第二十話『揺らぐ信頼』4
「さて、そろそろ始めるか」
全員が自分の武器を手にしたところでそう声を掛ける。
「私は準備万端よ」
「私もです」
「僕もだよ」
「…………千草も」
全員、やる気に満ちた表情だ。
もう始められそうだな。
「対戦相手を発表するぞ。柊は伊吹と、七瀬は千草とだ。これで構わないよな?」
あくまでこれは己を見つめる為のものだから、この組み合わせに意味はない。ただ、少し面白そうな試合が見れると思ったからだ。
とりあえず、柊達に異論は無さそうだ。
なら、さっさと試合に移ろう。
「よし、まずは柊と伊吹からだ。少し移動するぞ」
二人は頷いたことを確認した俺はここから中央へ誘導する。
「ここまでいいかな。それじゃあ、柊と伊吹はお互いに距離を取ってくれ」
俺はそう指示し、柊と伊吹は左右に散らばっていく。
距離が離れた所で、二人は武器を構える。
もちろん俺はこの試合の審判をする。少しぐらい本番の雰囲気を出したいからな。
まあ、それはいいとして両者の対峙している姿を確認する。
「二人とも準備は良さそうだな。始める前に一つ条件がある。この試合は制限時間を設けるからな」
「制限時間……?」
初めての試みだから柊が疑問に思ったようだ。
確かに今まではそんな条件はなかった。だけど、決められた時間内に相手を打ち負かす事が今回は大事になってくる。
要するに、どこまで自分の限界に近付け短時間で勝利出来るかだ。
それを全員に分かってほしい。
「ああ、そうだ。疑問を持つのも無理はないけど、試合をすれば分かる。今は気にしないでくれ」
「分かったわ。それで、時間は?」
「三分だ」
「さ、さ、三分!? さすがに短すぎない!?」
「うん!! 僕もそれは思ったよ」
「まあ、待て。確かに、いつもの団体戦とは違うな」
試合時間は人それぞれだろうが、最低でも五分以上は掛かる。
瞬殺で終わらない限り、普通ならそれくらいは経過する。いや、俺は誰かさんを一瞬で倒しましたけど。
とりあえず、動揺するのも分からなくはない。
だけど、これが俺は妥当だと思う。
「いいか? 確認するが、本来の目的は自分の見直しだ。だから試合をするんだぞ」
「でも、それだったら制限時間なんて必要ないと思うけど?」
「僕も同感だよ。さすがに三分じゃあ無理があるよ……」
「いや、意外にも無理じゃないぞ。全力を出せば、数分で終わる。まあ、組み合わせによって変わってくるが」
「「…………」」
二人とも微妙な表情をしている。それとは対照的に七瀬と千草もやけに真剣な表情で俺を見ている。
さて、どうしたものか。
「いいから、それでやってみろ。これぐらい条件を呑めないようでは、神王戦に太刀打ちできないぞ」
「そこまで言うなら、やるわ」
「僕も司の言葉を信じるよ」
「それじゃあ、構え!!」
「「……!!」」
少し力が抜けていた二人にやる気を送る。
それに反応した柊と伊吹は再び武器を構えなおした。さすがに先ほどまでの様子はない。
二人とも真剣、そのものだ。
ここからは両者と言うべきか。俺も少し盛り上がってきた。
両者は俺の合図を待っている。いつでも大丈夫のようだ。
いい加減始めるとするか。
「両者…………始め!!」
「「……!!」」
キイィィィン!!
開始の合図とともに柊の細剣と伊吹の槍衾がぶつかり合う。
まずは様子見の競り合いと言ったところだろう。
両者、表情を一切崩さない。初手では力を入れていないはずだ。
距離を取る。さて、どちらから攻める。
柊かそれとも伊吹か。
動いたのは……。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「――っ!!」
柊だ。
キイィィィィン!!
