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独り

作者:




「ぼっちさいこーう」


 外灯の少ない夜道を歩きながら呟いた言葉は通りすぎる車の音と風にさらわれていく。

 あっという間に小さくなっていくライトの光を見届けてから携帯を取り出す。

 コートの長い裾が風に揺れるのを煩わしいとも楽しいとも思いながら携帯をネットにつなぐ。

 こうして外を歩いているとき、どうしても寂しくなることがある。気持ちが落ち着かず、泣きそうな自分を意識する度に死にたいほどの恥ずかしさと独りだと言う虚しさに襲われる。


 そんなときにネットにすがり付く。

 リア友やメル友だと、臆病な俺はあまり自分からメールを送ることができない。ただ淡白なだけだと思われているようだが臆病なだけなんだ。

 まあそんな俺が突然メールをしたことを不思議に思う可能性がある。

 そういう時に嘘の理由を考えるのは地味に疲れるのだ。それに、嘘をつくことに後ろめたさを感じている自分に腹が立つ。


 よく行くサイトへ行き一言を書き込もうとして何を書こうか迷う。迷いながら適当にそのサイトでの友人の一言へコメントを残したりアプリを更新したりしている内に充電の残量が気にかかった。


 思ったほど減っていないことに安心しながらポケットの中の簡易充電器を確認する。

 こっちは家にいる内にしっかり充電したし、大丈夫だろう。


 しかし、イヤホンを忘れた。


「やっちまったな…」


 これじゃネットをやめた後に気を紛らわせる方法がなくなってしまう。


 いくらここら辺が人通りが極端に少ないからといって音楽を垂れ流して歩いていられるほど気の大きい人間ではない。


 それにもし誰かに見つかれば補導されてしまうかもしれない。

 高校生って面倒だな、なんて思いながら携帯画面のすみに表示されている時計を確認する。

 23:38…まだ帰らなくてもいいか。


 次の瞬間、画面が切り替わり携帯が震え出す。

 驚きと突然の着信に動揺しながら表示された名前を確認する。


 クラスメイトの、俺によく話しかけてくる物好きな女子だった。


「………もしもし」


『あ、もしもしヨウちゃん!? 急にごめんね〜?』


「…おう、どうした?」


『いやね、今から綾ちゃん家に泊まりに行くんだ♪』


「ああ、よかったな でも俺に関係ないだろ」


『うん、だけど ヨウちゃんの声が聞きたくなってさ〜』


「なんで俺?」


 他人の声、そしてその明るさに不思議な安堵を覚えながらもいつも通りに対応する。


『ん〜、暇だったから』


 あははと笑う彼女の声に寂しさを覚えながら笑い返す。

 口元がひきつるのがはっきりとわかる。


「んじゃ、俺も暇だし暇潰しになんか話すか」


『うん、ていうかなんかヨウちゃんと話してると癒される〜』


「…は?」


 俺、癒すようなことした覚えがないんだけど。

 生まれた動揺を押し隠しながら言葉を続ける。


「ないない、それはないだろ」


『いや、あるんだよ! なんかわからないけど、ヨウちゃんと話してるとなんか癒されるの!!』


「わけわかんねえ」


『あはは、あ、充電危ないからもう切るね』


「あぁ、じゃあな」


ブツっと通話が切れツーッツーッと虚しい音が鼓膜を震わせる。


 ため息をつきながら携帯をポケットに突っ込むが、すぐに取り出す。

 一応充電しておこうと簡易充電器を取り出して繋ぐ。


「…よし」


 再び歩を進めながらここはどこだろうと辺りを見回す。

 あてもなく歩いていると同じ道を歩くのに飽きてしまう。それに同じ道ばかり歩いていて誰かに覚えられては後が面倒だ。


 だからこうして知らない道を歩いて迷うことは珍しくない。


 ふと一軒の家の前で立ち止まった。 そんなに大きな家ではないが、窓から洩れる明るさに意識せずに動けなくなった。


 聞こえてくる幼い笑い声、そして早く寝なさいと厳しく、しかし優しさを含んだ声がまるで別世界から届けられているかのように遠くに聞こえる。


