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八章『首都セルゲンティス』

「はっきり見えてきたな」

「ああ。あれが、首都セルゲンティスさ。見え始めてから、ずいぶんかかったけど」

 シャズを出て二日、朝方に、カリクとレインはようやく首都へたどり着いた。無機質な灰色の外壁に囲まれ、建物を目視できない街がフロントガラス越しに見える。

(あそこに、サリアがいる……)

 自然と、心がざわついた。ここまでの道中でも色々あったが、あくまで本番はこれからなのだ。

 トンと、肩を叩かれた。身体が揺れる。もちろん、レインである。

「なんだ、レイン」

「いや、力んでるから、リラックスさせようかと」

「余計なお世話だ」

「そりゃ、悪かったねー」

 悪びれる様子は皆無だった。カリクは、肩をすくめる。事実、余計な力は抜けたのだが、礼をいう気にはならなかった。

「んあっ?」

「今度はなんだ」

「いや、向こうから車が来てるんだ」

 レインが、顎で前を示す。確かに、一台の車の姿があった。

「首都近くなんだ。車くらい、普通だろ」

「まあ、そうだけどさ」

 反対側からの車と距離が詰まる。すれ違う刹那、カリクははっきりと運転席にいる男の顔を目にした。

「あいつは……」

 忘れようにも、忘れられるわけのない人間だった。サリアを誘拐したうちの、一人だったのである。一瞬のことだったが、間違いなかった。落ち着いたはずの感情が、怒りで一気に高ぶる。

「どうしたよ、カリク君。急にそんな怖い顔して」

「別に、なんでもない」

「鼻息荒く答えられても、信憑性に欠けるぜ」

「とにかく、なんでもない。そういうことにしておけ」

 しかし、頭は冷静で、今はあの男のことに気を取られずに、首都に捕らわれているであろうサリアの身を優先すべきと意見していたので、カリクは心を抑えた。目的地は、すぐそこにあるのだ。すべきことは、男を倒すことではない。

(それにしても、ずいぶんと思い詰めた表情だったな、あの男)

 ただ、そんなことが少し引っかかった。

「釈然としないけど、カリク君は怒ると怖いからな。そういうことにしとくぜ」

 レインは横目でカリクを見ながら、苦笑していた。別の話題に移る。

「そういえば、首都じゃ入るときに兵士の許可をもらわないといけないんだよな。このまま車で入るわけにはいかないじゃん。こいつはどうするんだ?」

 自分の座るイスを片手で、二度叩いた。既にそのことについて考えていたカリクが、返答する。

「近くで降りていけばいい。徒歩なのを怪しまれるかもしれないが、知り合いに送ってもらったことにすれば、問題ないだろう」

「なるほどねー」

「それよりも、どうやって入り口の審査を通り抜けるんだ。軍の方針で、確か身分確認をしてるんだろ。俺はともかく、お前はどうするんだ」

 車をどうするかより、門前での軍による身分確認をどうするかの方が重大な問題だった。へたをすれば、レインはこの国に存在すらしていないことになっているかもしれないのだ

 しかし、心配するカリクをよそに、

「大丈夫大丈夫。手はあるから、カリク君は気にしなくていいよ」

 軽い調子でレインは片手をひらひらとさせた。

「本当だな?」

「本当だよ。俺っちは、嘘ついたことないぜ」

 自信満々に、胸を張る。どうやら、偽りではないようだった。

「ならいい。近くで車を降りよう」

「了解だぜ、カリク君」

(待ってろ、サリア)

