第二話『神人少女の願い』5
今回は少々長くなっています。
悔しいという思いを心の中に抱きながら、私は夜を過ごした。
次の日になっても悔しさは紛れなかったが、いつまでもへこんでいるわけにはいかない。
私はどの生徒よりも早く、朝六時に女神学園へと登校する。
これはここの学園に入学してから、朝に必死になって練習している。
これを欠かしたことはない。例え、昨日の様な事があっても。
「おっ。今日も早いね、柊ちゃん」
「おはようございます、蒼さん」
私が校門前まで来ると、いつものように蒼さんが迎えてくれた。
蒼さんはこの学園の食堂を管理していて、さらに一番の料理長だ。
その微笑ましい笑顔はどんな人も和ませる力がある。
今の私でも少し気持ちが和らぐ。
今日も何やら食材を運んでいる。
いつも蒼さんとはこの時間帯に会い、挨拶をしている。
「あれ? 珍しい事もあるものね」
蒼さんをそう言いながら、私をじっくりと見ている。
もしかして、表情に出てしまったのかもしれない。
昨日の事はだいぶ引き摺っているようだ。
いい加減、気を付けないと。私は気を引き締めた。
「私、何かおかしいですか?」
「いやぁ~。いつもならペンダントを着けているのに、今日は着けていないからさぁ」
えっ。ペンダント?
私は首元をチェックする。
「あれ? ペンダントがない!?」
「今まで気づいていなかったのかい。柊ちゃんらしくないね」
少し驚いた表情を蒼さんは見せながら、私にそう言う。
どこに落としたんだろう、ペンダント。
私には見当もつかなかった。
「昨日、何かあったのかい?」
「……」
私は蒼さんに悟られてしまい、黙り込む。
でも、さすがに蒼さんまでに心配をかけさせるわけにはいかない。
「何もありません」
「そうかい? まあ、いいけど。困ったら私に相談しなよ」
私に蒼さんは優しく笑顔を見せる。
蒼さんがいるだけで、私はどれだけ救われたか。感謝してもしきれないくらいだ。
「じゃあ、私はもう行くね」
「はい、いつもありがとうございます」
蒼さんは中にゆっくりと入ってくる。
さて、私も行こうかな……。
私は自分の練習場に向かう。
「あっ!! ちょっと待って、柊ちゃん!!」
蒼さんは何か思い出したかのように、私に大きな声で呼び止める。
何だろう……?
私は気になり、歩みを止めた。
「今日は特別に闘技場を使っていいらしいわよ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ああ。練習、頑張りなよ。それじゃあ、私はこれで」
最後に白い歯を見せながら、笑顔を見せ再び蒼さんは歩き始めた。
いつもなら、自分の練習場で精一杯なのに。
今日は運が良いかもね……。
この時まで、私はそう思っていた。
私は自分の部屋に荷物を置き、急いで闘技場へと向かった。
朝には入る事が出来ない場所に入るのは何となくわくわくする。
さて、今日はどんな練習をしようかな……。
私は練習メニューを考えながら、闘技場入口まで近付く。
あれっ? 扉が開いている……?
鍵が開いているのは説明が付くが、扉が開いているのはおかしい。
ここに、風は吹かないはずだ。まあ、そもそも風なんかで開く程ここの扉はもろくない。
それは私が一番分かっている事だ。とすれば、可能性は一つしかない。
私以外に人がいる……?
今までこんな事はなかった。
まあ、人が増えて別にいいか。そんなに気にしないしね。
私はそんな事を思いながら、扉を開ける。
だが、その相手嫌でも気にする人だった。
「おっ。やっと来たか、柊」
「どうして……あなたが?」
私は朝から会ってしまったあいつに……涼風司に……!!
