第二十一話『得られた答え』7
俺が千草を背負いながら、歩く事数分。
「…………ここ」
あるマンションを千草が指をさす。
結構、良い所に住んでいるんだな……。俺が見上げる限り、十階以上はある。
外装も整っているしな。中も期待して良さそうだ。まあ、今日はその為に来たわけではないが。
千草に言われた通り、俺は高層マンションの中へと入る。
「…………スズ、一回降ろして」
「ああ、分かった」
俺では、このセキュリティーは突破出来ないから。
近代では、オートロックが当たり前だ。どのマンションにもセキュリティー対策がされている。
こんな高そうなマンションならなおさらだ。
「…………ちょっと待ってて」
俺は頷き、千草は厳重にロックされた扉の前へ移動する。
そこで、千草が数秒間立ち止まる。
すると、扉が横に開いた。
「今ので、入れるのか?」
「…………そう。…………住人の身体検査で入れる」
えらい凝った仕組みだな。
「…………スズ、早く入らないと閉まる」
「そうだな、悪い」
何か申し訳ない気持ちになるが、とりあえず何も考えず入る。
うん。やっぱり中も凄いな……。
どこの高級ホテルだよ。エントランスにしては、いくら何でも広すぎる。
丁寧にカーペットまで敷いてあるし。この場違い感、研究所でも経験したな。
「千草って、お金持ちだったんだな」
「…………そんなことない、これぐらい普通」
「いや、その認識が普通じゃないんだけど」
きっと、伊吹や柊なら俺のように驚くはずだ。
七瀬は、きっと驚かないと思うが。
どうでもいいことに思考していると、千草が急かすように歩き出す。
そうだよな、今回は大事な話をするために来たんだもんな。
千草の背中を追う。
そのまま、エレベーターに乗る。
「千草の部屋はどこだ?」
「…………十五階」
「やっぱり普通じゃないよ、お前」
ここの最上階じゃないか。
少し罪悪感が。気にしないぞ、俺は。
上っている間の夜景は中々絶景だった。
そうこうしている内に、十五階に着く。
「うおっ、凄いな……」
十五階からの景色には驚嘆せざるを得ない。
目的から逸れてるな、俺。まあ、それが俺らしいと言えばらしいんだけど。
「悪いな、千草。あんまりこういう場所来た事ないから、つい舞い上がっちゃって」
「…………大丈夫、むしろその方がいい」
思いのほか、千草は気にしていなかったようだ。
俺は安心しつつ、千草に部屋まで案内してもらう。
ここも、オートロックか。
今度は、千草がセンサーらしきものに目を近づける。
カチャという音がし、千草が扉を開く。
「…………入って」
「お邪魔します……」
恐る恐る、千草の部屋に入る。
おお、想像以上に広々としているな。小部屋は四、五部屋あり、料理がしやすそうなキッチンに、くつろぐには持って来いのリビングがある。
ここに住みたいな。まあ、俺の家もそんなに負けてないけど。
とりあえず、俺と千草はリビングに移動する。
「…………座って」
「失礼します……」
「…………そんなに硬くならなくていい」
「まあ、そうなんだけど……」
何とも言えない気分になりながら、ふかふかの黒いソファに座る。
「…………何か飲み物いる? …………遠慮なく、言って」
「悪いな、それじゃあ麦茶でいいよ」
「…………そんなのでいいの?」
「ああ、それでいい。あんまりコーヒーとか飲む気分じゃないし」
「…………分かった」
そう言って千草は飲み物を取りに行く。
さて、そろそろと整理した方がいいか。
今日起こったことを振り返る。
俺は、暁教官に新しい武器が出来たから研究所に向かった。そこで、能力略奪剣のテストをした。
ただ、テストは上手くいかず、普段なら知りえない能力の情報を俺が知ってしまった。痛みとともに。
暁教官が、色々と調整すると言っていた。それを聞いて今回はお開きになった。
まあ、ここまでのはあまり気にする確認する必要はない出来事だ。
問題は、ここから。千草を喫茶店で待たせていたが、戻った時には千草はいなかった。
それで、俺は千草を探しにこの街を走り回った。
そして、見つけた時には死んでいる千草を見つけた。だけど、現に千草は生きている。
『…………千草は化け物だから』
化け物。確かに千草は普通じゃない。あいつが言っていた事も分からなくはない。
ただ、俺は千草を化け物だとは思わない。千草の事を後で聞いてもそれは変わらない。
千草は大切な仲間だ。俺の認識はそれだけだ。
とはいえ、話は聞かないといけない。これからの為にどうして不可欠なものになる。
とりあえず、振り返りはここまでにしよう。
「…………スズ?」
「悪い悪い、考え事してた」
麦茶を受け取りながら、心配そうに見ている千草に声を掛ける。
「…………千草の事?」
「まあ、そうなるな」
「…………ごめん」
「何で謝る? 千草は何も悪くない」
苦しそうな表情で俺を見る。
さすがに、慰めは求めないよな。
後悔しているんだ、千草は。
「…………こんなはずじゃなかった。…………もう少し遅ければ、スズが」
「そんなもしも話は気にするな。千草のおかげで助かった、感謝してる」
「…………でも、千草は………」
「感謝してるよ、俺は。でも、もうあんな助け方はするな。自分の事、もう少し大切にしろ」
俺はいくら千草の傷が治るからって死ぬ姿はもう見たくない。
千草だって、嫌に決まっている。
悲痛な顔をする。
「…………怖くないの、千草が」
「どうして、俺がお前を怖がらないといけないんだ。全然、怖くない」
「…………化け物なのに……?」
「千草は化け物じゃない。確かに、普通じゃない力を持っている。だけど、それがどうした。ちょっと変わってるだけで、お前は女の子だよ。化け物なんかじゃない、女の子」
「…………!!」
「もう無理するなよ、千草。自分で壁を作るな。お前は何も悪くない。助けがいるんだろう? その為に、今日俺に話をしようと思ったんだろう? 何も気にすることない、話してくれ。俺が全部受け止めてやる」
もう、決めたことだ。
千草は自分で壁を作り、自分すらも偽った。
本当は表情がないわけじゃない。ただ、無表情に接していただけだ。そうすれば、自分だけが苦しむだけで済む。
助けが欲しいのに、千草は我慢したんだ。
我慢する必要なんてない。
「さあ、千草。もう救いの手は差し出してる。後は、お前がその手を取るだけだ。もう、一人で抱え込むな」
「…………どうして…………そこまで…………優しくしてくれるの…………千草、分からない……」
「決まってるだろう、お前が俺の大切な仲間だからだ。大切だよ、お前が。だから、助ける。それ以外に理由なんかない」
「…………スズ………」
千草の目からは涙が溢れている。
俺はそんな千草の頭を撫でて、こう言った。
「――――頑張ったな」
無理なんかする必要ない。
俺が全部解決してやる。
「…………!! スズ、怖いよ…………もう死にたくない………千草を、助けて…………」
「その言葉を待ってた。ああ、助けてやる。お前の苦しんでるもの、全部消してやる」
そこからは、千草は今までの我慢を吐き出すように泣いた。
いっぱい泣いた。しばらく、それは止まらなかった。本当に千草は我慢していたんだな。
その間、俺は安心させるようにただ千草の頭を撫で続けた。
約束するよ、千草。俺は絶対に千草を助ける。
そう、俺は誓った。