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六章『施設』

「実験?」

 夜を走る車中、カリクはレインの発言に眉を寄せた。

「そうだよ。あの施設は、首都に本部がある、“ジーニアス”ってところだ。聞いたことないだろ」

「ないな。そのジーニアスとやらは、なんの研究をしてるんだ」

「“オモイノチカラ”」

「はっ?」

 彼から放たれた単語は、意外なものだった。

「カリク君の彼女が持ってるっていうやつさ。それの研究をしてるんだ」

 いつもの朗らかさはまったく見えない。いつの間にか、笑みも消えていた。

「研究って……。何をどうするっていうんだ? あんな力を持つ人間なんて、一握りもいないだろ」

「ああ、数はまったくいない。ただ、“力”の持ち主はいる。カリク君の彼女とは、かなり性質が違うものっぽいけど」

 カリクの指摘に理解を示しつつ、力の持ち主がいることを言及してくる。誰のことなのか、察しがつかなかった。

「“力”の持ち主って、誰のことだ」

 知っている人間かどうかはともかくとして、まず尋ねる。そして、彼の挙げてきた名前は、

「“軍王”、ミッドハイムさ」

「ミッドハイム!?」

 あまりにも有名で、にわかには信じられないものだった。

「奴が、“オモイノチカラ”を持ってるっていうのか? そんな馬鹿な。だったら、どうしてサリアを攫ったんだ。もう“力”はあるはずだろ」

「詳しい事情は、俺っちにも分からない。ただ、ジーニアスを設立したのはミッドハイムだし、秘密裏に諸々の調査を行わさせてるって話もある。なんかの事情で、“オモイノチカラ”にご執心なのは間違いないと思うぜ」

 話しつつ、レインが車の速度を落とす。一応の脅威からは逃れたという判断らしい。

「理由は分からないが、とにかく“力”を求めてるってことか。奴自身の“力”はどんなものなんだ。サリアとは、違うんだろ」

「ああ。人の心に声を届けるわけじゃない。ちらっと聞いた話じゃ、こっちの考えを読み取ってくるらしいぜ」

「考えを読み取る?」

 サリアという普通ではない例を何年も目の当たりにしてきたのにも関わらず、カリクの口からは訝しむような声が出た。

「そうらしい。あくまで、研究者たちとか、たまにくる軍人たちの立ち話を盗み聞きしてただけだから、正確さはないけど、話しぶりはマジっぽかったぜ」

「マジっぽかった、か」

 理解はしたし、おおいにありえることであるのは分かっているのだが、素直には受け入れられなかった。ただ、仮にミッドハイムが本当に“オモイノチカラ”を持つのなら、力の存在を知っていた理由は簡単になる。自身が宿していたからだ。

「それで、お前はどんな実験に利用されたんだ?」

「あー、なんかよく分かんない実験さ。“後天的にオモイノチカラは発現できるか”とかいうやつだった」「力の発現か。ずいぶんとまた、ありがちなこった」

 カリクは肩をすくめた。続けて問いかける。

「実験の内容は?」

「やったこと自体は簡単なもんさ。軍王の血を、注射したんだよ。要するに、血を被験者の体内に入れたわけ」

 レインの口振りだと、たいしておかしくないことかのようだったが、とんでもないことだった。

「そりゃまた、お手軽でイカレた実験だな。それで、お前に“力”はついたのか?」

 行為の愚かさに、カリクは訝しげにまぶたを半分ほど閉じる。レインは、ニヤリとした。

「ああ。ついたぜ。いろんな人の心の声が聞こえるようになった」

「嘘つけ」

「あははは。まあ、分かるよな。カリク君の思ってるとおり、複数いた被験者の誰にも、力は発現しなかったよ」

 カリクがツッコむと、あっさり本当のことを口にした。ふんと、鼻を鳴らす。

「だろうな。そんなお手軽に、“力”が手に入ったら、今頃そこらにゴロゴロしてるだろうよ」

 それから、考えがサリアのことに及んだ。

「待てよ。じゃあ、サリアもその研究とやらに利用されるのか?」

「さあね。俺っちも、そこまでは分からない。一ヶ月前には、施設をもう逃げ出してたし。まあ、何かしらへ利用しようとしてるんだろうけど」

 レインの言葉に、カリクは押し黙った。イカレた人間たちによる実験に巻き込まれるかもしれないというのは、不安要素としては大きすぎる。サリアが貴重な人材であることから、無理な扱われ方はしないだろうという予測があっても、拭い切れない。