 幼なじみと違い、誰かの心に響くことはないが、強い想いであった。




「はい、止まってくださーい。首都観光に来た方ですか?」

「はい。夏休みなんで」

 入都管理局の人間に門前で止められ、レインがにこやかに答えた。

 二人は、少し離れた位置で車を降り、首都への門へとやって来ていた。近くで見ると、外壁の高さがよく分かる。圧巻だった。

「ああ、なるほど。もうそんな季節なんですねー」

 管理局の男は、カリクたちがまだ子供であるというのもあってか、態度が柔らかかった。

「でも、徒歩で来るっていうのは、不思議ですねー」

 ただ、さすがに首都の門を預かっているだけあり、仕事は手を抜いてくれそうになかった。

「友達のお父さん車で、近くまで送ってもらったんです」

 レインが、用意していた嘘を口にする。

「ふーん。なるほど。でも、それならどうして門の前まで送ってくれなかったんですか? そうすれば、あなた方は歩かずに済んだと思いますが」

「んー、怪しがられるかもしれないですけど、僕が少し歩きたいって言ったんです。外からの首都も、ゆっくり見たかったですし」

「ほうほう。まあ、外から見たら、それはそれですごいですからね、ここの外壁は。たまにいますよ。この正門を後回しに、外壁ばっかり見てる人」

 他にも、同じような人間が今までにいたのか、疑っていた態度が軟化する。

「おっと。中へ入りたかったんですよね。入都の手続きをするので、ついてきてください」

「はいはーい」

 レインが元気に返事をし、後ろにカリクは続いた。入都管理局の男が駐在している、門脇にある小屋のようなところへ案内された。

「住んでいる町と、名前を言ってください」

 位置的に、まず前にいるレインが答えるのが自然だった。まだ、彼がこの質問にどう答えるのか知らないカリクは、思わず唾を飲み込んだ。

「オールンの、プックル=エンハンスです」

 すると、レインはまったくのデタラメと思われる情報を、迷いなく口にした。カリクは声を上げそうになったが、なんとか耐え切る。

「オールンのプックル=エンハンスですね。そっちの君は?」

 動揺するカリクへ、入都管理局の男は続けて尋ねてきた。平静を装って、名前を明かす。

「キュールの、カリク=シェードです」

「シェード? もしかして、ニック大佐の……、ああ、この前少将になりましたっけ。ニック少将の身内の方ですか?」

「ええ、まあ」

 向こう側の持っている情報で、すぐに分かってしまうだろうという判断から、隠さずに認めた。

「本当ですか! いやー、ニック少将には以前仕事で助けて頂いたことがありましてね。感謝しているんですよ」

「はあ……」

 あくまで父の話なので、カリクは曖昧な返事をするしかなかった。その間に、男は手元で何かをあれこれと操作しているようだった。小屋内の奥の方で、何かがはずれたような音がした。

「お二人の情報をお持ちしますので、ちょっと待っててくださいねー」

 男は、にこやかに言ってから、奥へと姿を消した。

 彼が言っていた“情報”とは、個人情報のことである。出生届と一緒の提出になり、以降は変更がなければ五年に一度確認をさせられるものだった。男が、それらしき紙を持って、戻ってくる。

「お待たせしました。身分証明の類は持ってますか?」

「持ってますぜ」

「はい」

 レインとカリクが、それぞれ一枚の紙をカバンから出して、男へ渡す。国側から配布されている、公的な身分証明書だった。

「ちょっと拝借。……うん。二人共、オッケーですね」

 用意してきた紙と照らし合わせ、男は身分証明書をカリクたちに返してきた。受け取り、カバンへしまい直す。

「じゃあ、荷物検査するんで、カバンをもらえますか」

「はいはーい」

 レインが、素直にリュックを差し出す。

「あー、そうだ。来る途中で、キャンプもしたんでナイフが中に入ってるんですよねー。やっぱり、持ち込むのはまずいですか?」

「んー、サイズによりますかね。そりゃ、事件を起こす気だっていうなら、没収しますが、そんな気はないですよね」

「もちろんですよー。当たり前じゃないですか」

 いけしゃあしゃあと言い切る。大物だなと、カリクは密かに思った。

「そうですよねー。それでは、失敬しますよ」

 男は、容赦なくカバンを開いた。中を手でまさぐり、さらには覗き込む。だが、

「んー、確かにナイフですね。でもまあ、大丈夫でしょう。違法ではありませんし」

 ナイフだらけのはずであるのに、彼は厳しいことを言わなかった。普通にカバンを閉じ、レインへ返す。

「じゃあ、次は君ですね」

「はい」

 カリクも、ためらいなくカバンを渡した。レインと違い、元は危険なものなど入れていないからである。

「おや、君もナイフを持ってるんですね。特に問題はないですけど」

 ただし、今は数本のナイフを入れていた。レインのカバンの中身が見咎められなかったのは、身体への仕込みナイフを目一杯増やし、カリクも隠し持って、残りの数本だけを荷物にしていたからである。