再び先ほどの鈍い音がこの訓練場の中に響く。
少し伊吹が押されているか。やっぱり最初に会った時からだいぶ成長しているようだ。
今の攻撃も中々悪くない。
もちろん、こんな程度で負ける伊吹ではない。
ぎりぎりで受け止めた伊吹はレイピアを弾き、
「やあぁぁぁぁぁ!!!!」
「……!!」
ファランクスで反撃する。槍の先は柊の髪を先を通った。
咄嗟に柊が防御態勢に入ったようだ。まさか攻撃場所を予測していたのだろうか。
それだったら驚きだな。これは面白いぞ。
「…………」
「…………」
両者に言葉はない。
試合だからというのもあるのだろう。効果が期待できそうだ。
再び両者は距離を取る。
今の所、多少の動揺はあったものの特にダメージはない。
一分経過か……。残り二分。
勝負はここからだ。
「行くわよ、伊吹」
「望むところだよ」
二人がそんな会話をしたのも束の間、
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
先ほどよりも気合が入った声と共に、両者は突撃する。
速い。目で追うのは少し疲れるな、今のは。
両者の武器はぶつかり合い、互いに衝撃を受ける。
少し両者に焦りが見えてくる。時間という制限があるせいだ。
より迅速に。相手を負かす。
それがこの試合に求められているものだ。どうやらそれを理解したらしい。
柊と伊吹はまだ競り合ったまま。
時間は残り一分二十秒。余裕はまだある。
すると、不意に柊の表情が変化する。
「えっ、まさか――!?」
ここで決めるつもりか、柊。伊吹との距離はほとんどのない。
伊吹もそれを悟ったようだが、同時にしまったという表情をする。
まさか、柊が狙ってか。
離れても直撃を避けられない。今の状況だったらなおさらだ。
柊は既に技を放つ準備は出来ている。
残り五十秒。迷っている暇などはない。
伊吹が必死の覚悟で後退しようとした瞬間、
「くらいなさい、伊吹!! はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
柊の技は発動される。
――星光切り。
だが、伊吹も諦めたわけではない。この状態では伊吹の技である、疾風突きは使う事は無理だ。
だから、せめて槍で柊の光の刃を受け流す。それしか方法がない。
「やあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
キイィィィィィン!!!!
今まで以上に訓練場に響く音が聞こえ、盛大な風が巻き起こった。
残り二十秒。
「…………」
俺はただじっと両者の競り合った場所を見つめる。
さて、どちらが勝ったんだ……。
視界が晴れてくる。
もう既に勝敗は決まっているはずだ。
「………………ん?」
全てがはっきりと視界に入った。
両者には疲労が感じられた。まあ、そんな事は後だ。
レイピアの先が伊吹の首元に、伊吹の武器は彼の手には無かった。床に落ちている。
という事は……?
「はぁはぁ…………勝ったわよ、司!!」
疲れた様子で柊は嬉しそうに俺を見た。
そうか。もう一目瞭然だ。
「勝者、柊!!」
「あはは……負けちゃったよ。さすがだね、柊さん」
「当然よ!! 私はしっかりと人一倍訓練しているんだから!!」
相当素早い試合だったな、これは。
魔法無しだと、普通に見るのが辛いレベルだ。
本当ならもっと競り合ってるはずだ。
あくまで俺は審判であって、試合をしていたわけではない。
とはいえ、効果はしっかりとあったのはよく分かった。とりあえず、上々の出来だ。
後で色々と考えておこう。
さて、次だ。
「柊と伊吹、お疲れ。ゆっくり休んでくれ」
「ええ、そうするわ」
「僕もそうさせてもらうね」
そう言って、二人は訓練場の休憩スペースに移動する。
「それじゃあ、七瀬と千草。始めるぞ!!」
「はい!!」
「……分かった」
この試合も面白い結果になりそうだ。
俺は非常に楽しみで仕方が無かった。さあ、始めよう。
追記
明日、投稿予定です!!