「そういえば、あの施設はどうする? 資料とかは、もうどうせ回収されてるだろうけど、俺っちの話よりも詳しく、あの施設がどんなものかくらいは見られると思うぜ。明日になっても、まだあの軍人がいるかもだけど」

 カリクがしゃべらなかったからか、レインから話を振ってきた。しかし、カリクは首を左右へ動かす。

「少しくらい、何か掴めればと思ってたが、時間が惜しい。このまま行って、どこかで休んでから、首都に向かおう。ただ、首都への道に乗っかるのは、明日の朝になってからだ。あの男も車で移動してて、俺たちが休んでるところを襲われたらどうしようもない」

「あー、それもそうだな。じゃあ、町から出る位置を、首都方面とは別のところにするか」

 カリクの提案に従い、レインは車の向かう先を変えた。

 しばらく走り、二人は町の外へ出た。ただし、首都とは別方面である。

「ここらでいいかな?」

「たぶんな。でも、交代で見張りをつけるくらい、やり過ぎな警戒をしてもいいかもしれない」

 誰が映るでもないバックミラーを覗き込みながら、カリクはレインへの回答と提案をした。敵が未知数であるため、油断ができない。

「そうかー? さすがに気にしすぎじゃねーか? 後から足音が聞こえたのが研究者なら話は別だけど、あれも軍人なら、たぶん他の任務中だから、そっちを優先すると思うぜ」

「確かにな。お前の言うとおりだ。だが、奴らを“普通”の枠に入れて、予測を立てるのは、個人的な見解としていい気がしない」

 気にしすぎではというのは、カリク本人も思っている。しかし、一番大事なのがサリアを助ける前に死なないことである以上、考え過ぎな行動を選ぶのが安全策だった。

「ふーん。別にいいけどさ。でも、あんまり気を張りすぎると、いざってときに疲れが出ちまうぜ。少しは、肩の力を抜いてみたらどうだ?」

「抜けたらな。とりあえず、今日はもう休む。先にお前から寝ろ」

 レインの話を受け流し、休息を促す。

「あれ、俺っちからでいいのか?」

「運転手が疲労で事故なんて、ごめんだからな。しっかり休んどけ。こっちが困る。それに俺はハンドルを握らないんだ。最悪、お前が運転してるときに休む」

「ああ、そっか。でも、途中で交代はするんだろ?」

「そのつもりだ。さすがに、夜通しは厳しい」

 レインの問いを肯定し、カリクは銃を取り出した。

「……何すんの?」

「点検するたけだ。お前を撃とうってわけじゃないから、安心して寝てろ。明日も、また運転してもらわないといけないんだからな」

「へいへい」

 休息するよう口を酸っぱくすると、レインは微笑した。座席を倒し、目を閉じる。

「じゃあ、お言葉に甘えて、先に休ませてもらいますぜ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 賑やかなレインの声が消え、カリクは静寂に包まれた。辺りの闇をときたま見ながら、銃の簡単なチェックを進めていく。

(本当は、解体してメンテナンスもしたいけど、さすがに敵を警戒してるときにそれはないか)

 一人、頭を回す。知らず知らず、思考はサリアのことに移っていった。

(今頃、何してるんだろ。おかしなことをされていないといいんだが)

 途端に、気持ちが焦り出す。早く助けないとという感情が沸き上がってきた。ただ、頭は冷静なため、なんとか焦りを打ち消して落ち着こうと、自分と戦いだす。

(ダメだ。ここから首都までは、まだ距離がある。すぐさま助けには行けない。落ち着け)

 深呼吸し、なんとか気持ちを抑えて現実に自分を戻す。

(だいたい、なんで奴らはサリアを攫ったんだ。本当に研究のためだけなのか)

 そのうちに、根本的な疑問へ考えが及んだ。なぜ、今なのかも気にかかった。

(ミッドハイムが軍王になってから、五年は経ってる。タイミング的な問題なのか、それとも何か別の理由が……?)