「うん。大丈夫ですね。お待たせしました。今から門を開けます。首都セルゲンティスを、ゆっくり見ていってくださいね」

 男は、にこやかに大きな二枚扉を手で示した。ゆっくりと、門が内側へと開いていく。

「ういっす。じゃ、行こうぜ、カリク君」

「……ああ」

 とうとう、敵地へと足を踏み入れることになった。覚悟も新たに、カリクは門を通った。中に入ったところで、後ろの扉が閉じていく。

「入ったが最後。簡単には、逃げられないってとこか」

「んー、あの門だけ見てると、そんな感じするけど、出るのはそんなに難しくないぜ。実際、俺っちは出れたし」

 カリクのつぶやきに、レインが反応を示す。実体験では反論の余地がないので、カリクは「そうかよ」と、肩をすくめた。続けて、先ほどの入都手続きのことに話を移す。

「それより、いったいどうなってるんだ。オールンのプックル=エンハンスって、誰だよ」

「ああ、あれか。あれは、ジーニアスの実験体にされてる人間へ与えられる、仮の名前さ。時折実験のために実験対象を町の外に連れ出すことがあるんだけど、ジーニアスでの人体実験は下っぱとかには隠されてるから、入都のときに個人情報が必要なんだ」

「仮の名前、か。まあ、軍王主導なら、情報のでっち上げも簡単だろうな」

 ミッドハイムは、いったいどれほど権力を自身のために活用しているのか、想像が及ばない。

「ま、とにかく」

 先を歩いていたレインが、立ち止まって振り返ってきた。顔には微笑を浮かべる。

「首都へようこそ、カリク君」

 黒く巨大な中央基地と、高く高くそそり立つ外壁を背景に、賑わいと無機質が入り混じる首都の光景が、カリクの目に映った。

「さあて、どこから攻めるかね?」

 街並みを見るカリクへ、レインが問う。どこか楽しげだった。

「まずは、町を普通に見て回る。ある程度、地理は把握しておいた方がいいだろうしな。まあ、本部基地はあれ以外あり得ないだろうが」

 カリクは、眼前にそびえる巨大な黒の建物を睨んだ。レインも、同じものへ目をやる。

「ご明察。あれが本部基地だ。やたらでかいから、実際はここからけっこう歩かないといけないけど」

「あれが、ミッドハイムの城か」

 言葉に、隠しきれない敵意が乗る。すると、レインが顔を近づけてきて、

「おっと、その敵意は抑えた方がいいぜ、カリク君。ここは、軍王のお膝元だ。敵視している奴は、当然目をつけられる」

 低い声で警句を告げた。軍王の支配下の町だからこその注意である。

「なるほどな。肝に銘じておく」

 カリクも、低い声で答えた。目的達成のために、危険を自ら冒すつもりはない。

「じゃあ、案内は頼むぞ、レイン」

「ういっす!」

 レインは弾んだ声で答えた。




 昼食を挟み、昼下がりになってようやく簡単に首都を回り終えた。

「ふぅ。想像以上に、でかいな」

「まーなー。軍事国の首都で、演習場が多いのに、観光にも一定の力を入れてるから必然的に大きくならざるを得なかったんだろうさ」

 頭の後ろで手を組み、軽い調子でレインが言葉を返す。確かに、演習場はあちこちに点在していた。

「さて、じゃあ次はあっこに行くかい?」

 中心にある基地へと、彼は目をやる。敵の本陣や重要な拠点は後回しにしていた。

「……いや、本部基地は一番最後でいい。先に、ジーニアスのある場所を教えろ」

「了解了解」

 しかし、カリクは先にジーニアスを見に行くことを選択した。すでに軍には、レインのことが知られているはずなので、本部基地はリスキーだった。視察の段階で騒動を起こしたくなかったので、場所が明確な基地は後回しでもいいという判断だった。

「じゃあ、行きますか。こっちだ、カリク」

 レインが歩き出す。基地への方向だった。重要施設なので、あまり離れた場所ではないのだろうと予測する。

「ちなみにジーニアスは、本部基地近くの、普通の研究所の地下にある。普通じゃ入れないし、入り口すら分からないと思うから、怪しい箇所がなくても、俺っちを疑わないでくれよ」

「分かった。一度見て、建物から離れたら出入り口を教えてくれ」

「おいよー。任せとけ」

 そうして二人は、研究所へと向かった。




 研究所は、本部基地から五分ほど歩いた場所にあった。真っ黒な基地とは逆に、外装は白一色に塗られている。二階建てで、敷地が広い。代わりに民家を入れるなら、三十戸は置けそうだった。

