第二十話『揺らぐ信頼』3
次の日。
今日も代表メンバー達は訓練に励み、他の生徒達は準備に取り掛かっている。気合が入っているせいか、時々風紀委員に捕まっている生徒もしばしば。
まあ、それも仕方がない事だ。
そんな話はさておき、昨日と変わった点といえばやはり代表メンバーの件である。
今朝、俺達の学年の教室に瀬那生徒会長、瀬那先輩、若月先輩などの風紀委員と生徒会が訪れてきた。事情を知らない者達は困惑していた。
瀬那先輩達は淡々と内容を述べていたが、ほとんどの生徒が身震いなどをしており、代表メンバーになろうという者は誰一人いなかった。普通ならそうだよな。
俺だって本音を言えば、参加したくなかったわけだがもう後の祭りだ。
ここでぐだぐだとしているのは男として情けないだろう。とりあえず、俺達のチームが代表になるのは確定に近いというわけである。きっと柊はこんな展開を待っていたのだろう。
昼休みの途中で柊に会った時は、俺でも引くぐらい嬉しそうな笑顔を浮かべていた。あれは喜び過ぎだ。まったく、誰のおかげで選ばれたのか分かっているだろう、あいつ。
さて、俺の愚痴を含んだ話はここまでにしよう。
「今、何時だ……?」
ふと時間が気になり、第一訓練場の時計に見る。
ちょうど午後三時か……。
他の生徒達は今も準備をしているだろう。いや、別に油を売っているわけではない。
今日は珍しくあの瀬那先輩から休みをもらったのだ。最近、全然休んでいなかったから本当に助かる。
とはいえ、今日は他で色々と忙しくなるが。それに後で暁教官の研究所に行かなければならない。こっちは楽しみだが。
久しぶりの柊達の指導だしな。まあ、教官になったわけではない。
一応、瀬那先輩が監督役なのだがいつの間にか俺がチームを仕切るようになっている。
そんな理不尽な事情もあって、今に至るわけだ。
「それにしても柊達、遅いな……」
俺が訓練場に入ってから二十分は経っている。いつもは早めに来て、訓練しているのになぜ今日に限ってこんなに遅い。
まあ、気長に待つか。俺が休憩できるしな。
とは言うものの、暇だ。とりあえず、喉が渇いたので飲料水で潤す。
その後、軽くストレッチをした。
しばらく団体戦はないが、体がなまっていては元も子もない。神王戦という大舞台のあるわけだし手を抜いては駄目だ。
考え事もしながら、体をほぐしていこう。
出るからには勝利を掴まなければ。今年は五連覇が懸かっている。
俺がアドバイスするのも大事だが、まずは自分から強くならなければ意味がない。
あいつらの為にも頑張ろう。
そんな決心をしていると、ようやく柊達が中へと姿を現す。
「あっ、司。珍しいわね、あなたがいるなんて」
「どうやらあの先輩から休暇をもらったようですね」
「うん、良かったよ。最近司、死にそうな顔をしていたし」
「…………スズ、お疲れ」
「なるべくなら、普通に挨拶してほしいんだけど」
心配してくれるのはありがたいが、俺だけ場違いみたいな空気を作るのは止めてほしい。
まず、柊は今日会ってるだろうが。他にも色々と文句があるけど、面倒だから言わないでおく。
意外とこの中で一番千草がまともかもしれない。
「それよりもどうして柊達は一緒なんだ?」
とりあえず、気になったことを尋ねる。
「ああ、それは簡単よ。私達は瀬那先輩に呼び出されたのよ」
「なるほど、そういう事か……って待て。だったら、どうして俺だけ呼ばれなかったんだ?」
もしかして休みがもらえたのはそういう理由なのか。
嫌な結論に辿り着き、少し悲しい気分になる。
「まあ、休憩出来たんだから良いんじゃない?」
「分かった、文句は言わない。それで柊達は瀬那先輩と何を話した?」
「それはもちろん神王戦よ」
「……そうか」
どうしてだから俺を呼ばないんですか、瀬那先輩。
精神的に疲れてきた。まったく、勘弁してくれ。
とりあえず、俺がいる目的と同じ話題なので我慢しよう。
「俺も神王戦の事を考えていた所だ。今まで戦ってきた団体戦とは格が違うからな。それは分かっているだろう?」
俺の問いに全員頷く。