 しばらく考え込んだが、答えは出そうになかった。また、サリアの身を案じ始める。

「サリア……」

 思わず、少女の名を零した。心の内が、また荒れ出す。

「ずいぶんと寂しそうだな、カリク君」

 すると、右側から少年の声が挟まってきた。当然ながら、レインである。寝る体勢になってから、さほど時間は経っていないため、起きていてもなんら不思議はない。油断していた自分に、カリクは軽く舌打ちした。

「ずいぶん、可愛いとこがあるじゃないの」

「うるせぇ。悪かったな、女々しくて」

「誰も女々しいなんて言ってないだろ。いいじゃんか。そういう風に、心から心配できる人間がいて」

 からかい口調のレインだが、それでいてどこか真剣さを感じさせるものがあった。疑念をそのまま言葉にする。

「お前にはいないのか。そういう人間は」

「……俺っちには、いない。孤児だからな。物心ついた時には、もう施設の中だったし」

 常は軽薄な態度の少年だが、今は少し寂しげだった。何かを隠しているように感じる。

「そうかよ」

 しかし、踏み込んで尋ねようとは思わなかった。一言で、話題を切る。

「なあ、そのサリアちゃんて、どんな子なんだ? ちゃんと聞いたことがなかったから、気になるぜ」

 話自体は終わらず、レインが別のことを挙げる。カリクは、軽くため息をついた。

「俺、寝ろって言ってるよな」

「分かってるけど、気になって眠れないんだよ。カリク君がサリアちゃんがどんな子か教えてくれたら、すっきり眠れると思うぜ」

 声に棘を含ませたが、利き目はなく、額を押さえた。

「なー、いいだろー」

 まったく嬉しくない猫なで声を聞き、銃を構えるかどうか迷ったものの、今はメンテナンス中であることを思い出し、その選択肢は捨てた。仕方なく、折れる。

「……分かったよ。でも、聞いたらすぐに寝ろよ」

「了解、了解!」

 レインは清々しさすら感じる笑みを浮かべた。どうにも子供っぽい。

「はぁ……。なんでお前にこんなことを話さないといけないんだか」

「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。焼きが回ったってことで」

「それは、お前が言うセリフじゃないだろ」

 もう一度額に手を当てて、ため息をついてから、ぽつりぽつりとカリクは話し始めた。

「あいつとは、サリアとは物心着く前からずっと一緒だった。正確には生まれたときからじゃないらしいが、ほぼ同じようなものだろう」

「幼なじみってわけか」

「そういうことだな」

「でも、ただの幼なじみじゃないんだよな、もちろん」

 意地悪い笑みとともに、レインが目を輝かせる。

「好きに言ってろ。わざわざ俺から話すようなことじゃない」

 カリクは突っぱねるような態度をとったが、答えをはぐらかせてはいない。むしろ、明確に示してしまっているとも言えた。

「ふーん。そっかそっか。じゃあ勝手に解釈させてもらうぜ、カリク君」

「ふん」

 調子づくレインに対してできたのは、鼻を鳴らすくらいだった。

「で、その幼なじみってどんな子なんだ?」

「そうだな……。ひたすらに穏やかで、優しい。素直だし、純粋でもある。俺と真逆だな。空気が柔らかいんだ、あいつは」

 何もかもを包んでしまえそうな雰囲気を醸し出す少女の姿が、頭に浮かんだ。そして、彼女の特徴はもっと深くにある。

「けど、それだけじゃない。サリアは、どれだけ邪険に扱われても、誰かを悪く言ったりしなかった。絶対に恨み言を持っていたはずなのに、俺にも言わなかった。誰も恨まないって、決めてるから。あいつは、強かった。きっと、今でも強い。俺なんかより、ずっとな」