「ここが、研究所。セルゲンティスの中には他にもあるけど、ここが一番大きいし、メインだな」

 入り口が見えてきたところで、レインが解説を入れた。主要な研究は、ここで受け持っているのだろう。

「中には入れるのか?」

「一般公開してる部分なら、見学料を出せば入れるぜ。どれ、中を見てみるかね」

「お前、入って平気なのか。顔を知ってる奴がいるだろ」

 一人で入って、一通りを確認するつもりだったカリクは、レインへ顔を向け、そう尋ねた。

「あー、平気平気。警備してるような軍人は、まずジーニアスなんて知らないから、俺っちの顔なんて分からないよ。それに、立ち入れるのは、“表”だけだしさ。俺っちのことが分かる人間とは会わないと思うぜ」

 当の本人は、まったく心配していないようだった。「んーっ」と、腕を上げて、伸びをしている始末である。

「なら別にいいが、何かあったら、切り捨てるからな」

「えー、助けてくれよ、カリク君」

 レインが大げさに声を上げる。少しかんに障ったので、

「……お前を囮にして、注意がお前へ向いている間に、行動起こすなんて手もあるな。当然、お前がどうなろうと責任は持たないが」

 冷たく言い放った。

「……怖いねー、カリク君」

 レインは、なんでもないような感じで返したが、頬が引きつっていた。

「とにかく、平気なら別にいい。さっさと行くぞ」

「おう」

 ようやく、研究所の入り口に立つ。門番のように佇んでいる軍人二人が、ほんの少し目線を向けてきたが、すぐにはずされた。怪しい動きをすれば、即座に武器を突きつけられるだろうが。

 騒ぎを起こす気はさらさらないので、カリクとレインはそのまま中へと入っていった。受付らしき場所にいる人間に、声をかけられる。

「あら、見学?」

「ええ、まあ。宿題の参考にしようと思いまして」

 レインが、果てしなくいい加減なことを口にする。だが、受付の中年女性は特に疑う様子もなく、

「あー、なるほどね。じゃあ、お金かかっちゃうけど、色々見ていくといいわ」

 やる気なく、料金表と順路を指差した。

「ういーっす。ほら、カリク君。お金お金」

 軽い返事をしてから、カリクに見学料を払うようせかした。

「分かってるから、静かにしろ」

 レインをたしなめ、金を雑に出した。受付女性が、それを受け取る。

「はい、確かに受け取りましたよ、と。案内の人はつける?」

「別にいいです。自分たちのペースで回りたいので」

「はいはい。じゃあ、そっちからだから、ゆっくり見ていってねー」

 気だるそうに手を振る女性へ、軽く頭を下げ、カリクは既に進み始めているレインを追った。

 中は研究所というよりも、科学館のような感じだった。今までの発明に関する解説と、簡単な体験スペースが点在しており、気軽に科学に触れられるような仕様になっている。夏休みに入っているためか、客はそこそこ入っていた。見たかぎり、親子連れの割合が多い。

「……研究所そのものは、あまり見れないんだな」

 カリクがぼやく。研究所を見学とはいうものの、科学者たちの姿はほとんど見ることができない。ところどころに、ガラス越しに実験中のところを見ることができる場所があったが、それほど今の二人にとって有益なものではなかった。

「まーなー。仕事の邪魔は、されたくないんだろうさ。それに、本当に大事な部分は、見せたくないだろうし」

「そうだろうな。けど、お前は見学を勧めてきた。出てから、ゆっくり話は聞かせてもらうぞ」

 解説を入れてきたレインに言葉を返し、先へ歩き出す。もう少しで、見学ルートは終わりだった。元の受付の場所ではない。どうやら、出口は建物正面とは別にあるらしかった。立ち入り禁止の扉が左右に見える、カーブした廊下の先に、外の光が見える。

