぐさま向きを変える。その目線に捕らえられたスクルドの槍はその全てをかわされ、受け流される。


「あんた達もボーッと立ってないで手伝いなさいよ!」


そう言って槍を振り回すスクルド。


(えっえっ、どうなってんの今。)


彰人はただテンパっていた。


突然現れた悪魔を名乗る男。

目の前の少女が瞬きの後には消えて、目が追いつく前に次々と展開が進んでいく。


スクルドが槍を振り回す中、他のメンバーは動かなかった。

それぞれが苦々しく笑っているだけだった。


「ちょっと!相手は幹部よ!?一人じゃ無理だって!」


そう、相手は幹部。本来ならスクルド一人程度、すでに殺していてもなんら疑問はないほどの実力を持っているはず。しかし悪魔は反撃する様子もなく馬鹿にしたような笑みを浮かべながらひょいひょいと槍をかわしている。


「ご、ごめんなさいスクルドちゃん…。」


ティアマトが申し訳なさそうに口を開いた。それは現状考えられる最悪の言葉だった。


「私、ほぼ無能力なの…。」


彰人からすれば「えっ皆何かしら能力持ってるのか!?」というびっくり仰天な言葉だったが、スクルドにとってそれは思考を緩ませるには十分な言葉だった。


「私、魔物を作り出すことができるんだけど…、その、魔力がほとんどなくて。この子みたいな魔物しか生み出せないの…。」


ティアマトは恥ずかしそうに顔を赤らめたままうつむき、抱えたパグを前に出す。

脇の下を持たれながら、頭の悪そうに首をかしげるパグ。に似た魔物。


スクルドは遂に攻撃をやめ、絶望したように目を見開く。


「よそ見はダメだよ〜。」


悪魔が腕を振るう。ギリギリのタイミングで槍で拳をガードし、そのまま衝撃を逃すように後ろに飛び退き体勢を整える。悔しそうに悪魔を睨みつけるスクルド。それを一瞥し、残りの人間派閥を眺める悪魔。


「取るに足らない能力だなぁ。もしかしてそこで虚しく立ってる君達皆そういう系?あのトール君も力無くしちゃった?ウケるんだけど。」


ケタケタと笑う悪魔。


「トール、君にかかってる。」


隣にいたカーマが小さな声で耳打ちする。


「あいつはどうやら君の力を知らないようだ。隙をついて電撃を放って、一時的にでも麻痺させれないか?」


とんでもないことを言い出したものだ。

こいつは俺が何か能力を持っていると思っているようだ。そもそもカーマ自身は何もないのか?マジで無能系なのか?


