第二十話『揺らぐ信頼』6
各自で訓練を始めてからおよそ一時間が経過した。
そろそろ、俺は出なければならない。もちろん、理由は新しい武器を拝見するためだ。
能力消滅剣を片付け、外に出る準備をする。
いったい、どんな武器なのだろうか……。本当に楽しみだ。
柊達の指導と自分の訓練で多少は疲れがあるが、まあ大丈夫だろう。
さて、ちょうど柊達が揃って休憩を取っているから一声かけてさっさと出てしまおう。
「お~い!! 今日はもうこれで俺は帰るから」
「帰るって……まだまだ訓練する時間あるわよ?」
水分補給をしている柊が不思議そうに尋ねてくる。そんなに珍しいのか。
千草はともかく、いつもの訓練姿を知っている七瀬と伊吹も疑問に思っている様子だ。
確かにまだ夕方で、いつもはぎりぎりまで訓練をしているから、無理もない。実はこっそり、夜遅くまで闘技場で訓練していた事がある。ほとんど瀬那先輩に捕まっているが。
「まあ、ちょっとした野暮用だ。一応、今日やるべきことは教えたから、別に俺がいなくても大丈夫だろう」
「それもそうね。少し残念だけど……我慢するわ」
「……? 何が残念なんだ?」
「な、な、何でもないわよ!! いいから、用事あるんだからさっさと行きなさい!!」
普通に質問しただけなのに、どうして柊はこういう時照れくさそうに怒るのだろうか。
まさか、俺に気があるのでは……? いや、無いよな……。いつも瀬那先輩の次に、俺の扱いが酷いし。
とりあえず、事情を察してくれたので良かった。
「分かったよ……それじゃあ、もう行くから。また明日な、みんな」
「ええ、明日ね」
「はい、また明日です!!」
「うん、またね」
「……………………」
千草が黙っているのが気になるが、俺は軽く挨拶をした後第一訓練場を出る。
一度、家に戻ってもいいが、暁教官がそのままでいいと言っていたから別にこのままでいいか。
特に戻る理由は無さそうだ。
寄り道する場所も今の所はない。
「研究施設に行くか……」
そう思い、俺が廊下を歩き始めようとした瞬間、
「……待って」
先ほど静かにしていた千草に引き留められる。
今の千草には少し焦りが見えた。
「どうした、千草?」
「……スズ、話がある」
「話……?」
「……ここじゃあ、話せない。……だから、お願い。……私の家に来てほしい」
どういう風の吹き回しだ。
俺に癒しでも提供してくれるのだろうか。いや、第一にこんな俺が千草の家に入っていいのか。
色々とまずい気がする……って、俺は何を想像しているんだ。
千草の表情を見れば、こんなことやあんなことはあり得ないはず。勘違いもほどほどにしないとな、まったく。
とりあえず、困ったな……。
「それって、今日話さないといけない事か?」
「うん、絶対に!!」
「そ、そ、そうか……」
間がなく、答えが返ってきたので相当大事な話らしい。
それに、凄い焦っている。何か嫌な予感でもするのだろうか。
これは断れない…………断れないのだが、困った。
「……今日じゃないとダメ」
「でもな……どうしても外せない用事が今日あるんだ」
「……野暮用なのに?」
「ぐっ、あれは言葉のあやだ」
本当は楽しみで早く見たいだけだ。決して野暮用ではない。
言い方を間違えてしまった。おかげで、千草の方が優勢だぞ。
参ったな、これは。
「……仲間じゃないの?」
「確かに千草は仲間だ。だけど、本当に外せない用事があってだな……」
「……私の目を見て、そう言える?」
おかしい。
頼む側の千草に、頼まれる側の方が頭が上がらない。よく考えてみれば、俺の事情は好奇心に近い。
本当は今日でもなくても構わない。とはいえ、連絡はしたけどな。
俺のわがままなのかもしれない。それに、千草がこんなに焦った様子で頼んでいる。
これを断るのは良心が痛む。
でも、早く見たいんだよ。本当に困った。まったく情けない。返答に詰まってしまう。
「……分かった。……用事が終わってから、千草と話をして」
「でも、それだと俺がその用事を済ませるまで、お前は待たないといけないぞ」
「……それでも構わない。……スズ、お願い。……どうしても話したい」
千草は真剣に俺に頼み込んでいる。