 その出口の直前の壁に、カリクは違和感を覚えた。まじまじと見ては怪しまれてしまうので、長く見たりはせずに、光景を頭に刻む。前へ向き直って、外へ出た。

「ここで見学は終わり。どうだったかな、カリク君?」

 傍らのレインから、冗談混じりの問いが飛んできた。暗に、ジーニアスへの入り口が分かったかどうかも訊いてきているのを、カリクは嗅ぎ取った。

「それなりに面白かったな。いい感じに、宿題がこなせそうだ」

 なので、こちらも遠回しな表現で、入り口と思しき箇所を見たことを伝えた。レインは一瞬眉をわすかに動かしたが、

「なら、よかったぜ。俺っちが案内したかいがあったってもんさ」

 大きな動揺は見せなかった。それどころか、胸を張ってみせる余裕すら見せる。出口にも警備兵がいたのだが、怪しまれることなく通り過ぎた。三分ほど歩いてから、人のまばらな裏通りへ、身を隠すように入る。

「本当に分かったのかい、カリク君?」

「場所だけはな。合ってるかどうかは分からないし、どうやって中へ入るのかもさっぱりだが、出口付近の壁の足元部分が、周囲と無理に色を合わせたようになっていた。あれは、あの壁が見せかけで、後ろに隠されたものがあるからだ」

 自分の考えが合っているかどうかを、目で尋ねる。レインは口笛を吹いた。

「ご明察! さすがだねぇ、カリク君」

「ってことは、やっぱりあの壁の後ろにジーニアスへの入り口があるってことか」

「そういうこった。あそことはまた別の場所に、あの壁を動かす仕掛けがあって、それを操作すると、ジーニアスに入れるってわけ」

 レインが調子よく解説を入れる。どうやら、壁を開くのは呪文ではなく、人工的な仕掛けらしい。

「なるほどな。入るための仕掛けが別の場所にあるとなると、潜入のリスクは余計に上がりそうだ」

 ある程度の危険は承知の上でも、サリアのことを考えると忍び込むことは避けられない。なのに、地下施設へ行くのに一手間かかるとなると、さらに厳しくなる。

「だな。でもまあ、そこは俺っちもいることだし、追々考えることにしようぜ。それよりも、次は本丸、行くだろ?」

「……ああ、行くさ。正直、ジーニアスより怪しいからな」

 レインが、とある建物へ顔を向けたので、カリクも同じものを見る。黒一色に塗りつぶされた敵の本拠地は、カリクたちを見下ろしていた。

 首都セルゲンティスの中心に位置する、この国の心臓たる本部基地である。最後に、ここが残っていた。

「あそこも、中に入れるのか?」

「入れて、事務の受付部分だな。それ以外は一切入れないはずだったと思うぜ。なんせ、機密の塊みたいなところだからな」

「ふん。サリアも、その中の一つってわけか」

「まー、そうだろうな。機密のレベルが、他とは段違いだろうが」

 腕を組んで基地を睨みつけるカリクに対し、レインは微笑を浮かべる。

「じゃあ、行ってみましょうや。この軍事国の支えたる、本部基地に」

「ああ」

 カリクは、低い声で短くうなずいた。




 本部基地の外観は、とにかく黒だらけだった。右を見ても、左を見ても、窓と黒しかない。おまけに、建物の端っこまでが、かなり遠かった。

「馬鹿でっかいねー」

「お前の声も、考えものなくらいにでかいと思うぞ」

 皮肉を挟み、全体を見渡す。すべてを視界に入れきるのは、まず不可能そうだった。

「少し、中に入ってみるか」

「あいよー」

 上へ曲げていた首を元に戻し、中へ行く。見た感じ、ニケアの役所と同じような印象だった。人の数はそれなりといったところで、あちらこちらで事務手続きを行っている。

「まんま役所だな」

「そりゃまあ、基地以外にも、こういう生活関係の施設としての機能もあるからな。他にも、裁判所とか、政治関係の設備もあるし」

 本部基地は、軍事施設としての機能だけではなく、首都の主要機関を内包している。最高裁判所、国会堂なども、基地内に存在していた。それも含めて、本部基地はまさにラスタージ共和国の心臓なのである。

「でも、そういう場所を含めて全部立ち入り禁止だろ。ずいぶんと露骨な機密主義だな」

 声を落として、批判を口にする。国がどのような会議をしているのか分からないというのは、カリク個人の考えでは不安を煽る要素でしかなかった。

「でも、それを誰も疑問に思わないのさ。ミッドハイムは、国を見捨ててはいないからな。しっかりと統治をしたうえで、陰謀を進めてる。多少の不満はあっても、明らかな悪政じゃないなら、会議内容が分からなくてもたいした問題じゃないんだよ」