 それは、“強さ”だった。特別、何かの訓練を受けたわけではない。生まれつきの能力はあるが、それとはまったく関係のない意志の強さ。

「なるほどなあ〜。カリク君がどれだけその子を大切に思ってるか、よく分かるぜ」

 聞き手である少年は、どこに納得がいったのか、首を縦に何度か下ろした。

「何を基準に言ってるんだ、お前は」

 理由を問いただしてみると、彼はいっそう楽しそうに声を弾ませた。

「おっ、やっぱり無自覚か。簡単なことだよ。カリク君、俺っちの“どんな子か”って質問に、性格的なことしか答えてないじゃん」

 納得せざるをえないその理由に、カリクは返す言葉を見失った。

「俺っちは、外見のことも含めて訊いたのに、そっちはさっぱりだぜ。長いこと一緒にいると、そうなるもんなのか?」

 続けての問いかけにも、明確な答えは出せそうになかった。なんとか、

「知らねえよ。比べる対象もないし」

 そんな言葉を口にした。

「ずっとサリアちゃん一筋ってか。言ってくれるね」

 レインが大袈裟に両手を開く。カリクは片手を顔に当て、息を吐いた。

「……やっぱり、お前には話さなけりゃよかった」

「後悔先に立たずだぜ」

「お前が言うな」

 レインのおでこを軽く叩くと、いい音がした。「あいたっ」と声を上げ、少し頬を膨らませながら、さすり出す。

「もういいだろ。話は終わりだ。早く寝ろ」

「へいへい」

 不満げに口を尖らせていたが、外見のことをしつこく尋ねてきたりはせず、彼はまた寝る体勢になった。

「ったく」

 ようやく解放され、カリクは肩の力を抜いた。銃の調整を再開する。

 黙々と作業を進めていき、数分後には終わった。ホルスターへ武器を戻し、一息つく。隣では、早くもレインが寝息を立てていた。振る舞いは元気だったものの、やはり疲れていたらしい。

「当たり前か」

 長時間の運転に、廃屋でのやりとりである。疲弊しない方がおかしかった。

(俺も、なんだかんだ疲れてるしな)

 ずっと気を張ったままである自分の疲れを認識する。確かに、レインに言われたとおり、このままではいざというときに動けないかもしれない。

(まあ、いいか。首都までの道はゆっくりさせてもらうさ)

 そしてカリクは、朝まで見張りをすべく、車を降り、すぐ横でイメージトレーニングを始めた。座っていたら、眠ってしまうと思ったのである。




「レイン、起きろ」

 翌朝、早い時間にカリクはレインを起こしにかかった。「んあー」などとうなりながらも、ゆっくりとまぶたが開いていく。

「なんだ、交代かー?」

 目をこすりながら、彼は身体を起こした。かなりぼんやりとしていたが、

「って、もう朝じゃん!? どういうこと!? 起こしても起きなかったの、俺っち!?」

 朝日の光が既に降り注いでいる光景を窓の外にみとめ、急速にギアが入った。黒目が大きく見開かれる。

「起こさなかっただけだ。それより、燃料を補給するのを忘れていた。この町に補給場所があるかどうかは分からないが、早朝のうちに探しに行くぞ」

 そちらはどうでもいいと言わんばかりにさらりと彼の問いに答えると、カリクは話題を変えた。

「お、おう。それは分かったけど、お前寝なくて平気なのか」

「お前が運転してる隣で眠らせてもらうさ。早く行くぞ」

 レインの発言はほとんど話半分くらいにしか聞かず、さっさと返す。

「そうか? ならいいけどさ」

 押し切られる形で、寝起きですぐに覚醒させられた彼は、エンジンをかけた。車が振動を始める。

「ていうか、供給場所があるとして、どこにあるんだ。どこ目指して走らせればいいの、俺っち?」

「中心よりは外周だな。ちょっとした補給なら、そこに建てた方が効率的だ。町の出入り口を徹底的に当たるべきだろうよ。万一なくても、次の町まで持つか?」

「ん、それは大丈夫だと思うぜ。この町、狭いし」

 ハンドルを握るレインは軽く返し、アクセルを踏んだ。

「じゃ、いっちょ探しに行きますか」

 二人を乗せた車が、また走り出す。




「いやー。そこまで厄介なことにならなくてよかったな、カリク」

「そこは同意してやる。下手な抵抗もされなかったから助かった」

「だな。金払ったし」

「通報はされるかもしれないけどな」

 カリクとレインが乗る車は、燃料を満タンにして、再び首都へと向かう道を進み出していた。

 補給場所には一人が駐在していたのだが、カリクが銃を突きつけ、その間にレインが燃料を拝借した。脅しをかけているのに、代金は払っていったのだから、ずいぶんと奇っ怪に思われただろう。