ここまで頼みなら仕方がない。千草の家にお邪魔するのは、少し恥ずかしいが我慢しよう。
「分かったよ、千草。用事が終わった後に何でも聞いてやる」
「……ありがとう、スズ。……今、支度してくる」
軽く笑顔を見せ、千草は訓練場の中へ走っていく。
数分後。支度を終えた千草が中から出てきた。
先ほどとは違い、落ち着いた様子で俺の方へ歩いてくる。
「……待った?」
「別に大丈夫だ。さて、行こうか」
「……うん」
千草は頷くと、俺に手を差し出してくる。
「急にどうした?」
「……手を繋ぐ」
「俺と千草ってそんな関係だったか?」
「もちろん」
「いや、違うからな!! 色々と気になるから、勘弁してくれ」
しかも即答かよ。
俺が変な勘違いしたらどうするんだ、まったく。
「…………千草は、気にしない」
「いや、そういう問題じゃない。さっさと行くぞ」
「……案外、こういうの苦手?」
「…………行くぞ」
最後の質問には答えず、俺と千草は学園の外に出た。
× × ×
「本当に一緒に来るつもりなんだな、千草」
「…………うん」
途中までは嘘なのではないかと、少し疑っていたがそれは違っていたらしい。
さすがに、最寄りである神庭駅まで千草がいるのだから間違いようがない。
「今日、少し神庭町を離れるけどいいのか?」
「……いい。……千草の家は神庭町じゃないから」
「それは知らなかった。なら、聞くまでもなかったな」
「……スズ、疑いすぎ」
千草は少し拗ねているのだろうか、そっぽを向いている。
そんな千草が少し可愛いと思った。もちろん、変な意味はない。
「悪かったよ、もうしないさ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。あっ、何回も言わなくていいからな」
「……分かってる」
何も心配する必要はない。
では、目的地へと移動しよう。
「電車代は持ってるな?」
「……もちろん」
「だったら、安心だ」
確認をしながら、神庭駅の中へ入る。
ちなみに神庭駅は神庭町にある駅という事からそう名付けられている。そのままだ。
確かここを通ったのは俺が女神学園に入学前だ。だから、本当に久しぶりだ。
神庭町の東エリアにあるだけあって、駅の中は綺麗で非常に充実している。
ホームをしっかりと整備されていて、ここでは一切事故は起きていない。
さて、次の電車は少し時間がある。
「何か飲み物いるか、千草?」
空いていた席に座った後、千草にそう尋ねる。
「……コーヒー」
「それはまた意外な飲み物を……分かった、買ってくる」
女子でコーヒーが飲みたいなんて初めて聞いた。
まあ、あまり女子とこうやって行動したことないから何とも言えないが。
近くの自販機で、自分用と千草用のコーヒーを買う。
「……お金はいいの?」
「これぐらいお金、要求しないぞ。そこまで俺はケチじゃない」
「……ありがとう」
「まあ、気にするな」
俺は缶コーヒーを千草に渡す。
自分も缶コーヒーの蓋を開け、飲む。千草は静かに缶コーヒーを飲んでいる。
「ここでは話せないか?」
「…………無理」
「そうだよな……」
ここで済むのなら、わざわざ俺についてくる必要ないからな。
余計なことを聞いてしまった。少し反省する。
「……スズ、どこまで移動するつもり?」
「まあ、隣町に行きたいだけだからそんなに遠くはない」
隣町は確か來住町という名前だ。神庭町ほどではないが、そこそこ発展している。
一応、神庭町と來住町は有名な発展場所だしな。
その來住町に暁教官が言う研究施設がある。
「…………なら、ちょうどいい。……家がそこにある」
「そうなのか? なら、俺としても好都合だな」
てっきり遠く離れた場所だと思っていたので、近隣にある事に少し安心する。
もし、相当離れた所なら千草としても俺としても困っていたところだ。
「……ゆっくりと話せる」
「おう、そうだな。俺もなるべく早く終わらせる」
今は六時過ぎか。
約束の時間までは余裕がある。しっかりと遅刻しないように考えてある。
問題児と言われど、そこは気を付けている。
「さて、電車が来たな」
「……入ろう」
目的地に向かうため、俺達は來住町へと移動した。