× × ×
「良い人だな、蒼さん」
俺――涼風司は強く睨み付けている柊に話し出す。
「まさか、闘技場を使えるようにしたのは……」
「そう、こういう事だ」
さすが、柊だ。
こういう事に関しては勘が鋭い。
いつもなら利用出来ないはずの、ここ――闘技場を使えるようにしたのはこのためだ。
「どうして、私がこんな時間に来ることを知っているの?」
「瀬那先輩に聞いたんだよ」
「瀬那先輩が……!?」
柊は聞き出した相手を聞き、驚いている。
そして、俺の事を先ほどよりも強く睨んでいる。
「私に何か用?」
柊の目は明らかに俺を敵視しているものだった。声からもそれがよく分かった。
まあ、それもそうか。俺が柊を傷付けたわけだし。
「柊に言いたい事がある」
「また、私に悪口を言いに来たの?」
「違う」
「じゃあ、何よ」
「俺が悪かった、ごめん」
「えっ?」
俺の予想外の言葉に柊は目を丸くしている。
「確かに、柊は一生懸命練習してるしそれでいてとても真面目だ。柊を最弱なんて言って悪かった。本当にごめんな」
俺の思いを柊にぶつけた。
「本気で言ってるの?」
「ああ、本当にごめん」
俺は何度も謝る。
すると、柊はまた俺を睨む。
「今更、謝ったって遅いわよ。私はあなたが嫌い。とても嫌い」
元気になるどころか、嫌われてしまった。
まあ、ここまではまだ予想通りだ。
「そうか。じゃあ、一つ失礼ついでに聞いていいか?」
「質問によるわ」
「柊が、どうして誰かを救いたいのか理由を教えて欲しい」
「はぁ~……。嫌よ、そんなの。どうせ、馬鹿にするんでしょ?」
やっぱり心を開いてくれないか。
柊は今も俺の事を睨み続けている。
「いや、馬鹿に何かしない。本当だ」
その返答に柊はまた驚きの表情を見せる。
すると、柊は先ほど一転に悲しそうな表情をする。
「それでも……私は嫌……あなたなんかに教えない」
「そうか。じゃあ、俺が当ててやるよ」
「えっ?」
そんな事が出来るのと俺を見るが、確かに普通なら出来ない。
だが、今回は俺も関係している。ちょっとどころではなく、大きくだ。
「柊。お前、誰かに憧れて救おうと思ったんじゃないか?」
「何で……分かるのよ?」
どうやら、的中したようだ。
そもそもペンダントで分かっていたが。
「証拠はこれだ」
「それはっ……!!!!」
俺は柊にペンダントを見せつける。
これも柊ので正解だったみたいだ。
「あなたが、ペンダントを持っていたのね……」
「悪い、ほれ」
俺は柊にペンダントを渡す。
「良い人そうだな、そいつ」
「まさか、中身見たの?」
「悪い、見てしまった」
俺はばつが悪そうに答える。
すると、柊はため息を吐き、口を開く。
「分かったわ、話す。三年前、そうちょうど私が中学一年生の時よ。その時の私は戦闘には全く興味を示さない、普通の少女だった。
別に誰かを救いたいなんてこれっぽちも思っていなかった。ただ、平和に暮らしたいと思ってたわ。でも……」
柊は言葉が詰まる。
そんな柊を俺はただ見つめていた。
再び、柊は口を開く。
「でも、そんなある日。私が住んでいた町にね、人間が来たの。そんな人間達が私たち神人の街を奪ったの、もちろん力尽くで」
これが、人間を恨んでいる理由か。
俺自身も心が痛い。
人間の中にもそんな輩は沢山いる。
争いしか生まないのにな……。
俺は柊の話を聞きながら、そう思った。
「奪ったと思ったら、今度私たちを殺しにかかったの。ちょうど両親が出かけていて、家に私しかいなかった時だった。私も殺す神人の一人になっていた」
俺はそんな人間を恨んだ。
どうして、そんな事をする必要があるんだ……!!
俺は柊の話を聞きながら、強く思った。
「私は殺されるところだった。でも、そんな時だった」
「それが、このペンダントにいる人か」
「そう。彼も同じに人間なのに、私の為に戦ってくれた。おかげで私は殺されずに済んだ。さらに、彼のおかげで人間達は去ってくれた。彼が去るときに一緒に撮った写真がそのペンダントよ」
「そうか」
「嬉しかった。人間の中にもそんな良い人がいるなんて思ってなかった。そして、とてもかっこいいと思ったの。だから、私はその時から変わったの。あの人にみたいに強くなって誰かを救おうと」
「なるほどな」
俺は深く頷く。
「でも……」
柊は先ほどよりも弱い声で話を続ける。
「私は……最弱だから……誰も救えない……」
柊はまた涙目になっていた。
相当昨日の事が来ているんだな。
「あなたの言う通りよ……私はあの人みたいになれない……私は最弱で、残念だから……」
「そんな事ないと思うぞ」
「えっ?」
「お前に、ちゃんとした願いがあるじゃないか。聞くぞ、お前は何をしたい?」
俺の質問に柊は少し詰まるが、頑張って答えを見つけようとする。
「その人に憧れてるんだろう? だったら、願いは一つじゃないか」
「私は……私は……強くなりたい……」
必死の覚悟だった。
ふっ。それだよ、それ。
俺はそれが欲しかったんだよ。
ずっと待ってたぜ。
「そうか。最弱は嫌か?」
「……嫌……!!」
「なら、俺が最強にしてやるよ」
「……!!」
俺は柊に笑顔を向ける。
「そんな事出来るの……?」
「当たり前だ。俺は最強だからな」
それに、俺は柊に関係しているからな。
「ふっ。馬鹿みたい……でも、ありがとう」
「そうか。うんじゃあ、訓練始めるか!!」
「うん!!」
今日の朝はいつもより輝いて見えた。
さて、これにて第二話は終わりです。いがかでしたか? 次回からは第三話です。ここからが本番なので、引き続きよろしくお願いします。