「こっから首都まで、あとどれくらいだ?」

「あと一日かかるか、かからないか、かな。順調に行けば、明日の昼には絶対着くぜ」

 不思議な事件を起こして町を出たところで、カリクは首都までの時間を確認する。レインはこともなげに答えた。

「それも、施設にいたから分かるのか?」

 ちょっとした疑問をぶつけた。

「ん、まあね。実験が主だったけど、軍人としての教育もしてたから、あそこは。武術も学問も、けっこう叩き込まれたぜ」

「養成学校みたいなもんか」

「いや、もっとキツいとこだな。本当なら違法な訓練もたくさんあったし。卒業したら、裏部隊ルートが大半だし」

 どうやら、俗に言う暗部の人員を育てる場所ならしい。

「裏部隊、か。じゃあ、サリアを攫った連中もその類いの奴らなのか?」

 大事な少女を連れ去った二人組を思い出す。

「かもな。でも、微妙なとこだと思うぜ。本当にそいつらが暗部連中なら、カリク君を殺してるだろうし、なによりカリク君から聞いたような時間には行動しないと思うぜ」

 内部をいくらか知っているレインの言葉には説得力があった。加えて、カリク自身も、キュールで会った男女二人が暗部系の人間という考えにしっくりきていなかった。

「ただ、昨日会った奴は、間違いなく施設上がりの奴だ。醸し出す空気で分かる」

「あいつか。結局、奴に関しては何も分からなかったな」

 昨日に接触した軍人のことへ、話題が移る。こちらは、何も知らないカリクすら、暗部の人間としか思えなかった。纏っていた雰囲気が、あまりに危険だったのである。

「まあ、個人の情報はさっぱりだけど、用事自体は情報を消しに来たってところだろうさ。秘密の施設の後処理なんて、いかにも裏の仕事だろ」

 レインがもっともらしい意見を上げたが、カリクは首をひねった。それを見て、レインが尋ねてくる。

「何か、おかしいか?」

「いや、お前の意見は可能性として充分にあり得るんだが、あの建物は放棄されて久しそうな様子だっただろ。今更、残ってる資料なんてあったのか」

「あー、そっか。でも、全部を回収、処分できなかっただけで、残してあった資料に用があったとか、そんなんだったのかもしれないぜ」

 どちらの考えも、ありえそうだった。確定するには情報不足で、これ以上突き詰めるのは無理だと判断し、「分からないな」とカリクは首を振る。

「なんにせよ、あの施設が“オモイノチカラ”の研究をしていたなら、あの軍人も力に関わっているのかもしれない。また会うことになるかもな」

「そりゃ、ごめんこうむりたいねー」

 続けて口にしたことに、レインはあからさまに顔をしかめた。いつでも軽い態度の彼ですら、冗談抜きで昨日の男とは関わりたくないらしい。

「同意見だ」

 カリクも、できれば二度と遭遇したくない相手だった。具体的な理由云々というよりは、直感的に危険を感じたからである。

「にしても、“オモイノチカラ”ってのは、なんなのかね。特に害がある力ってわけでもなさそうだし。研究して、どうするつもりなんだか」

 この疑問に、カリクは口を開かなかった。一番根本的なものであるのに、最も解答が見えないのだ。予測すらままならない。

(そうだ。どうしてサリアを誘拐したのかの前に、“力”の研究をしてどうするのかが問題なんだ。稀有なものなのは確かでも、軍のトップへ何か恩恵をもたらすとは思えない)

 首都に、施設に行けば、分かるのだろうか。カリクは、眼前に伸びる道を睨んだ。首都はまだ見えるわけもなく、道と原っぱの中を進むばかりだった。

 それでも、二人を乗せた車は、着々と目的の場所へと近づいていた。

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