まあ、聞くまでもないな。ここで少しでも動揺されたら、俺が困る。
無用な心配で安心した。
「柊、詳しく話してくれないか?」
「司がそう言うなら話すわ。瀬那先輩から聞いたのは神王戦の競技種目について。私や七瀬、伊吹、千草がどの種目に参加するか考えておけだってさ」
「教えてくれてありがとうな、柊。とりあえず、事情は分かった」
今更俺には選ぶ権利がない事は無視する。
一応、俺は提案者だったんだけどな……。瀬那先輩、恐るべし。
そんな愚痴はさておき、競技種目か。
神王戦はただ学園で実施されている団体戦やトーナメント戦のようにただ戦うわけではない。
速さなら速さを、正確さなら正確さをというようにある一つの観点ごとに競い合う。もちろん、実力は必要だけどな。
一つを極めた大会が、神王戦なのだろう。表彰は個人と総合があったはずだ。
だから、何が長所で何が短所なのかしっかりと見極めておく必要がある。その為の競技種目選択かもしれない。
つまり、今の俺達は改めて自分を知らなければいけないのだ。
「一応聞くが、柊達はどの競技種目に出るか決めたのか?」
「私は決めたわ!! これしか私には合わないわ!!」
「その自信は凄く不安なんだが……」
「だ、だ、大丈夫よ!! し、心配いらないわ!!」
後で柊が出ようとしている競技種目を確認しよう。
柊の事を半信半疑の目で見ながら、そう思った。
「七瀬はどうだ?」
「私も一応。色々と訓練してきていますから、何が不得手かは分かっているつもりです」
「うん、七瀬は大丈夫そうだな。じゃあ、次は伊吹だな」
まったく心配する要素はないので、さっさと答えを聞いていこう。
「あっ、僕は……まだ考え中かな」
「別に焦ることはないさ。神王戦までは余裕がある。じっくりと考えて答えを出せ。まあ、もし不安だったら相談しろよな」
「うん!! ありがとうね、司!!」
こちらこそ天使の笑顔をありがとう。
伊吹はまだ不確定要素が多いから、俺も考えないとな。とりあえず、今は大丈夫なはずだ。
さて、最後に千草だ。
「どうだ、千草? お前は決まっているか?」
「…………決まっている」
「そうか、なら良かった」
「…………スズは心配する必要ない」
「そう言ってくれるなら助かる」
千草からは一つの決意が見えた。やる気満々のようで安心する。
あらかた、問題なさそうだな。
後はここから吟味していけばいい。
「さて、柊達の意見が聞けた所で訓練といこうか」
「そうね、私もいい加減動きたかった所だわ」
「やる気十分なのはいいが、柊。少し待て」
「えっ、何よ?」
「今日からはだいぶ訓練内容を変える。もっと柊達に強くなってもらうためにな」
今までは団体戦用のトレーニングだ。
だが、それでは明らかに神王戦という大舞台には意味を為さないだろう。だから、変更だ。
それは柊達も分かっているはずだ。
とりあえず、反対はない。
「分かったわ。それでどのようなメニューなの?」
「ああ、ここからはより個人個人で変化してくる。というわけでまずは一対一で試合をしてもらう。これが自分を知るうえで一番効果的な方法だ」
普通に訓練をするだけでは全てを理解するのは難しい。
もちろん、試合でも全てを理解出来るわけではない。ただ、試合はハプニングという訓練ではあり得ない状況が起こる。
勝利に絶対がないというのはこういう事を指す。精神、身体などその全てが関係してくる。
だから、そこで自分を知る機会を得られるのだ。俺も暁教官に稽古をつけてもらっていた時は何度も試合をした。
勝つのも負けるのも良い経験となって自分を成長させる。
とまあ、俺の考えが伝わっているといいが。
見た様子、分かっている者もいれば分かっていない者もいるようだ。
「まあ、試合をしてみれば嫌でも分かるさ」
「そう。なら、その提案に私は乗るわ」
「私も賛成です」
「僕もだよ」
「…………スズ、良案」
「よし、文句は無さそうだな。それじゃあ、始めよう」
後で用事があるけど、少しぐらいいいだろう。
さて、久しぶりの指導やってやるか。
明日も投稿します……。