「出せないこともない…けど。」


もはやそう言わざるを得ない空気だった。


「過信しすぎてるとは言わないよ。聞くところによると君は前回の聖戦で人間派閥を勝利に導いたそうじゃないか。期待するなという方が無理な話だ。」


彰人の肩を叩いてそう言った。

俺はそんな話一つも聞いてないんですがそれは。


「俺とユピテルで時間を稼ぐから、君の雷撃を当ててくれ。とりあえず幹部がいない中で悪魔と戦うのは得策じゃない。麻痺が通じるかはわからないがどうにかなるだろう」


それじゃ任せたよと言ってユピテルに合図を送る。


「あっ!ちょ!?」


彰人の返事を待つ前に二人揃って悪魔に向かう。


「肉弾戦はあんまし得意じゃないんだけどなぁ。」


ダルそうに愚痴りながらも、悪魔はカーマが振るう拳をガッチリ掴んで引き付ける。体勢を崩したカーマにユピテルがぶつかり、悪魔が何もしなくても勝手自滅していく。


「…馬鹿にしてる?」


倒れたユピテルを蹴り飛ばし、カーマの拳から手を離し、首を掴んで締め上げる。

ユピテルは受身も取れずに壁に叩きつけられ、カーマは苦しそうに顔を歪める。


「あれなの?人間派閥は今回ストレス発散のヤラレ役なわけ?俺まだ能力使ってないんだけど。」

「うるさいっ!」


スクルドが連撃を放とうと身構えるもカーマを盾にされ動こうにも動けなくなった。


「トール君、君って強いんじゃなかったっけ?君そこで何やってるわけぇ?」


ドクンと彰人の心臓が大きく脈打つ。予想していなかったこの状況。ここにいる全員が彰人を見ている。視線が、期待が、それこそ槍のように彰人に突き刺さる。


「お、俺は…、俺も…。」


言わなければ。自分も能力を持っていないと。あれだけ期待されていたような感じだったが自分は何もないと。

しかし、


「よそ見はダメ。あんたが言ったんでしょ!」


瞬間、カーマを蹴り飛ばし、スクルドが槍を構える。そのまま流れるように、一閃。しかし悪魔の顔めがけて伸びる槍は弾けるような金属音と共にあらぬ方向へとそれて行った。



「『昇格(ジェネレイト)』」


見ると悪魔が光る棒のような物を持っていた。


「いやぁ、ここの生徒もなってないねぇ。体育館に箸落としてたよぉ。」


手に持った棒を振りながら笑う悪魔。

箸、だった。しかしその素材は普通のようなプラスチックではなく、鈍く光る銀であった。


「とりあえず君達みたいなゴミが僕に能力を使わせたって時点で褒めてあげるレベルだよ。」


いちいち癪にさわる喋り方をする悪魔だ。しかしそれは事実であり、反論の余地もない。


「だが弱い、弱すぎる。どうしてここまで弱い神が集まったのか不思議でしょうがない。そう、かわいそう。かわいそうだよ君達。同情しちゃうよぉ。」


完全に煽っていた。

あからさますぎて笑えるほどの煽りだった。そして悲しいことに、虚しいことに、彰人だけがこの煽りに対して冷静だった。


「舐められたものね。いいわ、私の能力見せてあげるわよ。」


スクルドの目の色が変わる。

透き通るような銀色から、じわり、じわりと紅に染まる。


そのまま倒れるように重心を落とす。這うようにして悪魔との距離を詰め、槍を横薙ぎに振るう。

悪魔はそれを軽々とかわし、銀の棒を突きつける。しかしそれよりも早くスクルドの槍が悪魔の眼前まで迫っていた。


「ッ!」


悪魔の頬をかすめて槍が弧を描く。悪魔は二三歩距離を開け、不思議そうにスクルドを睨む。


(なんだこいつ、今の動きは明らかに俺の動きを…)


「予知能力。それが私の能力。」


能力発動の証である紅の目はすでに元に戻り、銀の瞳が相手を見据える。


「いるじゃないかちゃんとした能力持ちが。最初から使えば油断してた僕相手に、もうちょい行けてたんじゃないかなぁ。」


「まぁ、そろそろ終わらせるんだけどさ」


黒いコートの端が揺れ、そのまま悪魔の姿が誰の視界からも消え失せる。目の端に捉えるなんて生ぬるいスピードではなかった。一瞬、という表現はまさにこのことを言うのだろう。

彰人以外の人間派閥が全員倒れ伏す。理由はわからない。しかし単純明快。悪魔以外の要因がない。

理解が追いつく前に、目が追いつく前に、時間をくりぬいたかのように瞬きの後には彰人は宙を待っていた。遅れて腹部に突き刺すような痛み。


「っぐ…!」


人間ギリギリな状況になると周りが遅く見えるなんて言うことを聞いたことがあるが、実際そんなことなかった。

腹部の痛みに気付くと同時に、背中へ重い衝撃が走る。体育館の天井近くからの落下。呼吸が止まり、白目を剥く。それも当然のことだ。10メートル以上ある高さから、背中から落ちたのだ。何か鍛えてるわけでもない彰人が生きてるという時点で奇跡である。


「っぁ…が…か。」


酸素を取ろうと大きく口を開け、苦しみに喉を掻き毟る。

そんなギリギリの状態の中、視界の端に悪魔ともう一人の人影を見た。

息を切らしながら槍を地面に突き立て、ギリギリの状態でスクルドが悪魔と対峙していた。


「まだ…終わってない…。」

「…。」


蔑むような目線でゆっくりとスクルドに近づいていく悪魔。

もはや槍を振り上げる力すらも残っていないスクルドに向かって最後の一撃を下さんと、右腕を振り上げる悪魔。


スクルドは最後まで期待していた。そう、幹部という存在に。派閥が危機に瀕している。自分以外の神も使い物にならない。相手は自分達よりもはるかに強い怪物。ならば自分が時間だけでも稼ごうと思った。幹部が来て助けてくれることを信じて。

だが現実は虚しいものだった。

希望がまるで見えない。



"死"がすぐそこまで迫っていた。


(あ、これ死ん…)



ポスッ。


死を覚悟した次の瞬間、訪れたのはつんざくような痛みではなく、柔らかな感触だった。

頭蓋が砕け脳漿が飛び散り、肉が割ける音が響き、数秒前まで生物だったものが無機質な肉塊に変わる。…なんていう描写は必要なかった。

実に簡単な出来事。


頭を撫でられている。


「にゃはは、ごめんねぇ。軽くとはいえ殴っちゃって。」


雰囲気は一転、スクルドの頭を撫でながら優しい笑みを浮かべる悪魔。


「女の子を殴るのは柄じゃないんだけどね。リーダーがどうしてもって言うから仕方なく、ネ。」


ポカンとした顔をするスクルドに悪魔は再びにゃははと笑って言った。


「悪魔なんて全部嘘。僕は人間派閥の幹部の【黒石ユウト】って者だよ。」

「今回のコレ(・・)はウチの派閥の神の強さを確かめるためのテストみたいなもんだよ。リーダーが企画して僕が悪魔役。僕の演技どうだった?なかなか様になってたでしょ。」


スクルドはまだポカンとしている。

黒石ユウトと名乗った少年はパンと手を鳴らす。


「はい、みんな起きて起きて〜。」


ユウトの声に合わせて、全員が目を覚ました。それぞれ別の場所を押さえながら起き上がる。


「生きてる…。」


一番ボロカスにされたであろう彰人がポツリと呟いた。

体のあちこちを触っても、痛みも異常も何もなかった。


意識を失ったわけではなかった彰人は事情を全て知っている。

対して他は知らないわけで…。


「悪魔…!逃げろスクルド!」


カーマが叫ぶが事情を把握してる側からすれば随分と間抜けなセリフだった。


「まぁまぁ、みなさん落ち着いて。今から説明しますから…。」



この後カーマが赤面するのは誰にでもわかることであった。

















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