 耳元で、レインがささやくようにしゃべる。確かに、ミッドハイムの政治は悪政とは言い難かった。カリクの記憶では、民衆の声も拾っているし、露骨におかしい政策も行っていない。軍事に傾いているのはもっと昔からのことであり、大規模な戦争がここ最近ないため、特にその部分への批判も大きくは上がっていないかった。

「結果しか見えてこない状態ながらも、誰も過程を気にしていないってわけか。それに気づいたら、ゾッとしかしないな」

 つまりはそういうことだった。役所部分を見渡しながら、カリクは腰に手を当て息を吐いた。

「まあその分、裏で色々してるけどなー。ジーニアス然り、カリク君の彼女のこと然り」

「そうだな」

 サリアのことを話題に出され、心がざわつく。この街のどこかに、幼なじみの優しい少女はいるはずなのだ。

「絶対に、助け出す」

 言葉に出して、もう何度目かの決意の固め直しをする。敵の巨大さを理解していても、サリアの居場所を探すことすら困難だと分かっていても、弱気になどならなかった。どうあっても助け出す。その感情しかなかった。

「うっはー。カッコいいねー、カリク君。こんないい男に助けてもらえるサリアちゃんて子は、幸せだねー」

 静かに、レインが騒ぎ立てる。音量はないが、耳障りには変わりない。

「うるさい。もう行くぞ」

「んあっ? もう行くのか」

「見れるものが少ないからな。もう引き上げ時だろ。こっからは、足じゃなくて頭を動かす」

「頭を?」

「そうだ」

 首をひねるレインに背を向け、出口へと歩き出す。

「まずは、どうにかしてジーニアスに潜り込む。そのための方法を考える」

「なるほどねー。じゃあ、とりあえず今日の寝床でも探すか?」

「そうだな。まずはそうするか。拠点も必要だし、何より作戦をゆっくり考えられる場所がほしい」

 レインの提案に、カリクは乗った。腰を落ち着ける場所が必要だと考えたのである。

「どこか、いい場所はあるか? 宿でなくても、身体を休ませられる場所なら問題ないんだが」

 建物の外に出て、当てもなく歩き出す。この街に関して、カリクより何倍も詳しいであろうレインに尋ねた。

「うーん。野宿は、軍の見回りに咎められるんだよな。下手したら補導されて、最悪数日間拘留だし。宿の方が無難だと思うぜ」

「見回りか。どのくらいの人数で巡回してるんだ? 潜入は夜にするつもりだから、そっちでも、見回りに捕まると面倒だ」

 野宿のリスクだけでなく、まず夜に外をでること事態が厳しくなる可能性があるので、見回りの厳しさは重要な要素だった。

「人数はそこまででもなかったと思うぜ。なんせ、この街の規模だ。全体の人数は多くても、一人一人の担当エリアが広くなるから、気をつければ見つからない」

 説明を受けて、それなら野宿でもと、カリクは考えたが、

「おっと。でも、俺っちは野宿は勧めないぜ。宿に泊まっていれば、見つかっても宿の部屋まで付き添われるだけで済む。リスクが段違いだ。あっ、もちろん適当な宿の名前を言うだけじゃ駄目だぜ。宿帳も確認されるからな」

 先んじてレインに待ったをかけられた。不要なリスクは削りたいので、野宿は選択肢からはずさざるをえなそうだった。

「……なら、仕方ないな。宿だ。一番安いのはどこだ?」

「さあ。さすがに、俺っちもそこまでは分からないんだよな。でも、安そうな辺りなら分かるぜ。とりあえず、そこらで探すって感じでいいか」

「ああ、構わない。案内しろ」

「あいよー」

 レインがカリクより前に出て、道案内を始めた。軽い足取りで進んでいく。カリクは、一度後ろを振り返った。黒くそびえる建物を睨む。

「カリク? どうかしたか」

「ああ、悪い。ちょっとな……」

「ふーん」

 レインに呼びかけられ、目線建物からをはずした。再び歩き出す。珍しく、彼はつついてこなかった。




 結局、カリクとレインは基地から少し離れた、宿泊代の安価な宿にチェックインした。値段に見合い、埃なども目立つような、お世辞にも環境のいい宿ではなかったが、ベッドがあるだけでも充分事足りた。あてがわれた部屋で、二人は話し合いをして、深夜にまずジーニアスへ潜入することに決めた。

 ちっぼけな少年たちによる、強大な国軍への抵抗が始まろうとしていた。

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