 俺にも、あんな明かりの中にいた頃があったのだろうか。

 ぼんやりと、しかし必死に記憶を辿る。


 あったはずなんだと言い聞かせながら父や母のことを思い出す。

 脳裏に映し出される映像の中の父は不機嫌な顔ばかりだった。

 母の悲しげな瞳が俺を見ていた。

 蘇る声は怒鳴り声ばかりで、母の泣いているのか笑っているのかわからない声に胸を締め付けられる。


 そうだ 嫌な記憶に埋もれているだけでもっと小さな頃はきっと、きっと笑いあっていたんだ。


「そうだよな…」


 無意識に出た声は、とても情けなく、震えていた。


「………ふうっ…」


 夜の冷たい空気を胸一杯に吸い込み、勢いよく吐き出す。

 白みがかった空気が溶けるように消えていく。


 足音を忍ばせ、明るい光の中を逃げるような気分で歩き去った。

 暗い道に入ったとき、安堵している自分に気づき自嘲気味に笑ってしまう。



 もうどうでもいい。



 誰に好かれようが嫌われようがどうだっていい。人生なんてそつなくこなせればいいじゃないか。


 前日に酔っぱらって帰ってきたときの母の言葉を思いだす…


「 あ…」


 のを拒むかのように涙が頬を伝う。

 また笑ってしまう。

 やはり、俺は愛されたかったんだ。

 母親に、いや 誰かに愛されたかった。


 何度も何度も出た結論。 でも、否定し続けたその結論は、だって叶わないであろう望みだから。


 否定しなければつらいだけの気持ち。


 だれに好かれたくても、好かれようと努力すればするほど自分がわからなくなっていく。

 成る程、今なら俺を不思議な人と言った知り合いたちの気持ちが理解できる。

 最初から、俺はおかしかったんだ。周りの人々に好かれたいから、望まれている形になろうとしていた。


だから、自分なんてもうとうの昔に無くしていたのかもしれない。



 作っている? と聞かれることがある。

 キャラと言うか、性格を偽っているのかという質問なのだろう。


 これに答えるのはかなり難しい。だって自分でもわからないんだ。

 どれが嘘でどれが本当なのかよくわからない。よくわからないから、どうあればいいのかもわからない。


 ふと現実に意識を向けて危うく水路に落ちそうなことに気付き立ち止まる。


「……………」


 ポケットに突っ込まれている手が携帯を握りしめていることにまた虚しさで胸に穴が開いたような錯覚に陥る。


 ───誰か


 携帯を取り出し、開く。

 画面の明るさに目眩を覚えながらアドレス帳を開いた。


「……頼る奴なんか、…いない」


 言い聞かせながら携帯を閉じる。

 でもまた開いて、やはりすぐに閉じる。


 何度も何度も同じことを繰り返す自分に腹が立ち、誰かに寂しさを悲しみを紛らわせてほしいと思っていることがより一層頼る相手などいないと突きつけられているようで。



「───っ…」



 溢れる滴は止められなかった。


 人前でならなんとか堪えることができる。意地というやつだろう。

 冷静で強くて大抵のことには動じない。それがリアルでの俺のキャラクター。

 実際の…というか最近の俺はこんなに情けないのに、家族も友人…と言えるのかわからないやつらも皆動じないよねだの泣きそうじゃないだの勝手にイメージ作りやがって。


 そんな言われたらそうあるしかないじゃないか。



 考えを少しずつそらしながら頭のなかを言葉で埋めていく。

 徐々に涙が止まっていくのを感じながら肩の力を抜いた。


 落ち着け自分

 落ち着こうぜ。


 さて、そろそろ皆寝ただろうから俺も寝に帰ろうかな。


「…嫌だなあ」


 漏れる言葉を無視して来た道を戻る。


 帰る家があるのは幸せだなー。

 布団で寝られるのって幸せだよー。

 ふざけ半分でそう思いながら重くなる足を引きずるように歩き続ける。



 歩き続ける以外に選択肢はなかった。




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